第1話:幸先が不穏ですね?
年末年始の降雪も鳴りを潜めて、トレセン学園では有マ記念を終えた12月末に卒業式と同時に授賞式が執り行われる。
年間代表ウマ娘に選ばれたのはシンボリルドルフ、無敗の3冠に加えた有マ記念が決め手となった。最優秀シニア級ウマ娘は宝塚記念とジャパンカップを獲ったカツラギエース先輩であり、短距離マイル戦線のGⅠレースを3勝もしたハッピープログレス先輩が2位の位置付けにされている。最優秀短距離ウマ娘には、ハッピープログレス先輩との直接対決を幾度と制したニホンピロウイナー先輩が選出された。
卒業式ではハッピープログレス先輩が音頭を取り、モンテファスト先輩などがトレセン学園を去って行く。
確か、ハッピープログレス先輩はウマ娘関連のスポーツ用品メーカーへの就職が決まっていて、モンテファスト先輩は地方のトレセン学園の職員として働くことになっていると人伝てに聞いた覚えがある。ハッピープログレス先輩は、GⅠ3勝という権利を持っていながらドリームトロフィー・リーグへの参戦はしなかった。
年末年始の短い休暇を終えた後は、次々に新入生がトレセン学園に入ってくる。
ミスターシービー、カツラギエースという二大巨塔がトゥインクル・シリーズを去り、ドリームトロフィー・リーグへの参戦を決めた今、残された私達には如何なる戦いが待っているのだろうか。
まあ、そんな事よりもビゼンニシキが恋しい。
フットワークの軽い彼女は宣言通り、早々に寮を引き払って、地方のトレセン学園に出て行ってしまった。ウマ娘の脚を持ってすれば、東京から千葉なんて、そう遠くない位置だけど、中途半端に距離が空いているせいで気軽に会いに行ける距離でもない。
私、スズパレードは数分に一度といった頻度で溜息を零す日々を送っている。
とりあえず3月のGⅡレース、中山記念を目標に見据えており、その結果次第で大阪杯に繋げる事を予定に掲げていた。
あまり気乗りはしないけど。
身体作りをサボる訳にもいかないので、適度に身体を動かすくらいの事は続けなくてはならない。
ビゼンニシキが戻ってきた時に、だらしない肉体を見せる訳には行かないのだ。
よし、頑張ろう。
と意気込んで、トラックコースの芝に脚を踏み込んだ。
瞬間、ズルッと泥濘に脚を滑らせる。
あっ、と思った時は手遅れで、気付いた時には担架に乗せられて保健室まで運ばれていた。
「靭帯が伸びてますね」
保健室で淡々と告げられる難しい言葉の数々、
そのほとんどは理解できなかったけど、ひとつだけは分かったことがあった。
私は、長期離脱を余儀なくされたようだ。
幸先が悪いにも程がある。
船橋トレーニングセンター学園にて、
私、ビゼンニシキは真っ白のテンガロハットを被り、中央のトレーナー免許を持つ地方トレーナーの下で実習を受けている。
とはいっても今は雑務が多い。今日はデータの収集であり、彼が担当するウマ娘のトラックコースの柵にカメラを設置して、ストップウォッチを片手に次々と情報をiPadに記載する。並列して今日のトレーニング内容を確認し、トラックコースを走らせる傍らで彼女達の基礎体力が如何程のものか中央で請け負ってきた未勝利のウマ娘達の情報をグラフ化して比較する。
幸いにも数だけは揃っている。有マ記念前の模擬レースで得た中央で活躍するジュニアクラスの情報も手元にはある。
数字を可視化したものをプリント用紙に印刷して、事のついでにカメラを撮ったウマ娘の走りで気になった点をトレーナーにプレゼンしてみた。
すると彼は黙って首を横に振り、そして私の肩を叩いて優しく告げる。
「もう俺が教えることは何もない」
私は晴れて一週間でトレーナーのお墨付きを貰うことになった。
やる事がなくなって、暇になった。
SNSに送られてくる未勝利のウマ娘達と連絡を取ったり、彼女達が自分で撮った走る映像を眺めているだけで時間が過ぎる。
中央でやっていたようにトレーナーを持たない未勝利のウマ娘を集めてみようか?
いや、それだと中央の焼き直しで面白くない。
それに地方のウマ娘は中央程、必死で走るウマ娘は少なかった。
なんだかんだで重賞を走るウマ娘に囲まれていた私には、此処は退屈で仕方ない。中央のウマ娘は未勝利でも、一勝が欲しくて頑張ってたし、走れないなら走れないなりに歌や踊りを頑張るウマ娘も多く居た。卒業後の進路を考えて、相談してくるウマ娘もいた程だ。流石に進路相談室に送り込んだけど、勉強なんかは教えることはできた。
それに比べると、此処は退屈だった。
遠目にトラックコースを走るウマ娘を眺めながら彼女達の能力を推し量る。
中央の平均なら大体、掌握できている。勝ち負けに持ち込める能力を持っているのかどうか、此処に居るウマ娘で中央の未勝利戦を突破できる可能性を持つ者は半分にも満たない。
早く中央のトレセン学園に戻りたいな、そう思っていた時に一人のウマ娘がトラックコースを駆け抜ける。
その走りにビビッと来た。
私は衝動のままにトラックコースまで駆け寄り――人間程度には走れるようになった――、そして彼女の走りを間近に見て、笑みを浮かべた。中央でも類稀な才能の持ち主、実習が終わるまでの退屈な日々に一縷の希望が見えた瞬間だった。
その日から私は、黒鹿毛の彼女に絡んで回るようになる。
おや? 章タイトルの様子が……