あと評価9が50超えたのと、UAが10万突破しました。
ありがとうございます。
おかげ様で半死体の状態だったのですが、
気合と根性で意思を次話に繋げることができました。
阪神レース場。本日開催の宝塚記念を観る為に、押し寄せてきた観衆に埋め尽くされた観客席。
五月蝿いし、煩わしいし、窮屈で、その人集りから、逃れるように最後方で立ち尽くす。
賑やかな場所は、あまり好まない。
それでも今日、私がレース場に訪れたのは、私の遠縁に当たるウマ娘がレースに出走する為だ。
血の繋がりだけを云うならば、ほとんど他人のようなものだけど、何時しかの葬式で見た彼女の後ろ姿に、少なからず、運命的なものを感じたことがある。
だからテレビに映る彼女の姿を見た時、すぐに彼女だと分かった。
黒鹿毛の髪を靡かせる彼女の名前は、スズカコバン。
私、サイレンススズカと同じスズカの名を持つウマ娘。世間一般的には強いウマ娘だと認識されている。
でも、いまいち勝ち切る事が出来ないウマ娘としても知られていた。
……彼女には、好位置に付ける脚がある。
しかし、彼女の脚には決定力がない。最後の直線で前に抜け出せば、背後から迫るウマ娘に差される事が多く、差しに行けば、脚が届かず、掲示板内に甘んじる事が多かった。
GⅡ好走、G1惜敗。それが彼女の評価である。
それでも彼女の実力が疑われた事はない。
彼女がクラシッククラスの時は、ミスターシービーの次に走ると云われていた。昨年のシニア王道路線でも、ミスターシービーとカツラギエースに肩を並べて3強と呼ばれ続けてきた。シニアクラスの2年目となる今、シンボリルドルフに次いで2番手の地位に着ける。
決して1番手には選ばれないが、2年に渡り、重賞街道の最前線を駆け続けるウマ娘であった。
彼女がGⅠレースに勝てないのは、ただ単に巡り合わせが悪いだけの話である。
そういう意味では、スズカコバンはツいていないウマ娘であった。
各ウマ娘がゲートに収まって、一斉にスタートする。
出遅れたのは2名、やや遅れたのがスズカコバン。大きく遅れたのはサクラガイセン、2人して最後方からのレースとなった。ステートジャガーもまた若干の出遅れ、有力視されていた3名が後方からレースを睨む展開になる。
第1コーナーに入った時、位置を押し上げたのはステートジャガーであった。
この時、中央経験の疎いステートジャガーは勝負に焦っていた。
大阪杯に勝てたとは云え、地方と中央では重圧の質が違っている。それは観客の数もそうであるが、なによりも地方とはウマ娘の質が違っているのだ。無論、地方にも中央に匹敵するウマ娘は存在する。しかし平均として、中央は地方を圧倒していた。
それがGⅠレースともなれば、格が違うというものだ。
大阪杯の時は、挑戦者だった。周りを意識する余裕なんてなかったし、ゴール板を目指して直走るだけで良かった。しかし、GⅠウマ娘として、挑戦を受ける側になった今、彼女は地方と中央のレベルの違いを肌で感じ取ってしまった。
つまりは、掛かってしまったのである。
向かい直線に入った辺りで、もう彼女は先頭集団を射程に収めた4番手の位置まで上がっていた。
この時点でもう彼女は息を切らしていたのだ。
スズカコバンは後方からの競馬を得意とする為、出遅れは気にしていない。
怖いのは、出遅れて殿からのレースとなったサクラガイセンだ。
彼女はステートジャガーのように、最初から位置を押し上げようとはしなかった。
落ち着きを払って、スズカコバンの直ぐ後ろに付けている。
シンボリルドルフが居ない今、このレースで最も強いウマ娘は誰か。
GⅠウマ娘のステートジャガー、もしくはシルバーコレクターのスズカコバン。
では、マークすべきは、どちらであるか?
サクラガイセンが出遅れたのは彼女の失敗か、もしくは必然だったか。
それは今、彼女だけが知っている。
出遅れちゃったーっ!!
