そして落ちた筆力を取り戻す為、練習がてらに書いたものです。
結末までの道筋が見えてしまったから、書くしかない。
そんな感じです。
誤字報告ありがとうございます。
その走る姿は全てを圧倒し、その踊る姿は全てを魅了する。
求める理想は究極の美女、目指す頂きはティアラ路線のGⅠレース完全制覇。
それが出来るだけの能力がある。そう彼女は確信していた。
そんなウマ娘の名前は、マックスビューティ。
まるでモデルと見紛うような美しい見目と立ち振る舞いをする彼女が選んだチームは、
意外にも当時、弱小として知られていたチームスピカであった。
◆
ごきげんよう、と手を振る姿は何処かの良い所で生まれ育った御令嬢。
歩く仕草、ひとつを取っても気品に満ち満ちており、周囲に咲き誇る白百合の花弁を幻視させる。鹿毛色の長髪を風に靡かせる姿は見る者の目を奪って、ひとつ下の後輩に黄色い歓声を上げさせた。
そんな登校の途中の話。
丁度、トレセン学園の校門を潜ろうという時に「オーホッホッホッ!」と古典的な高笑いを上がる。ダークブラウンの巻き髪ウマ娘、世が世なら悪徳令嬢と呼ばれても不思議ではない姿を持つウマ娘が御令嬢の前に立ち塞がる。
「ここで会ったが千年目、今日は待ちに待った選抜レース! マックスビューティ、貴女を地にひれ伏せさせてみせますわ!」
そう啖呵を切る彼女の名前はタレンティドガール、ビシッと人差し指の先端を突き付けてくる。
マックスビューティ―は溜息ひとつを零し、事ある度に絡んでくる彼女の横を素通りした。
「あっ、待ちなさい! 待ってくださいまし! 今日はトレーナーを決める大事な日なのでしょう!?」
慌てて呼び止めようとする悪役令嬢、もといタレンティドガール。
彼女は自分の事を敵視して、よく絡んできた。それはテストの成績勝負だったり、スポーツだったり、兎にも角にも競おうとしてくるので面倒臭い。トレーニング中も絡んでくる為、次第に対応するのも面倒になって、無視する事の方が多くなってしまったのが現状だ。
ワーワーギャーギャーと後ろで喚かれるのも煩わしかったので、華麗に踵を返したマックスビューティは柔和に微笑んでざっくりと切り捨てる。
「私はもうトレーナーを決めていましてよ」
「なんですって!?」
「ごきげんよう」
「貴女は何時も何時も私の先を行ってッ!」
キーッ! と甲高い声が上がるのを無視して、表玄関より校舎に足を踏み入れる。
勉学は勿論、芸能と競走。両方を完璧に熟してこそ究極の美の名に相応しい。そう信じる彼女の成績は常に学年トップの位置にあり、歌と踊りといった芸能関係は教師を以て、もう教えられることは何もない。と太鼓判を押す程のものであった。究極の美を目指す彼女が走りを疎かにしようはずもなく、同じティアラ路線を走る同学年のウマ娘の中では誰よりも速いと云われている。
そんな彼女にも謎はあった。
女という存在は、ある程度、謎を持っている方が魅力があると云うが、彼女の場合は不可解であった。
彼女ほど実力を持つウマ娘が、どうして弱小無名のチームスピカに所属したのか。
プレハブ小屋が建ち並ぶ校内の一角にて、マックスビューティは、スピカと刻まれた立て札が掛けられたプレハブ小屋の扉を叩いた。
反応がない為、軽く息を零しながら扉を開ける。小綺麗に掃除のされた部屋、机の上には資料が山ほどに積み上げられており、椅子には刈り上げ頭のトレーナーが鼻提灯を作って眠っている。そんな彼に呆れて、もう一度だけ溜息を零す。机の上に広げられた資料がウマ娘に関するものでなければ、蹴り飛ばしているところだ。
ホワイトボードに書かれたトレーニングメニュー。それを一瞥し、眠る彼の背中には私が来た意味も込めて、ブランケットを掛けてからプレハブ小屋を後にする。
所属チームにチームスピカを選んだ事に深い意味はない。
彼女の素質は同期の中でも上位に入る。誰もがクラシック路線での活躍を望む中で彼女は頑なにティアラ路線に固執した。
