錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第2話:前準備は入念に。

 私、ハーディービジョンには休みがない。

 年末年始のトレセン学園、トラックコース。利用者のほとんどいない中でトレーニングウェアに袖を通した私は白い息を吐きながらトラックコースの外側を延々と走り続けていた。

 私ではシニア王道路線を走る事は難しいと気付かされた有マ記念、再び短距離マイル路線に切り替えた私は高松宮記念の優先出走権を得る為に2月末に開催される阪急杯への出走を決意した。ニホンピロウイナーはオーシャンSをステップレースにしたスケジュールを組んでおり、私が彼女との出走を避けた形になる。

 これは私のトレーナー、東条ハナの判断によるものだ。

 近頃、負けが続いている私に重賞勝利を与えたかったのも理由のひとつにあるのだろう。

 気になるのはトウショウペガサスの動きだが、中距離マイル路線をメインに走るようで短距離戦には出てくる気配がない。ので今は考えなくても良い。やはり私が気にすべきはニホンピロウイナーただ一人、私と彼女の間には明確な力の差がある。

 次こそ彼女に勝つ為に今日も今日とて直走る。

 まだ寒気が肌に染み入る時分ではあるが、走り続ける事で身体を温めた。

 走る、走る、また走る。

 毎日のようにトラックコースの外側を延々と走り続けていた結果、何時しか私が走っていた箇所に芝が生えなくなってしまった。

 それでもまだ足りない、と己を鍛える事に注力する。

 去年、怪我で半年近くも無駄にした私が、ニホンピロウイナーに勝つ為には、とにかく走り続けるしかなかった。

 今はまだ朧げにも見えない勝利を確実につかむ為に、限界ギリギリで体調管理をする。

 勝つ為に、勝つ為に、勝つ為に。

 

 最早、芝の上を走っているのか、土の上を走っているのか分からなくなった頃に阪急杯の出走が確定する。

 仮にも朝日杯FSを勝利したGⅠウマ娘、収得賞金は充分で抽選を引く事もない。有マ記念から約2ヶ月ぶりのレースが決まったって云うのに心が昂る事はない。粛々と、淡々と、トラックコースを走り続けて、末脚を鍛える為に筋トレに励んで、坂路を往復し続ける。

 気分が上がらず、追い切りも満足に熟せず、調整不足のままで挑んだ阪急杯での人気は6番手と低かった。

 何時もなら憤る低評価にも、今日は心が穏やかだった。

 全力は出しているけど、本気は出せない。浮いた気持ち、地に足が着いていないとか、そんな感覚だ。

 このような気持ちで勝てる訳もないはずで――――

 

『さあ第4コーナーを回って、最後の直線! バ群から抜けて来たのは……ハーディービジョンッ!? 最後方から何時の間に、その位置に居たのか!? ハーディービジョンが抜けて、一歩、二歩と距離を開けるッ!! これは強い、これは圧巻! まだ伸びる、突き放して、今ゴールイン!! 圧勝です、これはものが違います! 朝日杯の覇者が同じ阪神レース場を舞台に帰って来た!!』

 

 ――誰よりも早くゴールラインに走り込んでいた。

 

 大歓声に包まれる中で、私は何処か満たされない気持ちがある。

 言っちゃ悪いが、今日の面子は私が去年、苦しめられたウマ娘達と比べて格が落ちる。

 ニホンピロウイナーは勿論、ハッピープログレス、ビゼンニシキにも届かない面子だ。

 観客席では東条ハナが、私の久方ぶりの勝利に涙を流す姿が見えた。

 

 しかし、私の心は冷めている。

 いや、今、目が醒めたというべきか。

 きっと私は、このまま重賞路線を走り続ければ、それなりに勝ち星を稼げるのだろう。

 だが、それでは私の心は満たされない。

 心に思い浮かべるは、短距離マイルの絶対王者ニホンピロウイナー。

 もうコース上から離れたハッピープログレスやビゼンニシキにはもう勝つ事は出来ないが、その頂点に立つニホンピロウイナーに勝てば、結果的に私はハッピープログレスやビゼンニシキよりも格が上だと証明することができる。

 そうだ、全てはニホンピロウイナーただ一人に収束するのだ。

 

 ぼっ、と心に火が灯るのが分かった。

 次は高松宮記念、絶対に勝つ。と心に決めて、明日からのトレーニングについて考えを巡らせる。

 兎に角、私が勝つ為には走り込みを続ける事が最低限だ。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 マイルの皇帝、マイルの絶対王者。

 勝つのは当然の立場であるが故に、トレーニングには余念がない。

 同じ短距離マイルを走るウマ娘の全員が私の座を狙っている。その全てを敵に回して、どんな不測の事態に陥ろうとも負ける事は許されない。勝つのは当然、なれば私の目標は勝ち続ける事にある。

