錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第17話:ライオンハート

 私、トウショウペガサスは二人の背中を追いかける。

 練習で辛い思いをするのは嫌だ、負けた時よりも勝った時の方が御飯が美味しいから勝利を目指した。

 懸命に腕を振り、足に力を込める。

 

 それでも届かないのは二人の背中、影すらも踏ませずに加速する。

 私だって弱い訳じゃない。これでも重賞に勝つ事ができるし、GⅠレースの大舞台でだって掲示板内に入れた。

 ワンチャンある。レース展開に恵まれたら私にだって、勝てるんだ。

 

 紛れを起こし、運を掴み取れば、勝ち負けに持っていける。

 

 しかし目の前を走る二人は、運とか関係なしに遥か彼方を走り抜けていった。

 そこには、ただ実力があった。明確な実力差があった。

 ああ、これは勝てない。と、思った瞬間、もう二度と二人には追いつけない直感があった。

 

 たぶん皆、こうやって夢を諦めていくのだろう、と痛感させられる。

 

 

 残り200メートル未満。私、ニホンピロウイナーは全てを置いてけぼりにする為に更なる加速を施した。

 調子が良かった。これまで限界だと思っていたものが、まるで嘘のように足が動いた。力を込めれば込めるだけ、更に加速する。まるで風になったかのような錯覚、まだ行ける。と思ったから、何処まで行けるのか試したくなった。

 加速する、まだ速くなる。何処までも速くなる。

 やっぱり私は天才だ、大天才だったのだ! 最早、何人足りとも私に追いつくことは出来ない!

 

 勝利の感覚が追いついて来た!

 

 半バ身の差は、瞬く間に広がって、1バ身……そして、1バ身。まだ、1バ身。

 ハーディービジョンを千切れない。

 残り100メートルを切って、ハーディービジョンが追い縋る。

 常識を超えた、何かが起きていた。

 

 

 ただひたすらに勝利を追い求めた。

 多くの怪我を乗り越えて、棒に振った一年間。それでも彼女は走り続ける。

 欲するのは勝利の二文字。ニホンピロウイナーに勝った、その証。

 

 彼女は、天才ではなかったのかも知れない。

 同世代にはシンボリルドルフが居た、ビゼンニシキが居た。ニシノライデンが居た。

 

 朝日杯FS後の怪我さえなければ、彼女の才能が枯れることはなかったのかも知れない。

 悲劇はあった。数多の挫折を乗り越える彼女の姿は、常に挑戦者であった。

 ミスターシービーやカツラギエース。スズカコバンと比べても彼女の才能は見劣りする。

 

 しかし彼女にしか辿り付けなかった極致があることも事実、

 

 ハーディービジョンの名の由来。 

 ビジョンは未来の展望を意味し、ハーディーは頑丈や忍耐力を意味する。

 ハーディービジョンが、夢を魅せる。

 最もハードな精神性を持つ彼女が、未来を魅せる。

 挑戦する、その意味を。挑戦し続ける、その強さを。彼女は全国のウマ娘ファンに贈る。

 

 ライオンハート。

 

 崖の底から這い上がる強さを、

 そして、歯を食い縛って耐え忍ぶ強さを、

 彼女は持っていた。

 

 

 時速70キロメートル以上という超高速帯で繰り広げられるデッドヒート。

 ニホンピロウイナーの顔が歪んだ。今年、短距離マイルという戦いの舞台において、マイルの皇帝が初めて見せた底であった。

 彼女の走る姿は教科書の御手本のように美しく、対するハーディービジョンは限界までの前傾姿勢。ただ前に突っ切る事しか考えていない不条理なものであった。それでもハーディービジョンが追い縋る。その走りからは、まるで魂の咆哮が聞こえてくるかのようだった。

 私、アグネスデジタルは、彼女から発せられる熱に当てられていた。

 何も言葉を紡げない、呼吸する事すら忘れていた。

 絶対の覇王に挑む勇者の姿に心を打たれた。これがウマ娘なんだと、私にも同じ魂があるんだと、昂る想いを抑えることができなかった。

 勇者は挑み続ける。最後の、その瞬間まで、決して諦めない。

 彼女には、気高き魂があった。

 