当時、ティアラ路線はクラシック路線と比べて、格が落ちるとされている。短距離マイル路線は、ニホンピロウイナーの活躍を見るまでは王道路線の裏街道として見られていたが、ティアラ路線は更に格が落ちる。無論、ティアラ路線も人気がない訳ではない。ニホンピロウイナーが活躍する以前の短距離マイル路線と比べれば、ウイニングライブの煌びやかな演出に加えて、洗練された歌と踊りでファンを魅了するティアラ路線は、ウマ娘というコンテンツにおいて人気の高い分野であった。
しかし、あくまでもレース後のウイニングライブがメイン。最速を競い合うクラシック路線と比べて、幾分かレースの格が落ちるのがティアラ路線であった。
ウマ娘は走るだけが取り柄ではない。
歌って踊るのは勿論、勉学に励んだ上で競走にも勝ってみせる。
全てを完璧に熟してこその究極の美。
マックスビューティは、誰もがクラシック路線を望む中で彼女は頑なにティアラ路線に固執した。
その思想に唯一、共感を抱いてくれたのが今のトレーナーである。
彼の放任主義には困ったところがある。
しかし、それでも本気で自分の夢を叶えてくれようという事は分かった。
先ずはティアラ三冠からだな。と契約初日、軽い調子で語った彼の事は今も忘れていない。
ティアラ三冠。後にエリザベス女王杯。最後に有マ記念。
この全てを制覇する事で自分の目指す究極の美を体現できるのだと信じている。
だから、先ずはティアラ三冠。軽い調子で、しかし、確かな意思を以て、彼女は呟くのだ。
◆
タレンティドガール、才媛の意味を持つ名のウマ娘は類稀な素質を有していた。
幼い頃から神童と呼ぶに相応しい才覚を思う存分に発揮し、何をするにしても少し嗜んでみただけで人並み以上に熟してみせる。難関と認められるトレセン学園の入学試験でも苦にせず、当たり前のように入学を果たしたのであった。
そんな順風満帆な人生を送って来た彼女だったが、入学してからの一年間。彼女は辛酸を舐め続ける事になる。
いうなれば、目の上のたんこぶ。彼女の前には、常にマックスビューティが立ち塞がってきたのだ。
格式の高い生まれから令嬢としての立ち振る舞いを叩き込まれてきたタレンティドガールは、歩き方ひとつ、仕草の隅々まで強く意識をしている。持ち前の体型の良さもあり、学園のマドンナとしての地位は最早、約束されたも当然のものであった。
そんな誰よりも美しい自分が付けるべきは、クラウンではなくティアラである。
更なる美しさを求めた彼女が、ティアラ路線に走ったのが運の尽き。
彼女は、初めて出会ったマックスビューティ。究極の美を志すその美しさに一瞬、見惚れてしまったのだ。
才媛タレンティドガール、一生の不覚であった。
美しいだけならまだよかった。彼女は美しいだけに留まらず、走ればティアラ路線を志す誰よりも速く、歌と踊りですらも常にトップの成績を収め続けた。彼女が、クラシック路線を走らないことを惜しむ声が上がる度にタレンティドガールはハンカチを噛み締める。
私は、全てにおいて、彼女に劣っている。
タレンティドガールは、その事実から目を背けることはしなかった。
何故なら、他者の実力を認めないことは美しくない為だ。
ならば、どうすれば良いのか? 鍛え上げれば良いのだ。
タレンティドガールは、彼女とを同じ時代に生まれたことを自らが更に高いステージに上がる為の試練として受け止めて、自己研鑽に励むようになった。裏では汗だくで、泥だらけになるまで走り続けて、労力を惜しまず踊りと歌に青春を費やした。翌日、全身が筋肉痛に苛まれようとも意地と根性で、表面上は優雅に振舞ってみせた。余裕のある立ち振る舞いにこそ、気品は宿るものである。
そう! まるで湖上の白鳥のように!
選抜レース、好敵手のいないレースに小さく息を零す。
何処までも一足早いマックスビューティは、既にトレーナーを見つけている為、こういったレースに参加する意味はなかった。
今日こそは貴女に勝つつもりでありましたのに……!
