前話の続きです。
誤字報告、ありがとうございます。
トレセン学園にも、オープンキャンパスと呼ばれる行事はある。
全国各地から将来を夢見て、押し寄せてくるウマ娘を対処するのは理事長秘書である駿川たづなが主であり、トレーニング中のウマ娘の邪魔にならないように各施設を案内する形となる。対象年齢は小学生以下のウマ娘、特に人気があるのは食堂であり、お腹いっぱいに食べられるという言葉を聞いて、闘志を燃やす者も多かった。
そんなウマ娘達の中に紛れるのは、サングラスを掛けた芦毛で長身のウマ娘。ゴールドシップが潜入していた。
彼女は先日、三大女神の一人。バイアリータークの導きで、この世界に放り込まれた。
願われたのは、メジロ家の栄光。それはゴールドシップにとっても願ったり叶ったりの申し出であり、彼女は胡散臭く思いながらも二つ返事で承諾する。女神の願いが別にあるのは、すぐわかった。しかし、それを達成する為に、メジロ家の存続が必要であると云うのであれば、とりあえず、目的は一致している事になる。
あとはまあ女神が絶対の悪には思えなかった点もある。
それは転移する時の話。
「これから先にある世界は、貴女が今居る世界とは全く別の世界です。その世界で貴女が何を果たしたとしても、貴女が今居る世界には影響を与えることはありません。ただ、そういう未来もあったかも知れない。と、貴女にとっては、それだけの話、なのかも知れません。……それでも来てくださいますか?」
黙って連れて行く事も出来たのに、懇切丁寧に説明をしてくれた為だ。
承諾した後は、色々な説明を受けた。
先ず私が生まれ育った世界では、既に異世界からの介入が行われていたという話。嘗て、私とは別の異世界から来たゴールドシップが、メジロ家の存続を願って、屋敷のみを残す事に成功したと云う話である。本来の未来では、メジロ家は衰退すると共に屋敷すらも失われて、ドリームジャーニー、オルフェーヴル、ゴールドシップの三人のみを養子として受け入れて、ひっそりと暮らす事になるらしい。
どういう結果になっても結局、大叔母様の養子になる歴史に変化はないらしい。
あの莫迦な姉と凶暴な姉とは切っても切り離せない縁があるようだ。
前回、別世界の自分が取った行動を大まかに聞いた後、ゴールドシップは新しい世界に解き放たれた。
Hello World.ってな感じで。
とりあえずメジロ家の屋敷まで赴いた。
まだ栄華を誇っていた時の姿を見て、過去に戻ってきた事を自覚する。孤児院だった時とは違って、手入れは行き届いていた。私達に少しでも多くの食事を食べさせる為、花畑を潰して人参畑にした庭も今は元通り、写真の中で見た光景になっている。
屋敷の窓からメジロ家の面々、叔母様達の姿を確認し、その内の一人、大叔母様の横顔を見た。
それを確認した後、そそくさと屋敷を離れる。
過去に戻って来た。私が孤児として引き取られた後、満足に自分の意志で動けるようになった時では手遅れだった。しかし今ならまだ間に合うかも知れない。私が元居た世界には、何も影響を与えない自己満足の領域。それでも、そういう未来があった。という事実こそが大事なんだと思った。やれなかった事がある、でも今ならやれる。
取るべき事は色々とあるが先ず、自分がやるべき事はトレセン学園に大叔母様の居場所を作る事だ。
遠目から見守って手助けするのも良いが、大叔母様は道理を弁えるウマ娘である。仲間からの手助けであれば、受け取る事はあっても、見ず知らずのウマ娘の手を借りるとは思えない。だから先ずは大叔母様の仲間になる。……前はチームスピカに所属していたらしい。先人の知恵に倣って、自分もチームスピカを調べてみようか。当時の彼は放任主義であり、それが当時のウマ娘にとってウケが悪くて、暫く担当するウマ娘に困った時期があるらしい。
ただ此処は別世界、何もかもが前の世界と同じという訳ではない。とも女神は言っていた。
そんな感じで彼女は駿川たづなの案内から外れて、プレハブ小屋がある方へと脚を運んだ。
それ故に気付けなかった。同時期、同じ場所に彼女の小さな義妹が居る事に。
まだ産まれていないはずの義妹、まさか此処に居るとは思いもしなかったのだ。
◆
あーもう、前が見えない!
