錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第27話:迫り来る。

 これはスペシャルウィークを中心とした黄金世代の激戦が終わった後の話になる。

 月刊トゥインクルで連載されているシリーズ、名ウマ娘伝説。そのミスターシービー世代を取り扱った私の記事が人気があったようで、次の記事も私、乙名史悦子が執筆するようにと言い付けられた。

 ミスターシービー世代を取り扱った後でシンボリルドルフ世代に繋げるのが定石か。

 ただまあシンボリルドルフ世代というのは地味だ。

 皇帝シンボリルドルフという話題性はあるが、ミスターシービー世代のように時代を代表するウマ娘が少ない。

 とはいえ最悪、シンボリルドルフを取り上げるだけで一冊の本を作ることもできる。

 

 兎にも角にも先ずは情報を集める為、当時を知るウマ娘や当事者だったウマ娘にインタビューを繰り返した。

 そしてミスターシービー世代にもした質問を、この世代のウマ娘達にも問い掛けた。

 

 ――貴女が最も才能を感じたウマ娘は誰でしょうか?

 

 まあ、これは大半のウマ娘が口を揃えて、シンボリルドルフの名を上げた。

 しかし重賞レースに勝利するウマ娘の間では、シンボリルドルフが一番なのを前提に違うウマ娘の名前が上がるようになってくる。

 その内の一人がビゼンニシキ、そしてシンボリルドルフが上げた名も彼女であった。

 

「ルドルフの奴が私の名前を上げただって? まあ、当然だよね。私、天才だし? でもまあ、そうかそうか……あいつがね? それも即答? あ、ふ〜ん、へぇ〜?」

 

 ビゼンニシキは満更でもない様子で、何度も頷いてみせる。

 彼女の尻尾がぶんぶんと左右に振られている為、上機嫌なのは明白だ。そんな彼女の後ろでサブトレーナーを務めるウマ娘が「はうっ!?」と尊みに限界を感じているが今は無視する。

 ああ、そうそう、今のビゼンニシキの立場はトレーナーだ。

 多くのウマ娘が彼女の事を慕っている。

 

「単純に最も速く走れるという点ではシンボリルドルフの一択だよ」

 

 あれこそ怪物というものだ。とビゼンニシキは肩を竦めて、でも、と続きを口にする。

 

「私が天才だと認めるのは同期では一人だけ、誰だと思う?」

 

 そう問われて彼女の交友関係を頭に思い浮かべてみるが、それらしいウマ娘は思いつかなかった。

 スズパレードとスズマッハは違うだろうし、NHKマイルCで打ち負かしたハーディービジョンを彼女が上げるとは思えない。

 他のウマ娘が上げた名前の中にも、彼女を満足させる答えを得られる気がしなかった。

 

 私が降参の意を示すように肩を竦めると、彼女は嬉しそうに笑みを深めた。

 

「ニシノライデン。あれは完全な天才肌で直感型、使う言語の大半が感覚的で彼女の扱いには本当に困ったよ」

 

 効果音だけで会話した方が話が通じるって可笑しくない? とビゼンニシキは当時を思い返してかケラケラと笑ってみせる。

 

「それに彼女はね」

 

 と彼女は人差し指を立てながら得意げに告げる。

 

「誰よりも楽しそうに走るんだよ。本当に、見ているだけで羨ましくなるくらいにね」

 

 そういう子が好きなんだ。

 と彼女はサブトレーナーと同室していたダイタクヘリオス、そして小柄で偉大なウマ娘に視線を送る。

 このチームは本当に、チーム内での仲が良さそうだった。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 第4コーナー付近。私、ニシノライデンには周りの動きを予見できた。

 カツラギエースの内側が僅かに開こうとした瞬間に、ふわっと走って力を緩めれば、外側を走っていたシンボリルドルフがカツラギエースの内側を抉じ開けようと切り込んだ。シンボリルドルフに一旦、前を譲った後で私はカツラギエースの外側へ、斜め前に向かって駆け出す。

 カツラギエースの警戒心は、シンボリルドルフに向いている。

 だからシンボリルドルフが動き出せば、カツラギエースの意識は自然と内に向いて、これ以上、身体が外に膨らまないように強引に進路を内側に切り返す。

 強引なコーナリングにカツラギエースの速度が落ちる。

 身体を張った彼女のブロックに、シンボリルドルフが脚を止めて、外側へと切り返そうとした。

 そんな感じで二人が互いを牽制し合う中、私はカツラギエースを外側から差す。

 

 ビゼンニシキ曰く、これは私のとっておきだ。

 

 現在、三強と呼ばれるウマ娘の内二人を出し抜いた快感は、堪らなく最高だった。

 歓喜に全身が身震いした。走るのは楽しい、抜き去るのはもっと楽しい。

 それよりも、なによりも楽しいのは、他のウマ娘と競り合っている時だった。

 

 カツラギエースが半バ身差で抜き返さんと迫って来た。

 私も負けじと脚に力を込める。

 強い! 凄い強い! カツラギエースさん、やっぱり強いよ!

