錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第8話:挑戦

 今から十年以上も前の話になる。

 伝説の一人として語り継がれるスピードシンボリは、二度に渡って海外挑戦を行っている。

 一度目は春の天皇賞を制覇したその年に、ワシントンインターナショナルに出走した。当時、日本ウマ娘の知名度も高くなかった為、当然のように9人中9番人気。しかし彼女は奮闘した。最終コーナーを曲がった直線に入った時、スピードシンボリは先頭に立っていた。「これは行けるぞ! 日本のウマ娘だって、やれるということを見せてやる!」と意気揚々とスパートを仕掛けた次の瞬間には、並ぶ間もなく4人のウマ娘が彼女を抜き去っていた。

 結果は5着。奮闘はしたが、健闘したとは呼べない成績に彼女は歯噛みし、復讐を誓った。

 

 二度目の挑戦は良く翌年、キングジョージⅥ&QESからドーヴィル大賞、凱旋門賞に挑戦する長期計画を立てた。

 キングジョージⅥ&QESでは前回と同じ5着であるが、1着とは8バ身以上の差を付けられた。続くドーヴィル大賞では11名中の10着と奮わず、凱旋門賞では再び8バ身以上の差を付けられた着外。当時、10位以内までしか順位付けがなされなかった時代であり、彼女は着位すらも付けられなかったのだ。

 これだけなら、まだ彼女の失意だけで済む話であった。

 しかし彼女はトゥインクル・シリーズを引退するまでに8戦4勝6連対という戦績を収めており、内3勝が宝塚記念。そして、有馬記念連覇という輝かしい戦績を収めた。

 その事実はウマ娘界に強い衝撃を与えた。

 

 日本のウマ娘は海外では通用しない、その事実に身を震わせた。

 

 それからも多くのウマ娘が海外への挑戦をした。しかし、その全てが1着から20バ身以上の大差を付けられての大敗であり、彼女達の挑戦は、スピードシンボリというウマ娘の偉大さ、そして海外という壁の大きさを証明するだけだった。国際レースで勝つ為には、という議題に対して、スピードシンボリは渋い顔で「あらゆる面で負けてる」と答えるに留める。

 

 世界に通用する強いウマ娘の育成する為、その名目で開催されたのがジャパンカップ。

 日本の馬場、日本の気候、長距離遠征。地元開催という優位な条件でのレースであれば、日本のウマ娘も海外のウマ娘に通用するのではないか? 祈る想いで開催されたレースは、上位4名を海外勢で占めるという日本完敗という結果に終わる。第2回もまた上位4名までが海外勢の名で埋まり、第3回ではキョウエイプロミスが2着に食い込んだが、上位5名の内4名が海外勢の名前で埋まる。

 日本が海外に比べて、劣っていることは明白であった。

 

 幾ら日本で活躍したところで海外には敵わない。

 心の何処か根付き続ける想い。それだけ当時のウマ娘界隈にとって、海外とは特別な存在だった。

 ウマ娘界隈が盛り上がる中で、あえて目を背けて来た事実であった。

 

 だからビゼンニシキの最終目標は海外にあった。シンボリルドルフの最終目的は海外に定められている。

 後に続くウマ娘に少しでも希望を見せる為、せめて一矢報いてやるのだとサクラシンゲキが特攻し、キョウエイプロミスが己の競走生命を賭けて激走した。

 海外の存在は絶望ではなく、浪漫であるとシリウスシンボリは叫んだ。

 

 陰鬱とした想いが払拭されたのは去年、カツラギエースの登場だ。

 海外勢に通用するのはミスターシービー、もしくはシンボリルドルフだと目される中で、カツラギエースが勝利した。

 彼女が勝利したことが良かった。

 

 上位3名が日本のウマ娘で埋められたことは勿論、歴代でもトップクラスの戦績を誇るミスターシービー、シンボリルドルフではなくて、カツラギエースが勝利した事で日本のウマ娘全体の能力が上がっていることが証明された。もしかしたら私も行けるかも知れない、日本のトップに立つウマ娘だけが通用する訳じゃない。それは後進のウマ娘は勿論、ファンにすら希望を与える結果だった。

 

 それはダンスパートナー、アグネスワールドを初めとしたウマ娘に夢を持たせる結果となる。

 

 カツラギエースが残した功績は計り知れない。

 日本のウマ娘は確実に強くなっている。その事実を後進のウマ娘、そして全国のウマ娘ファンに証明する為にも彼女達は今年もまたジャパンカップに挑戦する。今年の日本総大将はシンボリルドルフ、次いで今年のダービーウマ娘のシリウスシンボリ。去年から今年にかけて、全てが3着以内のウインザーノット。そして何故か参戦しているギャロップダイナ。クラシッククラスの有力ウマ娘サクラサニーオー。最後に地方からの刺客ロッキータイガーの計6名が遠路遥々極東の島国にやってきた海外勢を歓迎する日本の精鋭である。

