錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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30話で〆る予定が話数の打ち間違いに気付かず、31話という中途半端な数字にしてしまった書き手が居るらしい。


第31話:これから

 有マ記念の激戦が終わり、息を入れた後のウィナーズサークルで簡単なインタビューを受ける。

 とはいえ、此処で行われるのはファンサービスの意味合いが強く、インタビュアーもテレビや新聞といったメディアではない。記者会見は記者会見で別の場所で行われる事になる。

 優勝をした今の心境とか、ファンに向けた一言とか、そういった簡単な質問に答えていると幼いウマ娘が柵の最前列からジィッと私を睨みつけているのが見えた。彼女は確か、東京優駿の記者会見で――いや、あの子の姉か? 姿形は似ているが幾分か成長しているように感じられる。

 幼いウマ娘は私と視線が合ったのに気付くと、にんまりと笑みを浮かべた顔で私に人差し指を突き付けてきた。

 

「ボクは、貴女に勝ちます」

 

 それは宣戦布告だった。

 

「貴女よりも、強くて格好良いウマ娘にボクはなります」

 

 鹿毛の髪に頭の頂点から弧を画いた真っ白の綺麗な流星、その隙間から覗かせる瞳の奥には確かな闘志を宿らせる。観衆の大半が可愛らしい子供の大言に口元を綻ばせる中で、彼女の中にあるウマ娘としての魂を確かに見た。

 私は、ファンサービスの一環を装って「君の名前は?」と好奇心から彼女に問い掛ける。

 

「キセキノテイオーです」

「そうか、覚えておこう」

 

 彼女の頭をポンポンと軽く叩いた後で、私はインタビュアーからマイクを受け取って声高らかに宣言する。

 

「私は、これから国内のGⅠレースを制覇する。春秋天皇賞、ジャパンカップ、そして有馬記念の連覇。それを手土産にドリームトロフィー・リーグへの参戦、そして長年トレセン学園の指標として掲げられて来た――シンザンを超えろ、という言葉に終止符を打ちたい」

 

 それは即ちシンザンを超えるという事に他ならない。

 先ずは手始めにトゥインクルシリーズでのシンザンの功績を超えた後で、シンザンを直接対決で叩き潰すと宣言したのだ。

 この言葉に困惑する者が3割程度、失笑する者が2割程度、興奮に目を輝かせる者は半数。

 私の目の前に立つ幼いウマ娘、後者半分。歓喜に身を震わせていた。

 

「生意気だと思う者も多く居るだろう、批判する者も多いに違いない。それでも私はあえて言わせて貰おう」

 

 軽く息を吸い込んで、今まで戦ってきた好敵手に、まだ見ぬ強敵達に、そして何処かにいる日本の頂点(シンザン)に届くように告げる。

 

「止められるものなら止めてみろ。私はまだ先を目指して駆け続ける」

 

 此処が終わりではない、此処からまた始まるのだ。

 どうだ、とキセキノテイオーに大人気ない笑みを浮かべてやれば、彼女は憧れを目の前にしたようにキラキラと瞳を輝かせた。

 彼女の名を忘れないでおこうと思う。おそらく、彼女は私と同じ舞台までやって来る。

 そんな予感があった。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 ボクと似た顔をしたウマ娘が、憧れの存在に名前を訊かれる光景を見て、歯を喰いしばった。

 悔しさにギュッと手を握り締める。憧れのシンボリルドルフに宣戦布告をした彼女に憤る気持ちもあれば、それをあっさりと受け入れたシンボリルドルフに妬む想いもあった。

 ドロリと溢れ出す黒い感情に、彼女にだけは絶対に負けない。という強い想いを抱いた。

 

「キセキノテイオー。そして、トウカイテイオー。これは運命なのかな?」

 

 その言葉に後ろを振り返れば、栗色の髪をした子連れのウマ娘が私に向けて笑顔を浮かべた。

 

「あれって君の姉さん?」

「知らないよ、ボク。姉妹とか居ないし」

「ふぅん……?」

 

 ビゼンニシキが首を傾げながら顎を撫でる。

 

「あの子、鍛えているね。身体が柔らかそうだけど……脚を怪我した経験でもあるのかな? ちょっと庇った歩き方をしているね」

「そんなの直ぐに分かるの?」

「分かるよ。トレーニングは肉体強化、身体作りは日常からだからね。常日頃から庇った動きをすると他を悪くする。脚に違和感を感じるようになってからは歩き方もカメラでチェックしていたよ」

 

 言いながらビゼンニシキはメモ帳を取り出して、そこに何かを書き込んでいった。

 

「一人でトレーニングしようとか思ってるんでしょ?」

「……どうして分かるのさ」

「そういう顔してた。まあ君は身体が柔らか過ぎるのがネックだ。一人の時は基礎鍛錬を中心にして、よく食べて、よく寝ることだ」

「なんか普通だね」

「普通が出来ない奴に成長の見込みはないからね。それに寝食は身体作りの基本だ。何時でも何処でも、どんな時でも、寝食を疎かにしないっていうのは割と才能に近いところがあるんだよ」

 

 ま、それで君は満足出来なさそうだから、と紙の切れ端を手渡された。

 

「技術的な事がしたくなったら此処に来ると良いよ。私がしっかりと見てあげる。逆に私の居ないところでは勝手なトレーニングをしない事が条件だけどね」

 

 じゃないと怪我するよ、君。とあっけらかんと言われてしまった。

 

「私のようになりたくなければ、私のように知識のある人の前でしか走るトレーニングしちゃ駄目だよ」

 