 ルンと心が踊って、更に加速させる。

 疾走する。彼女となら何処までも加速して行けそうだった。

 ゴール板を目指してまっしぐら!

 

 それに背筋がゾクゾクする。

 まだ遠く、背後から強烈な圧力を感じている。

 来る、誰かが来ている!

 早く来ないかな! まだかな? まだ来ないのかな!

 思わずスキップしてしまいそうな心持ちで、背後から来る気配を待ち侘びた。

 ご飯はみんな一緒に食べた方が楽しい。

 なら、走るのだってみんな一緒の方が楽しいに決まっているのだ!

 もっと、もっと! 私に付き合ってよ!!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 最後方、私、キョウワサンダーは見た。

 第3コーナーから第4コーナーに差し掛かる時、高速帯で外に膨れる身体を無理やり力で抑え込みながら最内に切り込んでいくミスターシービーの背中を、バ群に尻込みする事なく果敢に突っ込んで行ったハーディービジョンの背中を、そして遠心力に振り回されながらも大外から切り込んでいったスズマッハの背中を、見せつけられていた。

 付いていくなら大外一気、しかし私ではスズマッハの背中にも追い縋れない。

 これがティアラ路線とクラシック路線の違い……私には遠くなる三つの背中を見つめていることしか出来なかった。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 中団最後方のデュデナムキングは一足先に加速する。

 内か外かと逡巡して、先頭を走るカツラギエースを捉える為に最内を選択した。

 内側へと身を寄せた時、ズン、と地面が沈むような脚音が聞こえた。

 ゾッと怖気が走った直後、入ろうとした最内を後方から突っ込んできたウマ娘に弾かれてしまった。

 余りの力強さによろよろとバ群の中央に押し戻される。

 体勢を立て直している内にハーディービジョンが華麗な足捌きで擦り抜けて、視界の端で大外をスズマッハが駆け上がるのが見えた。

 ああ、クソ……しくった!

 優勝争いから脱落した事を悟り、それでもせめて掲示板内を目指す為に彼女達の後を追い掛ける。

 たった一度のミスが致命的だった。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 併走していたモンテファストが身体を外に振ったのが見えた。

 どうやら先に上がって行ったスズカコバンの直ぐ後ろを追いかけていくようだ。

 この状況で、内側を維持しない? 

 私、ロンググレイスは勝利する為、徹底的に内側を維持し続ける。

 大丈夫、絶対にバ群の内側が開くはずだ。

 辛抱強く待ち続けて、そして時は来た。

 皆が最後の直線に向けて加速する中で、私は速度を緩めて身体を内側へと寄せた。

 このまま開いた内側から抜け出せば、勝ち負けだって――――

 

 ――そう思ったのも束の間、二つの影が私の左右から抜き去って行った。

 

 ミスターシービー、そしてハーディービジョン……!

 狙いは良かった。

 でも安定を取って、挑戦し切れなかった判断が私を優勝争いから脱落させた。

 更に大外からも一本、化け物染みた末脚に格の違いを感じ取る。

 勝てない、と否応なしに理解させられた。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 中団の中腹辺り、

 外をスズカコバンが駆け上がり、続いてモンテファストが追いかけて行った。

 それを見届けて私、ダイアナソロンも外から攻めた方が良いのか逡巡し、このまま維持し続けることを選択する。

 此処から第4コーナー、最後の直線に向けて、外側に膨れてしまうのは避けたかった。

 そう思った時、内を走るサクラガイセンが前に出た。

 何を慌てているのか? ウマ娘一人分もない内トウショウペガサスと外メジロシートンの間を抉じ開けて行った。

 無茶苦茶をする、クラシック路線はこれだから……!

 まあ良い、内が空いたのだ。

 私はもっとスマートに決めて――――

 

 ――轟ッ! と最内を黒い影が唸りを上げて駆け上がって行った。

 

 真っ黒の長髪を揺らすのはミスターシービー!