私、サクラガイセンの宝塚記念は、皆の背中を追いかける事から始まった。
本来、マークを付けるべきはステートジャガーのはずだった。
何故なら私は聴いちゃったのだ。
此処に来る際、熊のような厳つい風体をしたスーツ姿の男と一緒にいたウマ娘が「宝塚記念はステートジャガー! シンボリルドルフが出走取消した今、対抗は大阪杯で3バ身差を付けたスズカコバンのみ! 中央経験も積んで、更に盤石の体勢だってプロデューサー言ってたもんね!」とウキウキで尻尾を振っていたのだ。
これは良いことを聴いた。
と思ったのだけど、大きな出遅れに加えて、ステートジャガーの先行策に彼女のマークは不可能になってしまった。
これ、どうするの!? これ、どうなっちゃうの!?
そんな時に、ふと目の前に居たのがスズカコバンだったので、彼女の後ろに付ける形になった。
もう頭の中は真っ白で、事前に考えていた作戦なんて全て吹っ飛んだ。
シナバモロトモー、とスズカコバンに全てを委ねることにした。
おめめぐるぐる〜、がいせんがいせん〜。
後方から、ほぼ全てのウマ娘を視界に収める。
出遅れから先行したステートジャガーは掛かり気味、最後の直線では十分に追い付くことは難しくない。
とはいえ、世の中にはカツラギエースのような脅威の粘りを見せるようなウマ娘も居る。
そして最後方には、サクラガイセンも控えている。大きな出遅れから焦ることなく、脚を溜めている気味の悪い存在だ。
世の中にはミスターシービーのような脅威の末脚を持つウマ娘も居る。
作戦が嵌ったからと云って、決してレースに勝てる訳ではない。
どれだけ道中で失敗をしようとも最初にゴール板を駆け抜けたウマ娘が勝者なのだ。
その言葉の意味を私、スズカコバンは誰よりも知っている。
向かい直線に差し掛かり、ゆっくりと前との距離を詰める。
第3コーナーに入る頃合いで、先頭を射程圏内に収める事が出来れば良い。
此処までは何時も上手く行っている。
問題は第4コーナーから最後の直線、何処で仕掛けるべきか。
最後の伸び脚がどうなるか。
いつも今一歩が届かなかった。
ガイセンガイセン!
スズカコバンの仕掛けに合わせて、その背中にピッタリと付けながら位置を上げる。
スタートに出遅れた分だけスタミナを消耗している。
でも、スズカコバンが風除けになってくれているから実質チャラだ!
走れ、走れ、何処までも!
誰よりも早くゴール板に凱旋だ!
頑張れ私! 負けるな私! 私は強い子、ウマ娘!
目指すは一番、優勝だ!
最終コーナーを回って、最後の直線に入った。
バ群を率いるはウインザーノット、前走では毎日王冠2着の実力ウマ娘。最終コーナーで大きく膨らんだ彼女の外側にはステートジャガー、既に息を切らした彼女にコーナーの大回りは厳しい。それでも持ち前の能力で、先頭を走るウインザーノットに喰らい付いた。しかし食らい付くのが精一杯、思っていたよりも伸びない脚、重たい身体と呼吸にステートジャガーは、初めて自身の失敗を悟った。
その更に外側からスズカコバンが駆け上がって行った。
カツラギエースが相手なら、まだ足りない。
ミスターシービーなら殿一気で届かせる。
シンボリルドルフであれば、更に先を走っている。
油断、油断、また油断、余裕を見せては最後の一手を仕損じる。
この程度の末脚では、まだ足りない!
一瞬の溜めを作る。背後から感じる重圧を感じ取りつつも、視界はゴールの遥か先を捉えた。
姿勢を落とし、更なる一歩を踏み込んだ。
芝を蹴り上げて、その身を一陣の風とする。
全身全霊、あと一歩。更なる加速を、追い付いてくるぞ!
あの人は、何時だって追いついて来た!
マルゼンスキーは、並ぶ余地すら与えずに抜き去って行った。
これでは勝てない、まだ勝てない!
まだ、まだ! まだまだまだ! まだまだまだまだァッ!!
あいつらならァッ! 勝負を捨てずにやって来るッ!
最後の直線に差し掛かった時、私、サクラガイセンには選択肢が2つあった。
内にステートジャガー、外はスズカコバン。
前情報ならステートジャガー有利、しかし、伸び脚が良いのは……競り合うならッ!
「……クシーン!!」
その時、観客席から声がした!
サクラシンゲキの号令が、サクラバクシンオーの掛け声が!
私は、咄嗟の判断で外側に出たッ!
