ちょっとモチベーションが下がっており、取り戻るまで時間がかかりました。
前に比べてペースは落ちるでしょうが、ぼちぼち書き始めようかと思います。
時速70キロメートル、それはウマ娘が出せる限界に近い速度とされている。
2000メートル以上が舞台のレースでは、どれだけ速いウマ娘であっても平均速度は時速60キロメートル前半までと云われており、最高速度も時速60キロメートルの半ばを超えるかどうかといったところだ。
時速70キロメートルはウマ娘にとって才能なしには超えられない壁だ。
文字通り、身を削る事で達成することが可能な領域。そのスピードの限界に挑み続けるのが1600メートル未満という短距離マイルの舞台で走るウマ娘達である。
私、アグネスタキオンはビデオカメラを片手に観客席の最前列に陣取っていた。
此処は京都レース場、開催されるレースは短距離マイルの総決算。マイルチャンピオンシップ。
極限までスピードを追い求めた優駿達が最後の大舞台。始まりは朝日杯フューチュリティーS。ウマ娘界がクラシック3冠レースで盛り上がる裏でNHKマイルCを直走る。シニアクラスのウマ娘達は高松宮記念から安田記念、夏場はサマースプリントシリーズ、サマーマイルシリーズで虎視眈々と力を蓄える者達が居る中、激突するはスプリンターズS。
そして、マイルCS。今年を代表する快速自慢のウマ娘達が今日、これから激突するのだ。
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私、トウショウペガサスは手を振りながらパドックのお立ち台に馳せ参じる。
中山記念を最後にレース場から姿を消した短距離マイルの有力ウマ娘。と巷で云われているが、その正体はグルメ系ウマチューバー! 世界の何処かにあると云われるグルメフロンティアを目指した全国行脚の食い倒れ道中、その旅銭にレースで得た賞金を全て注ぎ込んだ。
丁度、秋に差し掛かる事もあってマイルCSへの参加を決意した。
ウマチューブにおけるグルメ旅配信の無期限休止宣言。最後の生放送で、それを惜しむ声は、ほとんどなかった。
曰く、旅銭を稼ぐ為に中央に戻るウマ娘いるらしい。
中央を無礼なよ。というコメントが流れたり、来年の分を稼がないといけないとね。というコメントが流れたりした。
違います、私はウマ娘なのです! 本業、競走バなのです!
……決して旅銭を稼ぐついでだとか、不純な動機ではありません!
その悲痛の訴えは、まともに受け取って貰えなかった。
酷い! 久方振りに出走したスワンSで10着になってしまった時も誰一人慰めてくれなかった!
今日の人気は5番目と控えめ、絶対、絶対に見返してやる!
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私がパドック台に足を踏み入れると、先程まで沸いていた観客席がしんと静まり返った。
鍛えて来た、削ぎ落として来た。余計なものを削って、削り、限界まで鍛え上げた。そうして得た身体は、ただ速度だけを追求した究極の肉体だ。少しでも速く走る為に、体重は前走より1割以上も削ってある。やれることは全て、やって来た。これで勝てなければ、もうどうしようもない。そう思える程度には鍛え上げて来た。
永遠の2番手、その汚名を今日こそ濯いでやる。
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不動の1番人気は、この私。ニホンピロウイナー。人呼んでマイルの絶対王者だ。
私がパドック場に姿を出した時、ワアッと歓声が上がった。オッズは文句なしの1番人気、誰も彼もが私の勝利を確信している。
去年のマイルCSから前々走のスプリンターズSまで短距離マイル路線のGⅠレースを総舐めし、此度のマイルCSは真の意味で短距離マイル路線の完全制覇が掛かっている。ついでにいうと史上初の同一GⅠ三連覇の記録も掛かっている。
誰も成し遂げたことのない前人未踏の極地。その記録を期待して、今日の京都レース場は王道路線と同等以上に賑わっていた。
この場に居る諸君、君達は実に運が良い。新しい歴史の生き証人となれ!
テレビの前の諸君、もしくはモニターの前の諸君。私が現役でいた時代に生まれた事を生涯の誇りとして語り継ぐと良い!
世界は変わる。今、この瞬間に! 短距離マイル路線が、表舞台に立つ時が来た!
刮目せよ! これがスピード競技の境地、究極の電撃戦だ!!
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――想いは、力になる。
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観客席の最前列、祈る想いでゲートに収まる愛バを見守る。
スズカコバンにマルゼンスキー。ミホシンザンも帯同している。
ハーディービジョン、不遇のウマ娘。
朝日杯FSで1着を取るも、左脚の靭帯を損傷し、復帰したNHKマイルCでは怪我を悪化させて、他のウマ娘から大きく出遅れる事になった。その実力の片鱗を見せつつもGⅠレースでは力を発揮できず、もしくは健闘で終わり、GⅡ番長と呼ばれることも多々ある。
だけど、私は知っている。彼女の素質は、充分にGⅠレースを取れるだけのものがある。特に短距離マイルの舞台では、彼女は規格外の実力を持っていた。
それを勝たせてあげられていないのは、トレーナーである私の責任だ。
ニホンピロウイナーは規格外だ、化物だ。
短距離マイルの舞台においては、ミスターシービーやシンボリルドルフと同等か、それ以上の怪物である。
しかし、それは負け惜しみにしかならない。
私の愛バが一番なのだ。
だから、もし、ウマ娘の神様が居るのだとすれば……
どうか、どうか、彼女に力を、彼女に勝てる力があるのだとすれば、どうか彼女に勝利を。栄光を。
それがどれだけ傲慢な願いだということは分かっている。
それでも、願わずにはいられなかった。
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ウマ娘は、みんなの夢を背負って走る存在である。
その想いの分だけ、力を発揮する。
時に限界を超えた走りを魅せる。想像以上のレースを見せつける。
だからウマ娘の走る姿は、人々を魅了し、どうしようもなく惹きつけられるのだ。