 この時はまだ日本視点で、日本対海外の構図を拭いきれない時期。何かに取りつかれたように勝利を欲する時代であった。

 

 

 東京レース場、11月第4週。芝2400m左回り。ジャパンカップ(GⅠ)。

 その前日に行われた抽選会にて、シンボリルドルフは大外の8枠15番に指定される。

 クジを引いたトレーナーは静かに天を仰ぎ見た。

 

 今年の彼女達は、あまり籤運の良い方ではなかった。

 年越し最初のレースである日経賞では8名が出走する中で6番であったし、春の天皇賞では15名中の15番である。宝塚記念で漸く内枠が取れたと思えば、出走前に怪我をして、前走である秋の天皇賞では15枠中の15番であった。そして今回、今年三度目となる大外枠になる。

 余りにも持っていない結果に、シンボリルドルフは苦笑する。

 

 その後の会見で意気消沈するトレーナーの隣で、シンボリルドルフはマイクに向かって宣言する。

 

「レースに絶対はないと皆は云うかも知れないが、私だけは例外。シンボリルドルフには絶対があることを証明してみせよう」

 

 その秋の天皇賞で惜敗した後の宣言にウマ娘界隈は多いに沸いた。

 SNS関連では、彼女を馬鹿にするような発言が飛び交い。笑い者にするかのように取り扱った。

 しかし、その事を全てわかった上で彼女は口にした。

 ビックマウスはトレーナーの役目。その言葉の真意は全て、彼女が担当する愛バの為のものであった。

 故に今回は、シンボリルドルフはトレーナーを庇う役割を己に課した。

 

「トレーナー、これで負けたら格好悪いな」

 

 何時もトレーナーがしてくれるように、彼女もまたトレーナーに微笑みかける。

 チームベテルギウス。どちからと云えば、持っていない側のウマ娘。

 しかし、そういった逆境にこそ、勝てるウマ娘こそが真に持っているウマ娘と云えた。

 

 

「ロッキー、準備は出来てる?」

 

 ジャパンカップ当日。東京レース場、パドック会場。その控え室にて。

 栗色の美しい毛並みをした、如何にもエリート然としたウマ娘が話しかけてくる。

 彼女は地元船橋のマイナーなウマ娘新聞を取り出し、その見出しを私に見せた。

 

「公営の星だってさ、随分と期待を受けているね」

 

 名実共に地方代表ウマ娘。

 地元岩手では敵なし、南関東に殴り込みをかけて来た生粋のダートウマ娘カウンテスアップ。そんな彼女と東北で鎬を削り、彼女を追いかけて彼女と同時期に愛知入りを果たした新潟の星グレートローマン。東北から凄い奴が来ると聞いて、共にカウンテスアップを迎え撃った私の好敵手テツノカチドキ。ジャパンカップへの切符を賭けた東京記念では、激戦を繰り広げた結果、私が勝ち取った。他にも船橋の古兵トムカウント、スズユウ。今はもう引退したが、地方から中央のクラシック路線に殴り込んで、皐月賞と宝塚記念を取ったハイセイコーの弟子、キングハイセイコー。昨年の東京ダービーでは負けてしまったが、東京王冠賞で雪辱を晴らした。そして忘れてはならないのが大阪杯に見事勝利したステートジャガー。今はもう地方のウマ娘ではないが、彼女もまた地方の誇りである。この他にも戦ってきた多くのウマ娘が居る。

 多くのウマ娘の想いを背負って今、私は地方の代表として、シンボリルドルフは勿論、世界に挑戦する。

 

「ルドルフが日本総大将と云うのであれば、さしずめ君は地方総大将って所かな?」

 

 何度も手を開いては、握り締める。

 滾る想いを胸の奥に抑え込み、否応なしに昂る心は獰猛な笑みを浮かべさせる。

 健闘に意味はない。勝利する。

 2着では足りない事は、キングハイセイコーが教えてくれた。

 勝利してこそ意味がある。

 

「……皇帝の鼻を明かしに行くよ。彼女が絶対ではないことを教えてくれる」

 

 言って、立ち上がる。

 今日の為に仕立てた勝負服を羽織って、扉に手を掛ける。

 手が震えていた。これは武者震いだ。

 今日の為に私はやれることをやってきた。何度か手の感触を確かめてから取っ手を捻る。

 部屋を出ようとした時、ビゼンニシキは笑って、私の背中を強めに叩いた。

 

 

 チームベテルギウスからの出走は2人。その内1人が私、シリウスシンボリだ。

 初めてのシニア戦。海外から来たウマ娘も含めて、逸る想いはある。かつてスピードシンボリが「あらゆる面で負けてる」と言っていた意味がよく分かる。

 もし仮に彼女達が最初から日本で走っていれば、その全員が一度はGⅠレースに勝っている。そんな陣容だ。

 

 クラシッククラスまでとは違うレベルの高さに感情が否応なしに昂る。

 これは世界への前哨戦。ここで通用しなければ、私は海外でも通用しない。

 気を昂らせる。敵はシンボリルドルフだけではないのだ。

 