 彼女との末脚勝負には勝てないと察した私は、もう既に手遅れだということも忘れてスパートを掛けた。

 と思えば、前を走るトウショウペガサスが垂れて来た!

 内に入ったせいで!? ……なら、外は! と見た時に鹿毛色のウマ娘に進路を塞がれた。

 あれは、確かクラシッククラスの……!

 内にも外にも出られず、二人が駆け上がるのとは対照的に私は後方へと落ちて行った。

 これでは、もう、掲示板内も難しい……!

 クソ! クソぅッ!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 やっぱり2500メートルは無理〜!

 私に期待してくれた皆様方ごめんなさ〜い!

 

 by.トウショウペガサス

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 外側をスズカコバンとモンテファストが駆け上がるのを確認する。

 その少し後にサクラガイセンが私、メジロシートンと内を走るトウショウペガサスの間に割って入って来た。

 いくらなんでも強引過ぎる――!

 と思ったが、サクラガイセンの必死な形相を見て、スパートを仕掛けた。

 この際、外に膨れるのも仕方ない!

 

 サクラガイセンの何かに怯えたような表情、まるで何かに追い立てられているかのようだった。

 それなら、もう、決まっている! 誰が来るのかなんて決まっている!

 ズン、と内側から音が鳴った。

 トウショウペガサスがズルズルと落ちるのを横目にサクラガイセンと共に全力で駆け上がる。

 来る……! 来る……! 来る……!

 アイツが来る!

 ミスターシービーが最後方からやって来る!

 アイツに抜かれたおしまいだ!

 あの悪魔的な末脚を相手に抜き返すことなんて出来やしない!

 勝つ為には、逃げ切るしかない!

 

 第4コーナーを抜けて、最後の直線だ!

 隣を走るサクラガイセンと共に姿勢を落として、シンクロするように一瞬の溜めを作った。

 後ろから迫る死神から逃げ切る為に再度スパートを掛ける。

 

 その一歩後で、ズン、と地面を抉り、蹴り上げられる音がした。

 

 サアッと血の気が引く、音がした。

 正面には坂、100メートルで高低差2メートルの坂が立ち塞がった。

 行くしかない、躊躇している余裕なんてない。

 先頭を走るウマ娘にも追いつかなきゃいけないのだ。

 ああ……! でも! ……それ、でも!

 背後から迫る死神から意識を逸らす事が出来ない……!

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!?!?」

 

 私は悲鳴に似た雄叫びを上げながら坂に踏み込んだ。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 あれは、皐月賞の焼き直しだ!

 後方の中団が第4コーナーを抜けた辺りで、私、シンボリルドルフは、ニシノライデンの余りにも綺麗な外差しを見て、思わず舌打ちする。私をも囮にして、歴戦の勇者であるカツラギエースの意識外から抜き去ってみせた。

 あの策をニシノライデンに授けた相手なんて考えずとも分かる。

 ソイツが観客席で高笑いをしている姿を幻視して、全身に力が漲るのを感じ取った。

 別に、怒っては、いないとも!

 

 これはレースだ。

 世代対抗戦と銘打っても、個人がレースの勝利を目指すのは当然の事だ。

 それに邁進するニシノライデンをどうして責められようか。

 

 ただ、それはそれとして、ほんの、ちょこっとだけ、癪に障っただけだ!

 カツラギエースと併走して、競い合うように加速していく二人の背中を見て歯を噛み締める。

 姿勢を落として、今、此処でスパートを掛ける事を決断する!

 

 坂に差し掛かって、僅かに速度を落とした二人に割って入るべく加速した。

 あえて外に出るまでもない、あえて内に入るまでもない!

 ああ、そうだとも!

 別に、怒って、いないとも!

 ニシノライデンがキラキラと目を輝かせて、カツラギエースが心底嫌そうに顔を顰める。

 

「やったあ! ルドルフ来る! ルドルフ来た!」

「だああああッ! ったく、お前らはぁッ!! もっと楽させやがれぇぇッ!!」

「このまま抜かさせて貰う!」

「たーのしー!!」

 

 三者三様の感情の発露に誰一人、落ちる事なく坂を駆け登る。

 まだ二人とは1バ身差。

 背後からは強大な重圧を感じ取ちながら、坂の先にあるゴールを目指して全力疾走する。

 

 

 


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