ウマ娘に揉みに揉まれる私は今、中央トレセン学園のオープンキャンパスに参加している。
目的は勿論、莫迦姉を見つける為だ! 大叔母様が心配しているって事をおしえてやらなくてはならない! そして連れ帰らなくてはいけないのだ! ふんす、と意気込んで参加したのは良いが、まるでバ群に埋もれた時のような有様に苛々が有頂天である。
とにかく此処に居ても埒が開かない! とりあえずバ群の中から抜け出して、大外一気を決めてやろうとしたところで――スッと後ろから抱き上げられる。
振り返る。何度も雑誌で見た事のある顔が、そこにはあった。
「あら〜、こんな所にいらして迷子になったのかしら?」
スーパークリーク。嘗て、三強と呼ばれた時代の担い手。
オグリキャップ、イナリワンという偉大なウマ娘と対等に駆け抜けた彼女の実力は戦績以上のものがある。ドリームトロフィー・リーグの長距離戦では、毎度のように掲示板内に顔を見せる実力派のウマ娘だ。そんな彼女が私を持ち上げ、抱き寄せて、その豊満な胸を私の背中に押し付ける。饅頭二つ、私がシニアクラスに上がっても得られなかったものがそこにはあった。
どうしましょうか。そんな言葉を呟いて、彼女は私を何処かへと連れ去ろうとするのだ。
「待ちたまえ」
そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのは、栗毛の少し眠たそうにしたウマ娘であった。
「このオープンキャンパスに来るという事は、もしや君は来年に受験をするつもりなのかな?」
「あらあら、まさか、こんなに小さい子なんです。家族同伴でしょう?」
「いや、暫く遠目から観察していたんだが、彼女がずっと一人だった事を確認している」
彼女は顎に手を添えて、続く言葉を口にする。
「もし仮に来年、受験するような歳であれば、君ほどに小さなウマ娘は珍しいんでね。ちょっとした知的好奇心だよ」
あ、このウマ娘は別に私を助けるつもりじゃなかったみたいだ。
「……そこの方の言う通りです」
「え〜……?」
「とりあえず、下ろしてくれませんか?」
「むう、」
そう言うとスーパークリークは名残惜しそうに私の事を床に下ろす。
年齢は一応、12歳って事になっているらしい。あの女神が言っていた。身体も若くなっているみたいだけど、体感、何かが変わっている気がしない。早熟なウマ娘で私くらいの身長が珍しいのは分かるけど、あの丸々とした胸のせいで怒鳴る気力も失われて、今、私は凄く複雑である。
「見れば見るほどに疑問だな、走っているところを見てみたいものだよ」
実験動物を見るような目で見つめてくる栗毛のウマ娘、貴女は誰でしょうか? と、問い掛けてみる
「おっと、失敬。まだ話していなかったね、私はアグネスタキオン」
アグネスタキオン? 聞いた事のない名前である。
“へえ、彼女が光速の貴公子”
ふと女神が頭の中で呟いた。……誰?
“貴女の居た世界だと……そうですね、彼女は幻の3冠ウマ娘と呼ばれている程の実力者です”
あ、何時もと違う声がする。
“……えぇ、なんでダーレーまで来てるの?”
“少し退屈していたもので……皐月賞を最後に屈腱炎で引退した事が幻と呼ばれる名の所以、戦績は4戦4勝、今もドリームトロフィー・リーグで活躍するジャングルポケット、クロフネ、マンハッタンカフェに勝利した事もありますよ”
“トレセン学園では、どちらかというと問題児としての印象の方が強い子なんだけどね”
悪い子ではないよ、とゴドルフィンアラビアンが付け加える。
「できれば、君の名も教えてくれないかな?」
悪いウマ娘じゃないのであれば、答えても良いかと思って名前を口にしようとして、待って、と呼び止められる。
“君の名前を出す事は非常に拙い”
どういう意味か分からないが、そういう事らしい。
となれば私が名乗るのは偽名になる訳だが、何も思い付かないのでウマ娘の神様に祈ってみた。
助けてー、ゴッドー! ゴッドー!
