錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第5話:伏兵

 この時、トレセン学園に所属する全てのウマ娘が彼女一人に注目していた。

 

 

 私、ハッピーミークは東京レース場の観客席の最前列に居る。

 隣には桐生院葵と名乗る不審者、もといトレーナー候補生が目をキラキラと輝かせている。

 彼女と出会ったのは、東京レース場の入り口前の事だ。視線が合った瞬間、ぱぁっ! と花が咲き誇るような満面の笑顔を浮かべたのは今も忘れられない。下手なウマ娘よりも素敵な笑顔であり、何処ぞの強面なアイドル事務所のスカウトが「アイドルに、興味はありませんか?」と名刺を差し出しそうなくらいに良い出来だった。

 それからなんやかんやあって、押し切られる形で一緒にレースを観る事になった。

 

「あっ、見てください! ルドルフですよ、ルドルフ!」

 

 彼女の指を差してキャッキャとはしゃぐ姿は、まるで子供のようだった。

 桐生院家はURAの黎明期から活躍するトレーナーの家系であり、これまでにも多くのGⅠウマ娘を輩出している。そんなトレーナーの名門である桐生院家の一人娘が彼女であり、今は修行中の身、学業に勤しみながらトレーナーの助手として頑張っているのだとか、なんだとか。後半部分は彼女が勝手に喋り聞かせてくれたものだ。

 碌に返事もしていないのに、そんなことお構いなしに彼女は話し続ける。

 いやまあ、返事をしなくても良いのは楽っちゃ楽だけど……よくもまあ飽きもせずに一人で喋り続けることが出来るなあ、と半ば呆れながらも関心する。ちょっと申し訳ないな、と思わなくもないけど、一を返せば、十や百になって返って来るような娘なのだ。今は相槌を打つだけで済ませている。

 とりあえず、今は騒がしい彼女の事よりもレースに集中する。

 

 ミスターシービー、カツラギエースが引退した今、時代はシンボリルドルフただ一人だけのものになる。

 前の世界では、あまりに強過ぎる為にヒール役にされていた彼女だが、今回はミスターシービーの健闘もあってか、ヒーロー役としてウマ娘ファンに親しまれていた。勝利より、たった三度の敗北を語りたくなる。と言われる事もない。オグリキャップが登場する前に、シンボリルドルフは国民的英雄として持ち上げられていた。

 此処に居る全てのファンが期待するのはシンボリルドルフの勝利、もしくは彼女の敗北である。

 良くも悪くも、今のウマ娘界隈はシンボリルドルフで回っていた。

 

 歴史を知る私は、此処で彼女が敗北する事を知っている。

 しかし、これまでに歴史が覆されてきた例は何度も見てきた。前の世界以上の奮闘を見せた者が居て、それ以上の何かを以て迎え討つ者が居た。今回は、どうなるのか。

 注目すべきは――――

 

「ミークは誰が勝つと思いますか?」

「……ギャロップダイナ」

 

 ――思わず、口が滑った。ぽけっとした顔をする桐生院、なんとなしに気不味かったのでコースを見つめる。

 

「ギャロップダイナとは渋いですね。確かフェブラリーステークスで2着、安田記念では5着に居たウマ娘でしたっけ? 道新杯でレコードタイムを出した事は知っていますけど……」

 

 思っていたよりも勉強している。

 なんとなしにウインザーノットについて聞いてみれば、函館記念を連覇したウマ娘ですね。と、するりと答えが返ってきた。

 ……見た目以上に出来る子だったりするのだろうか?

 

「私の予想はシンボリルドルフです。彼女の能力は怪我明けを差し引いても抜けています」

 

 彼女の意見はご尤も、私だってシンボリルドルフの能力を疑っていない。

 それでも、今日、シンボリルドルフは負けたのだ。前の世界では、誰もが彼女の勝利を疑っていなかった。

 今回もまた負けるのか、どうなのか。正直、今だって私は彼女が負けるとは思えない。

 シンボリルドルフは、それだけのウマ娘なのだ。

 

 

 脚の調子は悪くない。

 トントンと軽く跳ねてみても違和感はなかった。

 レースの勘は鈍っているかも知れない。しかし、そんな事を言い訳には出来ない。

 私は挑戦を受けて立つ側のウマ娘、調子が悪いなんて負けた理由にならない。

 勝って、当たり前。当たり前に勝つ。

 それが求められている。

 

