錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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新しく評価してくださった三名様、ありがとうございます。
助かります。


第4話:虎視眈々

 東京レース場の入り口までやって来た。

 しかし金がない。ツインターボの実家で世話になっている手前、あんまり自由に使えるお金は少ない。ただでさえ食費で迷惑を掛けている御身分、テレビでも観られるレースの入場券を払って欲しいとまでは云えなかった。久しぶりにハチミツジュースが飲みたいな、そんな事を考えながら入場口の前で立ち往生する。

 それから数十分、レースがひとつ。終わった頃合いで「あれ、テイオーじゃん」と知らないウマ娘に話しかけられた。

 

 ……いや、顔は知っている。彼女は会長の最初の好敵手、ビゼンニシキだ。

 あの会長を追い詰めた唯一の同期、一度、レースで走ってみたいと思っていた相手でもあった。

 それはもう叶わぬ願い。そして、思わぬ出会いに頭の中が真っ白になってしまった。

 

「……ああ、キセキの方か。テイオーだとややこしいな、キセキで良い?」

 

 どうやら相手の方がボクの事を知っているらしい。 

 ……思い当たるのは、この世界の会長に宣戦布告をした時か。

 既に、こっちの世界のボクと面識があるようだ。

 

「それで、君は……ルドルフが目当てって事だね」

 

 何も言えずとも、言わずとも、彼女は勝手に理解して、勝手に話を進める。頭の回転が早いことは分かるけど、察しが良過ぎて逆に話がしにくい。勝手に納得したビゼンニシキはチケット売り場に足を運ぶと、三枚のチケットを片手に持ち、その内の一枚をボクに差し出した。

 

「その額の流星、格好良いね。まるでルドルフみたいだよ」

 

 思わず受け取ってしまったチケット、ビゼンニシキがポンポンとボクの頭を軽く叩いた。

 褒められて悪い気はしなかった。でもチケットを受け取ったまま、どう反応すれば良いのか分からなくて呆然とする。ビゼンニシキはボクのことなんて気にせず、キョロキョロと誰かを探すように周りを見渡していた。

 この先輩、ちょっと掴みどころがない。そんな事を考えていると、見知った、ような面影のある顔が道路側から走って来た。

 

「ヘリオス、今日は遅かったじゃん」

「これでもなるはやで来たんだけど……えっと、そいつ、誰?」

 

 そうやってジトッとした目で睨みつけてくるのは、たぶんダイタクヘリオス。独特のノリを持つウマ娘で、メジロ家のパーマーと仲が良かった記憶がある。今回、初対面のはずだけど何故、敵意を向けられているのか分からなかった。とりあえず笑って誤魔化せば、彼女は不機嫌そうに嘶いてビゼンニシキの腕を抱き寄せる。

 

「まあ、とりあえず、レースを観に行くよ」

 

 さりげなく腕を振り払ったビゼンニシキは、ボク達を先導するように東京レース場への向かって行った。

 ダイタクヘリオスはボクを一瞥し、ひと睨みした後でビゼンニシキの背中を追いかける。

 なんだか既視感のある光景に、ボクは口元を緩ませて、二人の後をゆっくりと歩いて追いかける事にした。

 

 

 あたし、イナリワンは芝のトラックコースを駆け抜ける。

 並走するのは芦毛のウマ娘、パワーはあたしの方が上だった。地面を踏み締めて、ぐんぐんと速度を上げる走りは地方の同期に敵は居なかった。しかし彼女、タマモクロスは低い姿勢で内に外から鋭く切り込んでくる。彼女とのトレーニングを始めた当初、彼女の頭は高く、まるでランニングでもしているかのような走りだった。

 しかし、ビゼンニシキの指導を受けた後、地面に沈むような走法に変化を遂げる。

 

 それからが大変だった。

 馬場が荒れていれば、あたしの方が速い。坂だって私の方が得意だ。

 しかし第3コーナーから第4コーナーに掛けて、その辺りから繰り出されるロングスパートは驚異の一言であった。

 こんなに凄い奴が、あたしの同期にいる。それが分かっただけでも、心が滾る。走りに熱が帯びる。

 負けられない、負けていられない。

 

 今日は秋の天皇賞、そんなことよりも目の前の好敵手の方が気になる。

 ……目が離せない。

 余所見をしていたら直ぐに置いていかれそうだ。

 今、この時が、楽しくて、堪らないッ!

 

 

 なんや、此奴は……!

 地方から来たウマ娘は想像以上にパワフルな奴だった。

 ウチと似た小柄な体躯の癖に、その脚から繰り出されるパワーは重戦車と見紛うようだ。

 最初の数日は、手も脚も出なかった。ビゼンニシキに云われて走り方を変えてから、なんとか追い縋れるようにはなったが、しかし、あのパワーを相手には太刀打ちできない。真っ向勝負では敵わない。と大人しく認めてからはスパートを仕掛けるタイミングを早めた。兎にも角にも粘り腰、意地汚くも粘り付き、なんとしても勝ってやる。と長い距離でも速度を落とさない粘り強い脚を追い求めた。

 毎日のように並走して、競い合った。日々、成長するのを実感する。昨日よりも速い今日を実感し、しかし、それと同じようにイナリワンもまた成長していた。ただ成長するだけでは追い抜かせない、漫然と生きているだけでは勝てない相手がいる。

 だからウチは、トレーニングが終わった後、ビゼンニシキの後を追い掛けた。

 