 背負わされた重圧、それを涼しい顔で受け取る。

 期待の数だけ、私の脚は重くなる。ズン、とレース場を響かせて、想いを力に変えて、飛ぶ様にコースを駆け抜ける。

 今の短距離マイル路線では文字通り、敵なし。

 無敵の実力を以て、オーシャンSで2バ身の差を付けてゴールする。

 

 唯一抜きん出て、並ぶ者なし。

 

 短距離マイルという限定された距離ではあるが、

 今のトレセン学園で、その言葉を体現する唯一無二の存在が今の私だ。

 

 万が一の可能性すらも握り潰す為に他ウマ娘の情報を集めて、頭の中に叩き込んだ。 

 レースに絶対はない。不確定な要素ばかり、それでも勝つのが絶対王者。

 どんな闇が世界を覆ったとしても、私の走りは光を示す。

 私の脚で勝利を掴み取る。

 

 慢心はない、油断などあり得ない。

 恐怖を胸に抱いて、次なるレースに赴いた。

 高松宮記念。

 恐れを抱かない者は存在しない。

 もし仮に居たとして、それは単なる精神破綻者だ。

 恐怖は押し殺すものでもなければ、消し去る必要もない。

 受け入れて、乗り越える。

 

 それを人は勇気と呼ぶのだ。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 トウショウペガサスは、好物のにんじんハンバーグをもぐもぐと頬張っている。

 トレセン学園の人参は甘くて美味しい、その上ジューシーだ。焼くと人参の肉汁と呼ぶべき汁がじゅわあっと溢れ出して、柔らかくてホクホクな人参にナイフをストンと落として切り分ける。その一欠片をフォークに刺して、口元に放り込めば――舌が蕩ける程の美味しさに思わず、片手を頰に添える。

 研究に研究を重ねられたトレセン学園農学部の人参は至高の一品だ。

 そりゃそうだ、人参に目がないウマ娘が妥協の一切合切を切り捨て、設立当初から今に至るまで予算度外視で研究を続けてきた代物である。その美味しさ、その舌触り、ランクに表すとA5である。

 農耕ウマ娘の魂は時代を経て、形を変えても、その在り方は紀元前から変わっていない。

 食への追求、即ちグルメフロンティア。

 それこそがウマ娘の行き着く理想の一つだ。

 

 次のファン感謝祭では、もっと皆に食の素晴らしさを広く伝えるべく、大食い大会の開催を検討している。

 署名活動は順調に進んでおり、食堂の職員方に話も通してある。このトレセン学園に所属する食堂スタッフは皆、いっぱい食べる貴女が好き、と大飯食らいのウマ娘達を満足させる為に鍛えられてきた古兵である。むしろノリノリで話に乗ってくれた。

 そうだ、私の戦場は此処にある。これこそが私の成すべき役目である。

 トウショウペガサスが開拓するのは、あの多くの食の先にある頂きの上だ。

 ご飯を食べれば幸せで、皆で食べればなお美味しい。

 だから、ご飯を食べる時は、いただきます。で始まり、ご馳走様でした。で終わる。

 大食い大会とは、皆と、夢と浪漫を共有する素晴らしい催しなのだ。

 

 これを成立させる為に私、トウショウペガサスはこの世に生を受けたのかも知れない。

 そう思えて、仕方ないのだ。

 私の魂に掛けて、せめて来年のファン感謝祭までに必ず成立させてやる。

 そうしなければいけない気がするのだ!

 トレセン学園の未来の為に、うら若きウマ娘の為に!

 私には成さねばならぬ事がある!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

「へっくしょん!」

 

 今年になって、笠松のトレセン学園に所属した芦毛のウマ娘が大きなくしゃみをする。

 ズズッと鼻を啜り、首を傾げて、今日も今日とてボロボロのジャージに袖を通して、駆け出した。

 走れる事は幸せだ。

 自分の脚で走る事は楽しかった。

 体力が尽きるその時まで、ずっと走っていられる。

 トレセン学園の外を走れば、巡り巡る景色を堪能し、場所によって変わる空気を肌に感じ取る。

 整備されたトラックコースでは、脚に力を込めるだけ、何処までも早く走れる事が楽しい。

 全身に風を浴びながら、駆け抜ける。

 それだけでもう心が満たされる。

 それ以上にもっと色んな景色が見たくて、もっと速く走りたくて、もっともっと長く走ってみたくて、何処までも、この世界の果てに届いたとしても、私はずっと走り続けることができた。

 私の心は満たされる、私の心は渇いている。

 二律半面の想いを抱きながら、今日も今日とて、朝から晩まで走り続ける。

 ちょっとした休憩を挟んで、走る為に呼吸を整えて直走る。

 走った後に食べる御飯は、とても美味しかった。

 

「……よし、もうちょっと走ろうか」

 

 走れば走るだけ御飯は美味しくなる。

 だから今日もまた夕食時まで、美味しく御飯を食べる為にも走り続ける。

 走って、走って、走って、走って、走って、走って…………

 

 

 

 

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