 不安はない、敗北は考えない。

 考えるのは勝利のみ、負けた時のことなんて考える必要がない。

 反省や後悔なんてものは、負けてから考えれば良いのだ。

 

 それに、あの黒鹿毛のウマ娘。

 ビゼンニシキが地方から引っ張ってきた秘密兵器ロッキータイガー、彼女の強さは別格だ。もし仮に彼女が最初から中央に居れば、今、シンボリルドルフの無敗の3冠はなかったかもしれない。そう思わせるだけのものを彼女は持っている。特に去年は芝状態が回復せず、砂が敷き詰められた力重視の馬場になっていたことも鑑みれば、勝利もあり得たかも知れない。例年の軽い高速馬場であれば、ビゼンニシキが速い。あの皐月賞以上の伸びを見せる事は分かり切っており、もし、そうなれば皐月賞の勝利も厳しかったはずだ。

 去年、シンボリルドルフは色々な意味で、持っていた。しかし今年は、明確に持っていない、と云える。

 

 ツキに見放された彼女は、それでも実力で捻じ伏せてきた。

 彼女は、誰よりも強いウマ娘だ。もし仮に彼女の不利な状況での勝負であったとしても、彼女であれば実力で捻じ伏せていたかも知れない。

 そう思わせるだけのモノが、彼女にはあった。

 

 海外のウマ娘を前にしても見劣りしないその肉体。存在感。

 能力だけなら、恐らくシンボリルドルフは海外のGⅠに出走するウマ娘にも見劣りしない。

 それが今、明確に分かった。

 ならば倒すべきは、やはりシンボリルドルフ。レース勘も取り戻し、心身共に体調を整えた彼女こそ私が倒さねばならない相手だ。

 勝つ、勝ってやる。勝って世界に名乗りを上げる。日本最強のウマ娘は私だと、世界に教えてくれる。

 手が震えた。それを握り潰す。

 

 感情が昂ると何時も体が震える。

 レースが近づく、この一刻一刻が私は好きだった。

 

 

 私、ギャロップダイナは魂が抜けていた。

 トレーナーがシャダイソフィアに付きっ切りの今、南坂の話に乗せられた私は東京レース場の控え室に居る。

 どうして自分は此処に居るのだろうか。もう一度、ルドルフ様と走れるって聞いた私は何も考えずに出走を決意した。

 でも後々になって考えると、これはジャパンカップである。世界に対する挑戦である。

 

 おかげで私は秋の天皇賞から息を吐く暇もなくトレーニングを再開せざる得なくなり、ルドルフ様の前で恥ずかしい姿は見せられないと歌や踊りも練習し直した。その甲斐もあってか前よりも脚が速くなった自覚はある。でも足りない、勝つ為には足りなかった。ルドルフ様は絶対に強くなっている。私が想像するよりも遥かに早い速度で強くなる。

 

 このままでは駄目だ。

 パンッと両頬を張って、意識を切り替える。

 始まってしまったものは仕方ない!

 

 どうせ走るなら良い所を見せたい。

 もっと私を見て欲しい。この前のレースは走るので必死過ぎて、全然楽しめなかった。

 だから今回は、しっかりと覚えておきたいのだ。

 ルドルフ様とのひと時を、胸に深く刻んでおきたかった。

 勝つつもりで走る。

 

 私は勝った。だからどうした、私がルドルフ様を想う気持ちは一片たりとも欠けない。

 

 こと此処に至っては世界なんて関係ない。

 標的はルドルフ様一人、去年、負けたルドルフ様が負けたままで居るはずがない。

 そう私は信じている。

 だから私は全力で走るのだ。

 

 

 パドック台に私、サクラサニーオーは立った。

 左手を腰に当て、空高く昇った太陽を人差し指で差した私は、シンボリルドルフの勝利を見に来た観衆に向けて、満面の笑顔を見せつける。

 子供は風の子、私は太陽の子。何故なら私の名前はサクラサニーオー!

 腹の底から目いっぱいの声を吐き出した。

 

「たいよおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 光合成! 充電完了!

 京王杯で見せた勝負服(フォーム)はノーマルフォーム、黒を基調にしたライダースーツに桃色のスカーフを首に巻いた姿。皐月賞では胴体に強化装甲を施し、左胸にはSCの紋章を刻みつけたリニューアルスタイル! そして今クラシック三冠レースの悲しみを胸に刻んだ私は、悲しみの王子としてパワーアップフォーム! 黒の基調に桃色のラインを刻んだシャレオツな意匠、人呼んで炎の王子!

 サクラサニーオーSC見参! レース会場に来ていた子供達から歓声が上がる!

 ついでにサクラバクシンオーが目を椎茸に輝かせていた!

 

「私は、悲しみの王子っ! サクラサニィーオォーウッ! エェースシィーッ! ウマライダーッ!!」

 

 声援をありがとう! ちみっこの諸君!

 今日こそ私は勝ってみせるぞ!


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