錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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新しく評価を2回、ありがとうございます。
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そういえば感想の数が200を超えていました。
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お気に入りも900を超えて、益々モチベになります。


第7話:次に向けて

 秋の天皇賞を終えた、その翌朝。

 何時も隣で眠っている相方の姿はない。それもそのはずで彼女は京都で開催されるレースに出ており、昨日は京都で宿泊する予定になっていた。私は手早く身支度を済ませた後、朝食も摂らずに学生寮を飛び出した。

 通り掛かりのコンビニに脚を運んだ。五百円玉で仕入れられる手頃な食事を買い込んで、そのままトレセン学園に通うのが私の日課になっている。そのついでに雑誌なんかを立ち読みしてみたり、とか。ガラス張りの自動ドア、すれ違ったヒトのお客さんと視線が合った。その時、彼は手にウマ娘関連の新聞を握っていた。彼は驚きに目を見開いた後、二度、三度と私の顔を覗き込んできたので、ちょっと居心地が悪い。なんだよ、もう。と不機嫌に思いつつも雑誌コーナーに赴き、ふと、彼が持っていた新聞を思い出してチラ見した。

 そこには、私の顔がデカデカと貼り付けられていた。

 

 ……あれ? えっと、あれ?

 

 そういえば昨日、何があったんだっけ?

 鮮明に思い浮かぶのは、茫然と見上げた掲示板。その最上段に映し出された数字が、自分の優勝を示していた。

 カヒュッ、と口から息が漏れる。嫌な汗が、だらだらと溢れ出す。

 昨日、私は、何か重大な事をしでかしてしまったのではないか? 新聞の見出しには『大波乱、天皇賞(秋)』とあり、アオリには『あっと驚くギャロップダイナ』と記載されていた。

 

「ひえっ」

 

 脱兎の如く、逃げ出した。

 

 汗だくでトレセン学園まで来ると、周囲からの視線を感じる。

 あの子が皇帝を倒した。とか、そんな不吉な言葉が聞こえてしまって、居ても立っても居られずにチームカノープスのあるプレハブ小屋に駆け込んだ。そこにはトレーナーの姿はなくて、彼女の助手を務める南坂さんが椅子に座っていた。秋の天皇賞の時には「流石に一人も居ないのは格好が付きませんからね」と唯一、私の付き添いをしてくれた人だ。

 ソファーには、横たわる一人のウマ娘。まるで死んだように身動きを取らない彼女、顔には正方形に折り畳まれた白いタオルを乗っけており、脚には親指を固定具を使って包帯でグルグル巻きにして固定されている。

 ……なんで死んだみたいなポーズを取ってるんだろう?

 

「……ソフィア。その怪我、どうしたの? あと、そのタオル……」

 

 問うとシャダイソフィアは、むくりを上半身を起こして、ジトッとした眼で私を睨み付けてきた。

 

「ウマ娘が開放脱臼で死ぬ訳ないでしょうッ!」

「えぇっ!? 急に何を言い出すの!?」

「……他のウマ娘に巻き込まれたのよ。おかげでマイルチャンピオンシップへの道筋も全てパァよ、パァ!」

 

 ちゃんと来年のヴィクトリアマイルには復帰できるんでしょうねえ、南坂さん! と声を荒げるソフィアに「トレーナーが全力を尽くしてくれますよ」と南坂が当たり障りのない言葉を返す。

 

「どう、どう、どう。落ち着いてよ、ソフィア……」

「……ふんだ! 貴女に私の気持ちなんて分からないわよ! 私なんて予後不良を言い渡されちゃったんだから! 傷口が腐るとか、指を切断しましょうとか! 仮に治っても元通りにはならないとか! ふざけんな! もうおしまいよ! シャダイソフィアは昨日、死んだのよッ!!」

「あまり暴れないでください、親指の骨が歪んでくっついてしまいますよ」

 

 ふんだ、とソフィアは勢いよく仰向けに寝転がり、白いタオルで自らの顔を覆い隠した。

 ああ、それ、そういう意味だったんだね。

 どうしたらいい? と南坂に目で訴えると、彼は肩を竦めることしかしなかった。

 うん、困った。凄く困った。

 

「……おめでとう」

 