すると四つ脚の天使の姿をした女神が後光を背に受けて、ゆっくりと口を開いた。
“良いですか、貴女の名前は今日からバジガ……”
“おい、止めろ。止めるんだ、ダーレーアラビアン。偽名に縁もゆかりのない競走馬の名前を出すんじゃない”
“えぇ〜? んじゃあ、モミジちゃんで”
“繁殖牝馬に居た気がするけど……まあ、うん、もうそれで良いや”
ありがとう、ゴッド! 結論だけを聞き届けて、私はこの世界での名前を二人に告げた。
「モミジ……ふむ、君が中央のトレセン学園に入学できる事を楽しみにしているよ」
「可愛い名前ですね。ふふ、それじゃあ、一度、トレーナーに相談をした後に……」
「いや、そこは離してあげるべきでは?」
新しく前髪の長い青鹿毛のウマ娘が口を挟んだ。
「おや、君は?」
「……マンハッタンカフェと言います。ちょっと見ていられなかったので」
あらあら、と困ったように片頬に手を添えるスーパークリーク。アグネスタキオンは新たに現れたウマ娘を興味深そうに観察し、マンハッタンカフェと名乗るウマ娘は煩わしそうに身を揺する。
「迷子という訳でもなさそうですし、開放してあげるべきでは?」
「ん〜、そうしてあげたのはやまやまなんだけど……」
スーパークリークが申し訳なさそうに周りを見やる。そこにはもう誰の姿もない。全身を緑色の服に着込んだ案内役のお姉さんも何処かへ行ってしまったようだ。
「よろしければ、私が案内しましょうか? 私は此処の生徒ですし」
アグネスタキオンとマンハッタンカフェは互いを見やり、小さな溜息と共に肩を竦めてみせた。
そして私は再びスーパークリークに抱き上げられる事になるのだ。
◆
「これが中央のトレセン学園が誇るジムトレーニング施設なんですよ!」
桐生院葵が満面の笑みを浮かべて、両腕を目一杯に広げる。
それを私、ハッピーミークが気のない返事を返す。
どうしてこうなったのか、私は今、桐生院の案内を受けている所だ。
「ちょっと試してみますか? あ、でも予約していないと使えないんでしたね!」
勝手に話を進めては、勝手に決めつける。
というよりも私は親戚のハイセイコーの伝手で何度もトレセン学園に来ているのだが、その事は知らないのか。
連れ回されて、知っている事を聞かされるのは、億劫だった。
これがゲームならきっと、以下の一文が付与されているはずだ。
ハッピーミークのやる気が下がった。
◆
トレーナー資格の受験に必要な条件は、年齢ではなく高卒である事だ。
つまり高校卒業認定に受かりさえすれば、まだ中学生の歳でもトレーナー資格を取ることができる。
そうして資格を取ったのが僕だ。
この天才的な頭脳を持つ僕に掛かれば、試験なんてお茶の子さいさい。将来は天才的なトップトレーナーとしての約束されていると云っても過言ではない。
とはいえだ、誤算がひとつだけあった。
天才的な僕に十分な能力が備わっているけど、年齢という壁は如何ともし難い。
規則だからと、御役所仕事でプレハブ小屋の使用許可までは頂けたのだが、自分よりも歳下の僕の担当になるウマ娘がまるで見つからない。どうすれば速くなるかなんて事は科学的な根拠を以て、適切な助言をしてやれるというのに誰も僕の話を聞こうとはしてくれなかった。
歩き回り、話し掛け続けて、何度も挫けそうになりながらも僕の担当になってくれたウマ娘は一人だけだった。
「この僕の言う通りにすれば、未勝利ぐらいは直ぐに突破させてやるというのに……」
ぶっちゃけ未勝利くらいなら才能がなくとも鍛え方次第で、どうとでもなる。
どいつもこいつも努力の仕方が下手なのだ! ちょっと参考書を読めばわかる事すら知らない奴が多過ぎる!
本当に勝ちたいのか!? 勝ちたいのなら年下に従うくらいは我慢しろってんだ!
「……まあいい、幸いにも担当する事になったウマ娘には才能がある。重賞のひとつやふたつ、勝たせてやれば僕を見る目も変わるはずだ」
僕の見立てによれば、GⅠだって狙える器だ。
そんなウマ娘が、どうして僕を選んだのかは分からない。しかし理由なんて、どうでも良い。
ビジネスライクにお互いが求めるものを満たせば良いのだ。
ただ問題なのは……ガチャリと扉が開く、音がした。
「トレーナーさん、戻りましたよ」
言いながら、彼女は僕を抱き寄せる。
その豊満な胸を僕の顔に押し付けてくるものだから、必死にもがいて彼女の腕から逃れて距離を取った。あらあら、と困ったような、面白がるような、余裕のある反応する担当ウマ娘を恨めしく睨みつけてやる。
此奴の名前はスーパークリーク、僕が見込んでスカウトしたウマ娘だが……事ある度に僕の事を抱きしめようとしてくるし、背中越しに抱きしめては頭の上に重い饅頭を乗せてくる事もある。何度怒っても、叱っても、過激なスキンシップをやめようとはしない破廉恥な奴。つまりは、とんだ癖ウマ娘なのだ!