『大外からコバン! 大外からコバン!』
ステートジャガーは、もう伸びないッ!!
『スズカコバンが差し切るぞ!』
大丈夫、末脚なら私の方が伸びが良い!
あと少し、あと少しで手が届くッ! 確かに聞こえた二人の声援、だから届かせる!!
2バ身、1バ身! 残り半バ身、あと半バ身! まだ半バ身!
届かない!? ……届かせるッ!!
『サクラガイセン来た! 内がウインザーノット!』
手を伸ばせば届く距離に、勝利があるんだッ!!
ゴール板を、駆け抜けたッ!
最後は首の上げ下げになった。
上げたのはスズカコバン、下げたのは私、サクラガイセン。
土壇場で、距離は詰めた。
『コバン! コバン! コバン1着ッ!』
しかし、抜くことは出来なかった。
ゴールを横切った後、
掲示板の頂点を呆然と眺める奴の顔は、
少々、憎たらしかった。
宝塚記念、スズカコバンを示す7の数字が掲示板の頂点に点灯するのを観客席から眺める。
アタマ差の勝利。順当と云えば、順当な勝利だった。
主役不在の宝塚記念、確かにそうだ。
そうであるにも関わらず、まだ歓声が鳴り止まない。ミスターシービーが3冠制覇をした時から会場に通うウマ娘ファンなら知っている。東京優駿で10着と惨敗したウマ娘が、秋の神戸新聞杯で1着を取り、以後、多くの重賞レースを盛り立てて来た名脇役の存在を知っている。掲示板には常に彼女の番号があった。ウイニングライブでセンターを取ることは叶わずとも、多くのレースで主役と共に歌って踊る彼女の姿をウマ娘ファンならば知っている。コアなファンであればある程に、ミスターシービーやカツラギエースよりも多くの舞台でスズカコバンの姿を見て来たのだ。
とあるウマ娘ファンは語る、何時もあと一歩が届かなかったんだ。とあるウマ娘ファンは語る、歌も踊りも上手くなった。とあるウマ娘ファンは語る、年に一度、偶に勝つから彼女の応援を止められない。
主役不在がなんだ。俺達はスズカコバンが勝った事が嬉しいのだ、と玄人達が熱に浮かされて歓喜の歓声を送る。
そんな会場内で私、ハーディービジョンは拳を強く握り締める。
私が東条ハナが手掛けた最初のGⅠウマ娘になりたかった。純粋に先輩の事を祝いたい気持ちもある。
しかしスズカコバンは前任とマルゼンスキーが鍛えたウマ娘だった。
醜い嫉妬を胸に抱いて、ようやく観客に手を振り始めたスズカコバンの姿を見つめる。
その自分の目が、どのような色をしていたのか、分からない。
「……なあ、」
隣に立つミホシンザンが私に語り掛ける。前を見つめる彼女の瞳は、なんの感情も乗せていない。
「菊花賞は必ず、獲る。その為に、夏で徹底的に鍛え直す必要がある」
ゆらりと燃える漆黒の意志、彼女が睨んでいるのは掲示板の頂点だった。
阪神レース場を後にした、その脚でウマ娘用のスポーツ用品店に脚を運んだ。トレーニング用に大量の靴と蹄鉄を買い込んでスポーツバッグに詰め込んだ、その翌日に東条ハナに夏合宿の申し出をする。
東条ハナには、前任のトレーナーが残したウマ娘の面倒も見なければならない。彼女には、サマーシリーズがある。
彼女は、トレセン学園から離れる事が出来なかった。
私達には気晴らしも必要だと判断した東条ハナは、絶対に無理をしない事を条件に海の近い合宿場を選んでくれた。
後に回顧録にて、書き記される。
あの時、夏合宿の許可を出したのは間違いだった、と。
如何なる理由があろうとも、決してトレーナーは担当するウマ娘から目を離してはならない。
スマートファルコン「ぜんぜん違うじゃん!」
ファル子P「……」
スマートファルコン「言ったよね!? 宝塚記念はステートジャガー! シンボリルドルフが出走取消した今、対抗は大阪杯で3バ身差で負かしたスズカコバンのみ! 中央経験も積んで、更に盤石の体勢だって……なのに、この結果は何!」
ファル子P「ステートジャガーはまだ中央での経験は不足気味、道中で掛かっていました。当然の結果です」
スマートファルコン「もういいよ! ファル子、ウマドル辞める!」