『5冠ウマ娘、シンボリルドルフッ! GⅠ5勝を含める12戦11勝! ミスターシービー、カツラギエース、スズカコバンと前年度の覇者達を滅多斬り、当代最強の名に相応しいウマ娘! 誰が云ったか、シンザンを超えろッ! 神と称えられしウマ娘、その登場から十数年を経て、今ッ! 肩を並べるところまでやって来たッ!! 今日こそ超えられるかシンボリルドルフッ! 歴代最強ウマ娘の座はもう目の前だッ!!』

 

 パドック会場にて、左肩に掛けた赤いマントを靡かせる。

 右胸に付けた3つの勲章はクラシック3冠レースを意味し、左胸の下に付けた2つの勲章は有マ記念と春の天皇賞を意味する。これは戒めだ。シンザンを超える、と云う明確な意思表示。私は今日、勝つ為に此処に来た。

 絶対は、此処にある。唯一抜きん出て並ぶ者なし、その体現者が此処に在る。

 汝、皇帝の神威を見よ。

 

「……申し訳ないが、今日もまた勝たせて貰う」

 

 意思を明確にする為に口から出した。

 覇気とも呼べるモノが、バチリ、と青白く放電する。

 不調? そんなものはない。

 しっかりと仕上げさせて貰った。

 

 

「本調子じゃないのはバレてるよ、ルドルフ」

 

 観客席から呟くと隣にいるキセキノテイオーが私の事を睨み付ける。

 それに反応してダイタクヘリオスが彼女を睨み返したので、ヘリオスの頭をわしゃわしゃっと撫でて宥めてやる。

 

 シンボリルドルフの調子は悪い訳ではないが、良くもない。

 でも、それでも、当たり前に勝つんだろうな。とは思っている。

 そう信じさせるだけのものがあった。

 

 それでも、一抹の不安はある。

 必ず何処かに虎視眈々と優勝を狙うウマ娘は居る。

 私も、そうだった。負ける、と思って走った事は一度もない。

 刺客は潜んでいる。

 トゥインクル・レースを引退した今、贔屓する事に躊躇はしない。

 

 シンボリルドルフに勝って欲しい。

 

 それは、嘗て好敵手として競い合ったエゴでもあり、

 ルドルフとの間にある絆からの言葉でもあった。

 

 

 思い返すは去年のマイルCS、また再びハッピープログレスと競い合ったようなレースがしたい。

 今の短距離マイル路線には、私、ニホンピロウイナーに敵うウマ娘は何処にも居なかった。全てが格下、挑戦する意義をなくして一年近くが過ぎた今、私はレースを走る事に飽きてしまった。ドリームトロフィー・リーグに行けば、競う相手も居るかも知れないが少なくとも今の短距離マイル路線に私と肩を並べるようなウマ娘は居ないのだ。

 だから私が走り切れるギリギリの距離、2000メートルでシンボリルドルフに挑戦する事を決めた。

 

 強いのは知っていた。一度、走ってみたいとは思っていた。

 トゥインクル・レースに出るのは今年限り、彼女もまた王道路線を走るなら、彼女と戦える内にレースをしておきたかった。

 勿論、走る以上は勝つつもりで居る。

 走る以上は短距離ならば、と言い訳をするつもりはない。

 たった一度の好機、今日は挑戦者のつもりでレースに臨む腹積もりだ。

 

 

 2000メートルの距離なら負けない。

 函館と東京で場所は違うけど、あのミスターシービーよりも速いタイムを私は出している。

 その甲斐もあってか、本日は2番人気。あのニホンピロウイナーよりも、あのステートジャガーよりも、ゴールドウェイやニシノライデンよりも、今日の私は役者が上だ。シンボリルドルフの対抗ウマ娘として、皆が認めてくれている。

 期待には応えなくてはならない。勝つのは私、ウインザーノット。

 カツラギエースに出来た事が私にも出来ないなんて言わせないッ!

 

 

 ファンファーレが鳴り響いている。

 他のウマ娘が、ゆっくりとゲートに収まるのを見てから私もゲートに収まる。

 私、ステートジャガーには野望がある。

 

 ロッキータイガーのように郷土愛に溢れている訳ではない。

 カウンテスアップやキングハイセイコーのように地方に埋もれるつもりも毛頭ない。地方にだって強いウマ娘が居るってことを見せてやる。地方のウマ娘だからと勝負をする前から諦めた者達に目に物を見せてやる。

 私はステートジャガー、地方出身の成り上がり者!

 挑むということが、どういう事か教えてやる。挑戦する、その意味を見せてやる。

 

 私の挑戦はこれからだ!

 ステートジャガー先生の次走にご期待ください!

 

 ……違う!

 私、今日、勝つから! 絶対、勝ってやるから!

 皆、見てろよ!