くそっ、どうして僕がこんな目に……僕はトレーナーなんだぞ!
……いいや、怒るな。
僕は下手な大人よりも出来た人間性の持ち主だ。
此処は大人の対応をするのが、できるトレーナーというものである。
「……クリーク、来週のトレーニングメニューを作成しておいたよ。あと今日もトレーニングを見に行くからそのつもりで」
此奴は脚が悪い、僕の見てない所で怪我をされると困るのだ。
「あら〜」と彼女は僕の手からトレーニングメニューを受け取り、それを確認した後で僕の頭に手を乗せる。
「ねえクリーク、僕、トレーナーなんだけど?」
「はい、そうですよ〜」
「……なんで、撫でてるの?」
「ふふ〜ん♪」
上目遣いに睨みつけるも、彼女はやめようとする気配がなかった。
「もう! さっさとトレーニングに行くよ!」
「あ、そのことなんですが〜。えっと……」
そう言いながらスーパークリークは後ろにある扉を見る。
すると、そこには他のウマ娘が居た。トレセン学園の生徒ではなさそうだ。
……そういえば今日はオープンキャンパスの日だったか。
「ああ、いや、気にしないで続けてくれたまえ。そういう繋がりもあることは否定しないよ。趣味は人それぞれだ」
「趣味じゃない、仮に趣味だったとしても僕の趣味じゃない」
「……というか私達よりも幼いトレーナーも居たんですね」
とりあえずスーパークリークの横を抜けようとすれば、今度は後ろから抱き締めてくる。
頭の上に乗っかる重量感ある何か。
極力、意識しないように気を付けて、彼女達二人の後ろで死んだ目をした幼子を見つける。
「……クリーク、あの子達は?」
「案内をしていたんですよ、それでプレハブ小屋の方を見たいと言われまして〜」
「いや、あの一番小さい子の事だよ」
「あの子は迷子です」
さらっと告げるスーパークリークの返答に、僕は部外者の二人に視線を送る。
二人は黙って首を横に振り、全てを把握した僕は大きく肩を落とす。
見上げても、柔らかいメロンが邪魔でスーパークリークの顔は見えなかった。
「僕だけじゃ飽き足らず……」
「……トレーナーさん?」
「僕が黙っていれば良いと思っていた。でも間違いだったようだね。流石に誘拐は庇いきれない、僕のトレーナー生命もおしまいだ」
「トレーナーさん、何を言っているのですか?」
僕は、スマホで手早くたづなさんに連絡を入れた後、三人に向かって深々と頭を下げる。
「君達にも迷惑を掛けてしまったようで申し訳ない」
「いえ、案内してくれたのは本当ですし……」
「そうかい!? なら、お詫びに此処にある資料をちょっとで良いから見せてくれないかな!?」
「……それぐらいで許してくれるなら」
「トレーナーさん!?」
僕がまとめたデータを興味津々に眺める栗毛のウマ娘、呆れた目をしながらも彼女が見る資料を横から覗き込む青鹿毛のウマ娘。放心状態にある幼いウマ娘。
そして、その数分後にスーパークリークは駿川たづなの手によって連行された。行き先は保健室らしい。程なくしてオープンキャンパスは終わり、三人が帰った後に「病気ではないので、治療できません」と返品されたスーパークリークが戻って来た。
流石に御立腹だったようであり、その日のトレーニングを終えた後、ずっと僕の事をペットのように抱き抱えていた。
感想の方で牝馬三冠ウマ娘を出す予定があると言いましたが、たぶんあれはなかった事になります。
出す予定だったモデルの競走馬を出してしまうと物語が破綻する事が判明した為です。
あと私は競馬について詳しい方ではないので、
コアな話を出されるとついていけない事は多々あったりしますが、
勉強するきっかけになるのでコアな話を振られる分には大歓迎です。
ただちゃんと満足な返事ができるかは怪しいです。