錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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申し訳ありません、モチベが尽き果てていました。
ゆっくりながら週3回を目標に書き続けていきます。


第9話:主役不在のグランプリ

 かつての名門チームリギル。

 コダマにシンザン、マルゼンスキーといった今もドリームトロフィー・リーグの最前線で活躍する名ウマ娘を輩出したチームであり、他チームのトレーナーとウマ娘から羨望の目を浴び続けてきた。

 しかし前任のトレーナーが辞めてからというものチームリギルは低迷している。

 毎年のように重賞ウマ娘を輩出している時点で、それはそれで凄まじい事なのだが、チームリギルの前任トレーナーは毎年のようにGⅠレースで勝ち負けの勝負を演出し続けてきた。多くのGⅠレースで勝利し続けて来た、八大競走に勝利し続けてきた。

 そんな名門チームであるリギルは現在、東条ハナがトレーナーを引き継いでからというもの、一度も八大競走の勝利に絡めていないのだ。

 スズカコバン、ハーディービジョン、ミホシンザン。

 この錚々たる面子をチームの支配下に入れておきながら彼女が奪ったGⅠレースは一度のみ、朝日杯FSだけであった。

 中でもスズカコバンは酷いもので、有馬記念では5着と前線するも今年に入った日経新春杯(GⅡ)では掲示板外、鳴尾記念(GⅡ)ではニシノライデンに遅れをとる4着。大阪杯では地方上がりのステートジャガーに敗れた3着。春の天皇賞ではシンボリルドルフを相手に3着という結果に終わった。

 良い勝負はするけども勝ち切れない、東条ハナはウマ娘の能力を十全に活かし切れていない。

 それが今のチームリギルの評判である。

 

 ……スズカコバンの実力は軽視されがちだ。

 去年から重賞レースを走り続けて13戦。内10戦を掲示板内に収めており、内8戦が3着以内という戦績だ。2着は4回。その安定感ある走りは玄人からの人気が高い。

 そんな彼女も次の宝塚記念で9度目のGⅠ挑戦になる。

 宝塚記念では本命シンボリルドルフで盛り上がる中、大阪杯を勝利したステートジャガーとの直接対決が期待されていた。スズカコバンは何処まで行っても名脇役の地位を抜け出せず、今回もまた名レースを演出する装置としての活躍を望まれていた。

 そんな彼女に転機が訪れる。

 

 レース前日、阪神レース場で事前練習をしていたシンボリルドルフが怪我をしたのである。

 コース上に張り替えられた芝に剥がれていた箇所があり、そこにシンボリルドルフが脚を踏み入れてしまったのだ。ウマなりの速度で流していたとはいえ、時速40キロメートルを超える速度だ。剥き出しの窪みに足を取られて転倒したシンボリルドルフは、病院に搬送されて、翌日の早朝にベテルギウスのトレーナーから出走取消の通達がなされた。

 この直後のインタビューでトレーナーは「このようなコースの管理もできないような場所では、担当するウマ娘を走らせる事なんて二度とできません」と怒りを露にした発言で一波乱も起きた。

 

 さておき、シンボリルドルフの出走取り消しは残された者達にとっては大きな好機となった。

 トゥインクル・シリーズの現役最強ウマ娘と名高いシンボリルドルフの存在により、宝塚記念を回避したウマ娘は結構多いのだ。出走人数は11名と少なめであり、GⅠウマ娘は大阪杯に勝利したステートジャガーくらいなものであった。

 主役不在の宝塚記念、それが票に託されたファンの夢。今年のグランプリの展望である。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 私、ステートジャガーは寝起きにエナジードリンクを飲み干すのが日課だ。

 過剰なカフェインと多量の甘味、人参エキス増し増しの飲料物が脳をすっきりとさせて、此処一番での集中力を持続させる。特に消耗の激しいレースでは、エナジードリンクの摂取は必須と言っても良い。腰に手を当てながら、グイッと顎を上げて飲み干すのだ。これがなければ、一日が始まらない。

 メジロ家のお嬢様が紅茶を毎日、口にしているのにエナジードリンクが規約に引っかかる事はない。

 

『先ずは1番人気、ステートジャガー。前走の大阪杯では並みいる強豪を相手に見事、勝利を勝ち取った地方からの刺客。今年の宝塚記念で唯一のGⅠウマ娘でもあります』

 

 阪神レース場、宝塚記念。春のグランプリレース。パドック場にて。

 GⅠレースの2連覇に向けて、今日もまた気合を入れてレースに臨む。中央がなんぼのものだ。地方は決して、中央の二軍じゃない。それは中央の連中と私達とでは生まれが違うというだけの話に過ぎない。大井にも、笠松にも、強いウマ娘が居るってことを私が先陣切って教えてやる。

 大阪杯の時よりも、若干、少なめの観衆を前にギラギラと瞳を輝かせた。

 