 

 左脚の靭帯に激痛が走る。

 ずっと考えていた。他に削れるもの、捨てられるものが、他にはないか。走りながら思っていた。

 競争生命を捧げるだけでは、まだ足りない。あの絶対王者を負かす為には、もう走れなくなっても良い。だなんて生温い覚悟では仕留めきれない。

 絶対的な才能の壁を乗り越えようとしているのだ。努力をするなんて当たり前で、将来を捧げるだけではとても届かない。

 まだ、自分は甘かったのだ。何処まで行っても自分は甘ちゃんだった。

 

 そんな生温い覚悟で居るから、自分は、何時も、大事なところで取りこぼすのだ!

 

 脚を踏み込んだ。

 ズン、と(ターフ)を打ち鳴らす。まだだ、それでは勝てない事は分かっている。

 踏み込む脚に更に力を込める、(ターフ)に足を沈み込ませる。

 全ての体重を、全ての力を、膝のバネに集約させる。時速70キロメートルの衝撃を、膝のバネで受け止める。

 限界まで踏み込んだ、その先にニホンピロウイナーの背中を目掛けて、弾かせた。

 

 一歩、蹴り出す度に競走生命が削られていくのが分かる。

 更なる一歩で、これから先の人生で、自分はもう二度と同じように走れないことが分かった。

 身体が壊れる感覚に、怖気を感じ取る。

 もう戻れない、でも、まだ間に合う。後ろ髪が引かれる思いを振り切って、未知の世界へと旅立った。

 その速度の先に、ニホンピロウイナーが居た。

 

 才能というのは、なんと残酷で悍ましいことか。

 

 寿命の前借りとも云える裏技を用いて、その背中を捉えた。

 競争生命を全てを使い切ることで、ようやく追いつくことができた。

 果たして、その先にあるものは。

 その支払わなくてはならない代償を、まだ、私は知らない。

 

 

『来た!? 来た、来た、来たッ! ハーディービジョンがまた差し返したッ!?』

 

 ニホンピロウイナーの顔に今年、初めてとなる苦悶の表情が浮かび上がる。

 ハーディービジョンが再加速するも、ニホンピロウイナーが意地と根性で前を譲らなかった。

 抜いて、抜かしての展開はなく、綺麗に横並びとなってゴール板を目指して直走る。

 

 まだ底を見せない絶対王者、辛うじてアタマ差で抑え込んだ。

 

 しかし、本当に少しずつ、徐々にだが距離は縮まっていた。

 一歩ずつ、しかし確実にハーディービジョンがニホンピロウイナーとの距離を詰める。

 抜くのは時間の問題、後は間に合うかはどうかの勝負だった。

 

 残り30メートルの時点では、まだ届かない。

 しかし残り10メートルの時点で、ハーディービジョンが僅かに、ニホンピロウイナーの前に出た。

 ほんの数センチの差、しかし、それは決定的だった。

 

 ニホンピロウイナーが全てを振り絞る、決定打となった。

 

 次の一歩で、ニホンピロウイナーが最後の加速をした。

 これを凌げば、ハーディービジョンが勝利する。しかし彼女はもう既に何度も限界を超えている。

 やはり、強いのはニホンピロウイナー。

 それは誰もが認めるところだ。

 だが、最後まで分からないのが勝負である。

 

 ニホンピロウイナーの加速に合わせて、ハーディービジョンが僅かに加速した。

 

 この時、この瞬間、どれだけの速度が出ていたのか観測する術はない。

 それはきっとウマ娘が出してはいけない速度だった。

 ニホンピロウイナーの才能があるならまだしも、

 

 それは一般のウマ娘が出してはいけない限界を超えた瞬間だった。

 

 ゴール手前、あと三歩という距離――――

 

 

 

 

 

 ――ボキリ、と嫌な音が鳴った。

 

 

 

 

 

 ニホンピロウイナーが圧勝すると見做されていた波乱のマイルCS。

 勝負の行方は、此処からである。

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