 私がゴールする、その瞬間を!

 歴史的偉業だぞ!

 本当だぞ!

 

 

 ゲートが開いた、その瞬間にリキサンパワーが抜け出した。

 やや出遅れたのはシンボリルドルフ。最初が大外枠だった事もあり、後方からのレースになった。

 有力ウマ娘は先行の立ち上がり、シンボリルドルフにとって苦しい形になる。

 此処から先の立ち回りが命運を分ける。

 ビゼンニシキを含めた。このレース場に居る全員が、そう思っていた。

 

 

 何時ものように好位置からの勝負は出来なくなった。

 焦りはない。それをする為には完璧以上のスタートダッシュが必要であり、並以下の出だしでは難しいレースになることは最初から分かっていたことだ。此処で焦って前に出るのは愚の骨頂、自分のペースを維持して、ゆっくりと前との距離を詰めれば良い。

 最後の仕掛け処までに、何時もの定位置に脚を運べば良いのだ。

 

 有力なウマ娘は皆、前に出た。

 誰も彼もが手堅い戦術、紛れが起きない展開。大丈夫、実力で捻じ伏せれば良いだけの話だ。

 運に左右される結果など、絶対とは程遠い。

 

 ゆっくりと、緩やかに速度を上げる。

 息を潜める。それでも滲み出る存在感、他のウマ娘を圧倒しながら距離を詰める。

 後方からのレース運びは、スズカコバンの走りを思い出す。

 彼女は最後のもう一伸びが足りない事が多かった。あと一歩が届かないウマ娘だった。

 しかし、私ならゴールまでに間に合わせる。

 

 頭の中で思考する、想像する。

 目に映る全てのウマ娘の調子を観察し、そこから導き出される終盤戦を算出する。

 勝利するのに大差は必要ない。

 1バ身。着差は必ずしもウマ娘の能力のバロメーターにはならない。

 それだけの差があれば、絶対は実現可能だ。

 

 第3コーナーまでに付けなければいけない位置、そこに自分を持って来る。

 仕掛け処を間違えなければ、勝利する事は決して不可能ではない。

 脚の調子は悪くない。ゴールまでの道筋が、私には視えている。

 

 

「……ロッキー。やっぱり、ルドルフに勝てたよ」

 

 レース展開を見守りながら、そう呟いた。

 彼女の身体の調子は悪くない。きっちりと調整して来たのは、流石のシンボリルドルフと讃えるべき事だ。

 しかし彼女は今、前しか見えていなかった。

 

 私がロッキータイガーに託す戦術は、徹底的にマークする事。

 シンボリルドルフは、悪くないスタートを切った一人のウマ娘が後方まで位置を落とした事に気付いていない。すぐ内側の位置に居るというのに、あれだけ意識をしていると云うのに、意にも介さずに前だけを見つめていた。

 あの位置にロッキータイガーが居れば、死角の外からシンボリルドルフを刺す事ができる。

 

 それで優位の展開に持っていく事ができる。

 惜しいのは、あの位置に居るのが重賞を勝利した事もないオープンクラスのウマ娘だと云う事だ。

 名前はギャロップダイナ。……ギャロップダイナ?

 確か、数ヶ月前にレコードタイムを出したウマ娘が、そんな名前だったような?

 いや、あれはダートの話だったはずだ。

 ダートと芝では走り方が違う、ダートで速いウマ娘が芝でも速いとは限らないのだ。だからダートと芝は分けられている。

 それに、そこまで強いウマ娘ならミスターシービーと同じ歳で重賞未勝利はあり得ない。

 

「フェブラリーステークス2着。相手は今年、最優秀ダートウマ娘最有力候補として名高いアンドレアモン。今年は道新杯でレコードタイムを出してるけど、去年の3勝クラスのダート1600メートルでもレコードタイムで勝ってる」

 

 キセキノテイオーが、電光掲示板から目を逸らさずに呟いた。

 

「今年10戦。失格の1回を除いて、全てのレースで掲示板内。なんというか、()()()()()()ウマ娘なんだよね」

 

 今日この時までは、と。そんな言葉が続いた気がした。

 レースは第3コーナーに差し掛かった辺りでルドルフは先行グループの外に付けた。

 ギャロップダイナはまだ、後方でバ群に埋もれている。

 

「……本当に持っていないだけなんだよ」

 

 どうして、彼女が後方に沈んだウマ娘に注目するのか分からない。

 大欅を超えて、シンボリルドルフは3番手の位置。何時もなら必勝パターン、後方からのレースが何処まで影響するのか。

 ギャロップダイナは、まだ、遥か後方に潜んでいた。


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