 少し、しんみりとした声色で告げる。

 東京優駿の悲劇をボクは忘れていない。あの時の光景は、一種のトラウマとして脳裏に刻まれていた。

 思い出そうとすると、今でも少し動悸が激しくなる。

 

「そういえば、ニシキさんってルドルフと同じチームだったんだよね?」

 

 なら、彼女の下に着くことも悪くない。

 憧れのシンボリルドルフと同じチームに入れるのなら、と考えていたのだけどビゼンニシキは少し困ったように肩を竦めてみせた。

 まあ今はね。と意味深な言葉と共に頭を撫でられる。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 あの激闘から暫くの時は流れて、

 

 雪が降り積もる、年明けのトレセン学園。

 ウマ娘によっては帰省する者も多いが、私、スズパレードとビゼンニシキは毎年、同じように食堂で鍋に箸を突いている。

 去年までと違うのは、余計なウマ娘が一人、この場に混じっていることだ。

 

「此処の食堂は寄せ鍋まで許してくれるのか」

 

 と感心するように告げるのはシンボリルドルフ、鍋奉行に勤しむ私の横で良い具合に煮込まれた食材を箸で摘まみ取っている。

 

「人が少ない時だけだけどね」

 

 ビゼンニシキが親切に答える横で、ジトッと我が代の3冠ウマ娘様を睨み付ける。

 

「なーんーでー、貴女が居るんでーすかー? 私が誘ったのはシキだけなんですけどー?」

「別に構わないだろう? ニシキが誰かのものという訳でもあるまい。それに誘ったのはニシキの方だ」

「いや、誘ってはないけどね。年明けの予定を訊かれたから答えただけだよ」

 

 そう言いながら資料と睨めっこを続けるビゼンニシキの為に彼女の受け皿に肉や野菜の美味しい部分を多めによそいだ。

 

「食事中くらいは資料から目を離したらどうだ? 行儀が悪いぞ」

「んー、そうなんだけど、これ。今週中にまとめておかないといけないからさ」

「何を纏めているんだ? ……って、これは未勝利組のトレーニングスケジュール?」

「せめて、冷めない内に食べてよ」

 

 溜息ひとつ、少し鍋に余裕が出来たので食堂に備え付けのテレビを眺める。

 そこにはミスターシービーの姿があり、テロップにはトゥインクル・シリーズを引退する旨が書かれていた。

 カツラギエースと共にドリームトロフィー・シリーズへの移籍を決断したようだ。

 なんでも、彼女が云うには――――

 

『――もう私の未練はシンボリルドルフだけですので、彼女一人の為だけにトゥインクル・シリーズに残り続けるよりも彼女が必ず追って来るドリームトロフィー・リーグで力を磨く方が良いと考えました』

 

 との事である。

 有馬記念を終えてから今日に至るまで、ウマ娘関連の話題の半分程度が彼女の移籍関連の話になる。

 残り半分は、シンボリルドルフの出場できる八大競走の完全制覇だ。

 哀れカツラギエースの話題は記事の端に押しやられてしまった。

 

「有マ記念が終わったこの時期って何時も落ち着くはずなんだけど……」

 

 と私は呟きながら鍋奉行に戻る。

 そうそう有マ記念の結果だけど、1着はシンボリルドルフ。アタマ差で2着ミスターシービー。3着に入ったのは1バ身差で、なんとびっくりニシノライデンである。4着にカツラギエース、5着にスズカコバン。共にハナ差、大きく開いて6着に私という感じだ。

 去年は色々な事があった、きっと来年も色々な事があるに違いない。

 チームベテルギウスに入った事には不満はあるけども、彼女自身、あまりチームには縛られていないようだった。シンボリルドルフの体調管理がメインのようで、今も未勝利のウマ娘達の指導は続けているようだし。

 有マ記念以後、前と同じようにビゼンニシキと緩い毎日を過ごす時間も増えた。

 正直、これが私にとって、最近の一番大きな出来事だったりする。

 時折、コブ付きになったりしますけど。

 今日とか、皇帝とか。

 

「今年もニシキを頼りにさせて貰うよ」

 

 そんな事を宣う皇帝様に私はにっこりと笑いかける。

 ふざけんな、と手に持った菜箸を握り折った。

 

「その話なんだけどね」

 

 ビゼンニシキは資料から目を離さずに告げる。

 

「私はもうベテルギウスのメンバーじゃないし、部屋も一週間後に引き払う予定だよ」

「えっ?」

 

 私とシンボリルドルフの声が被った。

 しかし彼女は悪びれる様子もなく、続く言葉を口にする。

 

「トレーナーとしての実習を積む為に地方のトレセン学園に移動するんだよ」

「……おい、そんな話は聞いてないぞ」

「ルドルフのトレーナーには言っておいたよ」

「私も聞いてない!」

「そだっけ?」

 

 首を傾げるビゼンニシキに私は詰めようとするもシンボリルドルフは真剣な眼差しで問いかける。

 

「……何時までだ?」

「なんでそんなに怖い顔をしてるのかな?」

「話を逸らすな」

 

 逸らしている訳じゃないんだけど、と彼女は人差し指をくるくると回しながら軽い調子で告げる。

 

「最低でも半年、場合によってはもっと長くなるかもね。まあ地方と言っても同じ関東圏なんだから会えなくなるって訳じゃないよ」

 

 大袈裟だなあ、と肩を揺らす彼女に今度は私が食ってかかる。

 

「何処!? ねえ、何処なの!?」

「まだ正式に決まった訳じゃないんだけど〜……」

 

 少し勿体ぶった後で、彼女は楽しげに答える。

 

「船橋だよ」

 

 

 

 




これにて本章「皇帝の神威」は終わりです。
次回からは今度こそ「鈴の凱旋」が始まると思います。

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