地方のトレセン学園に所属しているからと云って、決して中央の連中に劣っているとは思っちゃいない。
確かに中央の方が身入りが良いし、金が集まる場所に才能のあるウマ娘が集まる事も理解している。しかし中央に所属する為には金が必要だ。日本にあるトレセン学園で最大規模、最先端のトレーニング施設を有する中央は兎に角、学費が掛かった。
それで中央に行かせて貰えるだけの資金がなかった私は此処、船橋にあるトレセン学園に入学する事になる。
とはいえまあ住めば都という言葉があるように船橋で過ごしている内に愛着が出来てしまった。
私は此処の空気が好きだし、船橋には船橋の良さがあると思っている。勿論、中央に対する憧れの気持ちもあるが、それはそれ。挑戦する事はあっても、船橋を捨てたいとは思わない。地元の商店街、道を走れば、多くの人に声を掛けられて、段ボールに詰め込まれた人参を頂く事もある。
私は船橋のウマ娘であり、船橋に居場所を見出している。
地元のウマ娘ファンの為に私は走りたい。この船橋レース場の観客席を満員の観衆で埋め尽くす事が私の夢の一つだ。そして日頃から私のことを応援してくれるファンの方々に、船橋のレースを見に来てくれているウマ娘ファンに、船橋のウマ娘達に、私達は中央にも負けないんだぞ。と夢を抱かせて、胸を張らせてやる事が、私の夢のもう一つだった。
その為、交流レースで中央の連中に負けないように、日々トレーニングを積み重ねている。
年明け頃に中央から来たトレーナー候補を名乗るウマ娘に付き纏われるようになった。
トレーニング中は、遠目から自分の事を観察するだけなのだが、昼飯時になれば、すっと私の対面を陣取って来る。奇遇だね、と白々しさを隠す気もない栗毛のウマ娘を半目で睨み付けて、何も言わずに自分の食事に視線を落とす。今日はカレーライス、少し辛めのものをチョイスした。銀色の磨き上げられたスプーンで安定感のある美味しさのカレーを頬張っていると、白いテンガロハットを被った栗毛のウマ娘は得意顔で、虎が木の周りを走ったらバターになる話をして来た。おい、喧嘩を売ってるのかな?
さておき、先述したがトレーニング中は絡んでくる事はない。
遠目から私を観察するだけの日が多いが、時折、カメラを片手に私のことを撮影している事もある。ペンを片手にメモに何かを書き留めている事もあった。これでも私は去年、ジャパンカップダートダービーに優勝した経歴を持つウマ娘、私の走りを研究しようとするウマ娘は多い。しかし、中央に居る奴でも私の走りから学べる事はあるのか。と思えば、少し誇らしくもあった。
見たければ、思う存分に見れば良い。どうせ、砂の舞台で私が負ける事はあり得ないのだ。
1月末、南関東SⅢに無事、勝利した私は2月初旬に南関東SⅡの金盃にも危なげなく勝った。
次は3月中旬にはJpnⅡのダイオライト記念、気合を入れる為にカツ丼を注文した横で白いテンガロハットを被った栗毛のウマ娘が「随分と調子が良いようだね」と四つ折りにされたプリント用紙を私に手渡して来た。なんだこれは、と思って開いてみたら大井のトレセン学園に所属するウマ娘の情報が印刷されており、中でもカウンテスアップと云う名のウマ娘に関しては、かなり詳細な情報がぎっしりと書き込まれてあった。
彼女は君が最も警戒すべき相手だよ、と澄まし顔で告げる彼女に「テツノカチドキ*1じゃなくて?」と私が首を傾げれば、彼女も警戒すべき相手だが、と栗毛の彼女は言葉を続ける。
「地力はカウンテスアップの方が上だよ。次の川崎記念を観てみると良い、テツノカチドキと彼女が衝突するはずだからね」
何処から情報を仕入れているのか。
ネット配信される地方レース場を視聴すれば、確かにカウンテスアップとテツノカチドキは同じレースに参加していた。そしてカウンテスアップがテツノカチドキを相手に勝負に勝った。
気付けば、カウンテスアップの詳細な情報が書き込まれたプリント用紙を睨み付けていた。
翌日、午前のトレーニング前にビゼンニシキを名乗る栗毛のウマ娘に話かけに行った。
色々と問い詰めたいことがあった。どうして私に構うのか、とか。どうやって情報を知り得たのか、とか。
しかし彼女は私が声を発する前に四つ折りの新しいプリント用紙を手渡した。
「情報を更新しておいた。やっぱりカウンテスアップは未だに発展途上、彼女は強いよ」
その内、勝てない時が来るかもね。
と挑発的な笑みを浮かべたものだから、私は人差し指を彼女に突き付けながら言い返してやった。
絶対に負けたりしないから、と。
そして、私は宣言通りにダイオライト記念で彼女に勝った。
アタマ差の勝利だった。
その翌日、レース後でトレーナーに休暇を言い渡された私は、
トレセン学園の屋上で白いテンガロハットを被った栗毛のウマ娘が、スマホで会話しながらiPadを操作しているのが見えた。イヤホンを付けている彼女の横に回り込むのは簡単な事で、隣から彼女のiPad画面を覗き込んだ。見たことのないレイアウトのアプリケーション、そこには詳細なウマ娘の情報が記入されていた。会話しているのは中央トレセン学園の後輩か、トレーニング内容やレーススケジュールの相談を受けているようだ。ノートを開けば、ぎっしりと文字の詰め込まれたレースの予定表が書き込まれており、どのウマ娘が何処に出走するのか書き留めてあるようだった。
シャープペンシルと消しゴムを片手で器用に使い分けて、書いて消してを何度か繰り返す。
そしてまた指先で先程のアプリケーションを開けば、そこに書き込まれた情報と送られて来た動画ファイルを再生して、どの辺りが悪いのか簡単に指南したりする。会話先のウマ娘のページを開く為に、一覧にあった名前の数は軽く30を超えていた。その中には、シンボリルドルフの名前もある。一体全体、こいつはどれだけのウマ娘から頼られていると云うのか。
呆気に取られていると、スマホ画面がテレビ通話に切り替わった。そして画面先のウマ娘が、恐る恐るといった様子で隣に立つ私を指で差した。
ビゼンニシキはiPad画面を閉じた後で、ゆっくりと私に視線を向ける。
私の存在を確認した彼女は軽く溜息を零した後で、白いテンガロハットを外し、ぴょこんと顔を出したウマ耳からワイヤレスイヤホンを手に取って、ゆっくりと口を開いた。
「盗み見るのは、よくないね」
「無用心に情報を晒している方もどうかと思うけど?」
「それはそう、でも君もマナーがなっちゃいないと思うな」
天下のロッキータイガー様ともあろう御方が、と挑発的な笑みを浮かべる。
外されたワイヤレスイヤホンから僅かに溢れる音、耳を澄ますと黄色い歓声が上がっていた。
何時しか私に付き纏うようになったウマ娘は、私が思っている以上に秘密が多いようだ。
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