 ウチは栗東寮、彼女は美浦寮。学寮が違ってもウチは彼女の部屋に押し入り、そこで走り方の勉強をさせて貰った。

 ビゼンニシキと一緒にレースを観て、戦略を立てたり、戦術を語り合うこともあれば、同じビデオを観て、客観的な視線から自分の走りと見つめ合う事を教えて貰った。低い姿勢の走り方は、その一環で覚えたものだ。

 イナリワンを相手に連日連敗だった。新走法を試した、その日も負けた。

 でも、そこには確かな手応えがあった。

 

 次第に勝負は勝ち負けとなり、次第に、どっちが多くハナ先を取れるかで競い合うようになった。

 毎日が楽しかった、充実していた。こんな日が何時までも続けば、良いと思った。でも彼女は地方のウマ娘で、ウチは中央のウマ娘や。この毎日にも終わりが来ると分かっている。だから、少しでも速くなる為に一戦、一戦を大事に走った。米粒ひとつ残さないように、全てを糧にするつもりで駆け続けた。

 今日は秋の天皇賞、そんなことも気にせず、今日もトレーニングに没入する。

 後でビゼンニシキと一緒に観れば良い。それよりも、今この時しかない。彼女との一戦の方が遥かに大切だった。

 

 

 怪我明けのシンボリルドルフに興味はなかった。

 私、ロッキータイガーはスズマッハを相手に併走トレーニングに勤しんだ。

 彼女は本日限りのトレーニング相手だ。トレーニングは続けているが半ば、引退してしまった彼女に現役時代の強さはない。しかしミスターシービーを彷彿とさせた末脚は健在、背後から追い上げてくる圧力は他では味わえない凄みがあった。全盛期、そのトップスピードを幻視する。先行策からの追い上げ、最後の伸び脚を鍛えるのに彼女以上の適役は居なかった。

 シンボリルドルフなら、きっと、もっと追い上げてくる。

 

 誰もが認める現役最強ウマ娘、シンボリルドルフ。その象徴を打ち破ることに意味がある。

 決戦の舞台にジャパンカップを選んだのは、船橋の名を全国に届かせる為、最強の名を掴み取る事はウマ娘ファンに船橋の名を知ってもらうのに丁度良かった。

 私は、地方のウマ娘のまま、世界に挑戦し、日本の頂点を目指す。

 

 しかし、とコースの反対側を走る二人の後輩を見やる。

 

 船橋にウマ娘ファンを呼ぶ、船橋の観客席を満員にする。

 それは私の夢であり、私が目指す理想だ。それを後輩に押し付ける気なんて、さらさらなかった。

 イナリワン、彼女の走りは馬場を問わない。

 

 彼女に、もっと輝ける道があるのであれば、それはきっと船橋ではなくて――――

 

 それにまあビゼンニシキには恩がある。

 彼女がトレーナー業に本腰を入れる時、イナリワンの力は彼女の為になる。

 そして、それはそのままイナリワンの為にもなるはずだ。

 

 ……そんな先の事よりも、先ずはジャパンカップ。

 後方で息を切らすスズマッハに声を掛けて、もう一本、と笑顔で伝えた。

 

 

 私、マティリアルは東京レース場に脚を運んでいた。

 ミスターシービー世代、シンボリルドルフ世代、SMS世代。近頃、急激な盛り上がりを見せるウマ娘界隈、そのレベルは日進月歩で急速に上がっている。私の同期にもメリービューティーやゴールドシチー、サクラスターオーといった有力なウマ娘が揃い踏みだ。

 きっと私達の世代は、誰か一人が強い世代ではない。

 来年のクラシッククラスは群雄割拠、秋のシニア戦ではミホシンザンやサクラユタカオーが私達の前に立ち塞がることになる。

 その最前線に、私は間違いなく居るはずだ。

 

 だから、今の内から超一流と呼ばれるウマ娘達のレースを肌身に感じたくて東京レース場に脚を運んだのだ。

 

 ふんす、と腕を組んで、お手並み拝見と洒落込んでみる。

 高らかにファンファーレが鳴り響く、各ウマ娘がゲートに収まるのを見届けた。

 少しの静寂、ゲートが開いて、ウマ娘が飛び出す。

 

 東京レース場に、歓声が上がった。

 先ずはハナを切ったのはリキサンパワー。ニシノライデン、ニホンピロウイナー、ステートジャガー、ウインザーノットは先行。出遅れたのはシンボリルドルフ。ミスターシービー、カツラギエース、スズカコバンと名だたるウマ娘を打ち倒してきた皇帝に暗雲が立ち込める。

 それでも勝つのが、皇帝。シンボリルドルフ。怪我明けなんて感じさせない力強い走りをしていた。

 

 

 その時、後方に控えるウマ娘の事なんて誰も見ていなかった。

 彼女はただシンボリルドルフの走りを間近に観れて、感極まっているところだった




あまり目立たないけど重賞常連組のヤマノシラギク。
勝ち鞍には恵まれないものの牝馬でありながらもエリザベス女王杯、春の天皇賞、宝塚記念三回、秋の天皇賞二回、ジャパンカップ、有馬記念、マイルCSと当時の古馬GⅠレースに粗方、出走している競走馬が居たりします。
前にもスズカコバンで同じことを言いましたが、こいつ、いつも名前を見かけるなって競走馬を見つけるとテンション上がります。

ちなみに56戦も出走しており、イクノディクタスよりも走っていたりします。
やべぇですね。ちなみに今回も出走していますが、出番はありません。

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