 少し間があって、シャダイソフィアの少しぐずった声が聞こえた。

 顔はタオルの下に隠れたまま、しかし頭から出たウマ耳はピコピコと忙しなく動いている。

 私は、彼女に聞こえないようにクスリと笑って、ありがとう、と返した。

 

 こうして私は、漸く自分の勝利を受け入れることができた気がした。

 

 

 チームハマル。私、サクラサニーオーは次戦のジャパンカップに向けてトレーニングを積み重ねている。

 皐月賞以後、結果を出せていないサクラユタカオーはジャパンカップには出ず、己を鍛え直す為、見つめ直す為にダービー卿CTに出走する予定となっている。ジャパンカップに出るウマ娘は、シンボリルドルフの他、秋の天皇賞で皇帝を降したギャロップダイナ。ダービーウマ娘のシリウスシンボリ。最後に地方からの出走、確か名前はロッキータイガー。地方では有力なウマ娘という話だが、大阪杯以降で結果を出せないステートジャガーのように、地方と中央では環境が違っている。

 夏からの戦績も良くない事から、あまり警戒する必要もない。

 

 最近、結果に乏しいサクラ一門の勢いを取り戻す為、私は彼の皇帝に挑戦する。

 皇帝だって絶対じゃない。無名のギャロップダイナでも倒すことができた、なら私にだって可能性があるはずだ。

 速く走る才能はサクラユタカオーが飛び抜けている。

 でも、速いだけでは勝てないのがレースだ。

 私には強く走る力がある。決して、ノーチャンスではないはずだ!

 

 

 時間が飛んで、11月中旬。マイルCS直後の話になる。

 チームリギルは停滞している。チームはマルゼンスキーが指揮を取っており、今年で引退予定のスズカコバンが補佐に付いた。トレーナーの東条ハナは毎日のようにハーディービジョンの見舞いに行っており、その帰りで酒に呑んだくれたり、無気力で部屋に引き籠るような生活を送るようになってしまった。

 なにか元気付けられれば、と思いはするが、私には脚しかない。

 

 ジャパンカップへの出走は回避。とはいえ有マ記念には出走できそうだった。

 独りでもトレーニングを積まなくてはならない。かといってチームのトレーニングでは、今の私では物足りなさ過ぎる。マルゼンスキーに相手をして貰うにも、彼女にはドリームトロフィー・リーグの調整もあるので無理を言う事はできず、スズカコバンも似たようなものだ。

 トレーナー不在の状況、好敵手達がジャパンカップ、有マ記念に向けたレベルアップを重ねる中、私は独りでトレーニングを重ねなければならなかった。

 

 誰も見てくれない。孤独のトレーニングは、想像以上に心を蝕んだ。

 何時ものように闇雲にトレーニングを続ける訳にはいかない。体調管理まで、全て自分で行うのは困難を極める。去年、有マ記念の前にビゼンニシキが世代対抗戦と称して、同世代を集めたチームトレーニングを行なっていた事もあるが――あのウマ娘は本当に同じ学生なのかと疑いたくなる。

 趣味はなんですか? と聞かれた時に、読書です。と海外のウマ娘に関連する論文を手に持っていたのは有名な話だ。

 

 彼女に頼ることも考えた。

 しかし彼女はチームベテルギウスとの関係が強く、少し前にはシリウスシンボリのトレーニングを付けている事を思い出して、やめた。形振り構っている状況ではない。別に強くなる為に拘りを持っている訳でもない。

 だが、常識的に考えた時、やって良い事と悪い事はある。

 

 あまり身の入らない練習。それはステップアップする為と云うよりも、能力を維持する為のものだった。

 

 何時もは、簡単に熟せるトレーニングが、しんどくて仕方なかった。

 夕暮れ時、トレーニングを切り上げる頃合い、焦りが強くなるのを実感する。このままでは勝てない事は嫌でも分かった。

 それでも走るしかない。効率という言葉の意味が、よく分からなかった。

 

「身体を作るのは食事から……闘争こそが己を高めるものであるならば、常在戦場の心意気を持て。誰もが当たり前に鍛錬を積むのであれば、差は日常の在り方にこそ表出する」

 

 あと一周、走ろうとした所で見知らぬ、ウマ娘が話しかけてきた。

 いや、違う。彼女の事は知っている。ウマ娘であれば、誰もが彼女の事を知っている。

 ウマ娘ファンであれば、その名を聞かぬ者は居ない。

 