鬱憤を晴らすように走ったレースは、圧巻の勝利であった。
◆
侯爵令嬢と悪役令嬢。そんな言葉が似合う二人のウマ娘を遠目に見つめる栗毛のウマ娘。
何処か田舎臭さが抜け切らない。そんな野暮ったい風貌の少女は、名をコーセイと云った。
これまでに彼女は多くの選抜レースを走って来た。
しかし、その見窄らしい見た目が災いしてか彼女の担当に、と言ってくれる者は皆無であった。
それでも何時かは報われる時が来る。と彼女は一人でも懸命にトレーニングを重ねる。
彼女には夢があった。
幼い時に見たオークス、そのウイニングライブの煌びやかなステージに憧れてトレセン学園までやって来た。
しかし田舎臭い彼女はティアラ路線を目指すウマ娘の中では、悪い意味で目立ってしまうのだ。
目元のそばかすもまた彼女を卑屈にさせる要因のひとつであり、周りからの視線に耐え切れず、トレーニング設備も使わないで校外に出ることが多かった。
黙々と、粛々と、山道や河川敷を直走る姿は他者から見れば奇異に映ったかも知れない。
マックスビューティ、タレンティドガール。誰もが憧れる美しさを持つ二人、当代のティアラ路線を代表する彼女達を羨望する。遠くから二人を見つめているだけの自分が時折、どうしようもなく小さく見えて嫌になった。学園から離れて、逃げるようにトレーニングに打ち込んでいる自分がどうしようもなく嫌だった。
あの二人から見た世界は、どんなに明るく見えているだろうか。空から照らす太陽が、醜い自分を咎めるようで嫌いだった。
どのように生きて来られたら彼女達のように自信に満ちた人生を送ることができるのか。
生まれからして、育ちからして、お前とは別人だと突きつけられるようだ。夜は嫌いだ。眠る時、どうしようもなく胸が苦しくなる時がある。
私が卑屈になればなるほどに、心は窮屈になる。
周囲に誰も居ないのを入念に確認する。
そして、喉が張り裂ける程の声で叫んだ。
歌とも呼べない歌を張り上げて、
何が正しいのか、
どれが間違っているのか、
分からずに、分からないままで、
我武者羅な歌詞を謳い綴る。
明日は来る。地獄の様な輪廻の中に私は居る。
誰か私を救ってほしい。本当は、誰の手も望んでいないのに、心は救って欲しいと訴えた。
嫌になる。人生の、歩き方が分からない。
どうやって皆は生きているのか。幸福とはなんですか?
空に向かって、手を翳した。
眩しい太陽光を阻んで、影の隙間から見上げる空は憎々しい程に果てしなく青かった。
解放感なんて、何処にもない。私は何処にも飛べない、向かうことができない。
それでも、それでも、歌を奏でる。
歌が、導いてくれる。そう信じて、何処までも広大な蒼空に向かって叫んだ。
ここから私を連れ去って、と。より空高くに手を掲げた。
青空に糸を引いた飛行機が、此処ではない何処かに向かって飛んでいくのを見つめたよ。
自分を救えるのは自分だけ、そんなことは分かっている。
過去ばかりを見つめている。
後ろを振り返っては呪詛を振りまいている。
そんな生き方しかできない。
だから私は、我武者羅に生きるしかないのだ。
無理やりにでも前を向いては全力疾走。
立ち止まれば、過去が這いずってくる。
足が止まると、心を蝕まれる。
だから私は、ずっと走り続けるしかないんだ。
不器用な自分には、それしか生きる術がない。
遠くへ行け、と。
何処だって良い。此処ではない何処かへ行け、と。
私の心が訴えるんだ。
金切り声が歌になる。
これは歌だと言い張って、私は此処にいるよ。と誰かに向かって叫んだ。
明日は来る。嫌でも明日は来る。
だったら私は……だから私は、
地べたを這いずり、泥水を啜ってでも前に進まなければ生きられない。
喉が枯れても、歌うことやめるなんてことを絶対にしてやらない。
例え血反吐を吐いても、私は訴え続ける。
生きているんだ!
と何時だって、何度だって、心の底から叫び続けている。
そうやって、私は呼吸しているのだ。
◆
この世代、ティアラ路線は大きな盛り上がりを見せる。
三者三様が魅せる走りがウマ娘ファンの心を掴み、芸能特化と呼ばれたティアラ路線に大きな変革が齎される。
それは後の女帝と呼ばれるエアグルーヴ、後に女傑と呼ばれるヒシアマゾン。メジロドーベル、ダイワスカーレットとウオッカといった多くのウマ娘を魅了し、惹き付けることにも繋がった。
これは、その礎となる物語の始まりだ。