『我らウマ娘ファンにとっては最早、お馴染みの顔。2番人気はスズカコバン。現時点で19戦の重賞レースに出走し、内15戦で自らの番号を掲示板内に刻み続ける名ウマ娘。去年の春シニア3冠では、大阪杯を3着、春の天皇賞を7着、宝塚記念で2着。今年は大阪杯を2着、春の天皇賞を3着……では、今日の宝塚記念はどうか。丁度、本日で重賞20戦目となる節目のレース。そろそろGⅠレースが欲しい!』

 

 煩いな、と私、スズカコバンは内心で毒づきながらパドック場に出る。

 春の天皇賞よりも盛り上がりの薄い観衆を前に、当たり障りのなく手を振っておいた。今日のレースに勝っても、どうせ、シンボリルドルフが居なかったから勝てた。とか言われるに決まっている。

 勝負する前から負け戦。気乗りのしないまま、私は会場を後にした。

 

『前々走の日経賞は3着、前走の春の天皇賞では2着。では次は1着だ! 3番人気はサクラ一門から出走、サクラガイセン! 春の天皇賞ではシンボリルドルフに阻まれての2着でしたが、今日は一躍、優勝候補の一角に名乗り上げだ!』

 

 ガイセンガイセン!

 私、サクラガイセンは桃色の勝負服を身に纏って、今日もまた勝利の凱旋を目指してGⅠの大舞台に舞い戻ってきた。従妹のサクラユタカオーが皐月賞を取った今、チーム最年長の私が取らずしてナントスルカー!

 東京優駿で掲示板外と振るわなかった妹のサクラサニーオーの為にも私は頑張るのだ!

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 観客席にて、私、マルゼンスキーは祈るような心持ちでコース内に立つスズカコバンを見守る。

 何時も冷めた態度を取る彼女ではあるが、内に秘めた闘志は人一倍だ。最初はメイクデビュー戦だった。彼女は初戦を11着と惨敗した後、練習に励んで未勝利戦を勝利した。1勝クラスでも勝ち切れなかった彼女は、練習による改善を繰り返す事で勝利する。その後でクラシック3冠レースのひとつ東京優駿に挑んだ時は10着と惨敗したが、彼女は今の自分ではトップクラスのウマ娘達に太刀打ちできないとして、夏合宿で己を鍛え直して、次走の神戸新聞杯に勝利した。

 基本的に、彼女は負けて奮起し、鍛え直すことを繰り返して成長するウマ娘だ。

 善戦続きで勝ち切れない時期があった。負けて改善を繰り返す内に彼女の精神は擦り減らし、うちには負け癖のようなものが付いている、と自嘲して、自分は大一番で勝ち切れるウマ娘とは明確に線引きするようになった。

 それでも悔しい思いはあるようで、レースに負けた直後は機嫌が悪い。

 彼女は、私に苦手意識を持っている。それは知っている。でも、彼女は嫌がる態度を取っても、私との併走トレーニングをサボったことは一度もない。走った距離は生半可ではない。毎日、毎日、走り続けてきた。その鍛錬は決して嘘を付かないと信じている。

 私が保証する。貴女はよく頑張っている。

 いずれ、花開く時が、必ず来る。

 それが今日だと嬉しい。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 パドックを終えた後、私、スズカコバンは(ターフ)に出た。

 何時ものようにバ場状態を確認し、何時ものように周りの様子を観察する。何十回と繰り返してきた行為はルーチン化されており、今更、意識せずとも行う事ができる。私は外差しを得意としているから内側は走らないけど、それでも他ウマ娘が走る時のことを考えて、入念にバ馬状態を調べておいた。

 そうこうした後でゲート前まで戻るとステートジャガーが私を見て、不敵に笑って告げる。

 

「ミスターシービーとカツラギエースが居ないのは残念だ」

 

 私は、不機嫌に思いつつも聞き流し、ゲートに向かって足を運ぼうとした。

 

「シンボリルドルフにしてもそうだ、一緒に倒してやりたかったのにな。なあ、おま――――」

「……あ゛あ゛?」

「――え……あ、いや……」

 

 こいつ、舐めてるんか? ああ、そうか。舐めてるんやな。

 苛立ちにバリボリと頭を引っ掻いた。ミスターシービーとカツラギエース、あの二人が、どれだけ憎たらしいのか知らないんだな。私が、どれだけ走り続けても追い付けなかった二人の事を知らないんだな。

 軽口を叩くように、倒す、と口にした彼女が許せなくて、ただ黙ってゲートに収まった。

 

 別にミスターシービーとカツラギエースがどう思われようとも気にする事ではない。

 ただ私が負ける事で二人が軽く見られるのは許せない。

 

 

◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇  ◾️  ◇

 

 

 なあ、お前もそう思うだろ?

 その言葉は届かず、スズカコバンは私を睨みつけた後、さっさとゲートに収まってしまった。

 二人とも戦ってみたかった。と言いたかっただけなのに……

 しょんぼり。

 

 by.ステートジャガー

 

 

 

 


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