「私は走るのが好きではない、誰彼構わずに勝負を仕掛けるような競走狂いでもない。けれども私には好敵手が居た。その者の存在があればこそ、その者との実践があればこそ私は今、この場に立つことが出来ている。彼女との競走では、感覚が研ぎ澄まされるのが分かった。閉じていた感覚が開かれて、錬磨される。一度の実践が、どれだけ実力を引き伸ばすことに繋がるのか私は理解した」

 

 そう云うと彼女は私の前に鉄下駄を放り投げた。ズンッと地面が揺るぐような重厚音、下駄の歯が埋まってしまっている。

 

「鍛錬を実践に昇華させる事が出来れば、ウマ娘はどれだけ成長するだろうか? 日常を鍛錬に落とし込むことができれば、それはもう四六時中、鍛錬しているのと同じことになるのではないか? そう、私は考えたのだ」

 

 なんとなしに鉄下駄を持とうとしてみる。重すぎて、力を込めない事には上がりそうになかった。

 

「シンザン鉄とは、その集大成のひとつだ。……とはいえ、まあ先ずは鍛錬を実践に昇華される事から始めようか」

 

 そう云うと彼女は鉄下駄を脱ぎ捨て、トレーニング用の靴に履き替える。

 腰を下ろした。ウマ娘の頂点に位置する存在感は、予想に反して、酷く薄いものに成り変わった。

 まるで早朝、喫茶店で珈琲を頂くような緩さで、私の隣で構えを取る。

 

「時折、日常と鍛錬、実践が、よく分からなくなる時がある。常に鍛錬しているようで、走りながらも穏やかな時があって、起きているようで眠っていて、夢の中にいるようで現実を歩いている。全てが入り混じって、自分が今、何処に居るのか分からなくなる。それでもGⅠレースのファンファーレを聞くと全てが覚醒する。これまでの人生の全てが脳裏を駆け巡る。そんな時に思うんだ、嗚呼、私は走馬灯の中で生きている。走馬灯のような速さで走っている。思い返す光景は、全て走ることだけだった。ずっと、走ることだけを考えている」

 

 伝説が、私の隣で構えを取っている。

 

「合図は、任せる。貴女からは、強く惹きつけられる運命的な何かがある」

 

 神と呼び讃えられるウマ娘からの誘い、断れるはずがなかった。

 ……結果は完敗。仮にもGⅠウマ娘である私が、きっちりと2バ身の差を付けられて負けてしまった。

 彼女、シンザンはポケッとした顔を浮かべた後、「まだ足りない」と言い残して帰った。

 

 翌日、またシンザンは来た。

 そして彼女は私と走った後で、自分の予定を伝えると帰ってしまった。

 更に翌日、そして翌々日。私はシンザンと生活を共にしている。

 どうして、こうなったのか分からない。

 

 でも、今日も今日とて、彼女と同じシンザン鉄を履いて、地面を打ち鳴らし、日常から盗み取れる全てを盗み取ろうと目を光らせた。

 

「いや、いやいや、お前の言ってる事なんて理解できる奴いねぇよ!」

 

 昼食、同席したウメノチカラが叫び、そして何故か私のトレーニングを見てくれる事になった。

 今の彼女はトレーナーの資格を持っているが、担当ウマ娘が夏前に引退してしまって暇を持て余していたようだ。ちなみに生ける伝説はちょっと変わった性格をしているようで、トレーニングを付き添ってくれている時も何かを言ってくれることはなく、気紛れのようにコースに入って来ては急に併走を始めたりする。常に私の2バ身先を走る彼女の姿は、嫌でも目に焼き付けられる。何が足りないのか、どうすれば良いのか。兎に角、見て盗む事に注力した。

 途中、面白がったコダマも合流し、私の周りはなんか凄いことになってきた。

 

「このまま他のレジェンドも来るんじゃないよな? 胃が痛くなってきた……」

「シンザーン! ミスオンワードも来たいってよー!」

「……彼女と競走以外で会うのは久しぶりだな」

「よし! そんじゃオッケー出しとくなー! サンエイソロンも呼んじゃおっかなー」

「……やめろよ、やめてくれよ。あいたたたたた……」

 

 ウメノチカラが胃を抑えて、蹲ってしまった。

 私はもう、感覚が麻痺している。

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