錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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前話、ひっそりとファル子の霊圧が消えました。
思い当たる箇所があり、登場時期をズラすことにしました。


第9話:英雄になる為の試練。その2

 キャップ帽子を目深に被ったウマ娘が一人。観客席の最後方にて、息を潜めるように立っている。

 彼女の名前はカツラギエース。前年度のジャパンカップ覇者であり、トゥインクル・シリーズにてGⅠレースを3勝という戦績を収めた名ウマ娘。今年からドリームトロフィー・リーグに所属しているウマ娘だが、その戦績は芳しくなかった。同期のミスターシービーが何度か掲示板内に入る成績を収める横で、彼女は掲示板は疎か、十位以内に入る事も稀だった。

 ドリームトロフィー・リーグと云うのは、世代を代表するウマ娘が競い合う世界である。複数のGⅠレースに勝っていることが当たり前の世界、勝利に大きな意味はない。どんな内容で勝利したのか、どんな相手と戦ったのか。ストイックに実力を求められる世界で、カツラギエースは戦績を残すことが出来ずにいた。

 多くのウマ娘が、実力及ばずにドリームトロフィー・リーグから姿を消したように、彼女もまた、その佳境にあると云える。

 

 去年とは、まるで違う面子。思い入れがあるのは、シンボリルドルフだけだ。

 他の面子は皆、居なくなってしまった。ウインザーノットは同期だが、レースでの顔合わせは一度もない。今年に入ってから上がりウマ娘である事もあって、ほとんど面識がなかった。海外から招待を受けたウマ娘も知らない顔ばかりだ。

 どうして、自分は、此処に居るのだろうか?

 本来、もっとトレーニングを積まなきゃいけない時期、自分のように弱いウマ娘であれば、尚更の話であった。しかしトレーニングは身に入らない、向上してるはずの能力に停滞感を覚える。焦りがあった、焦燥感に縛られる。つい数年前まで、我武者羅に走っていた時期が、今は遠い昔のように感じられる。次第に意欲は失われて、今はもう、何もする気が起きなかった。

 あの世界は、あまりにも次元が違い過ぎている。

 

「本命はシンボリルドルフ、それ以外に考えられない」

「サニーオーは力不足、ウインザーノットも微妙だしな」

「ギャロップダイナもいまいち信用できない」

 

 そんな言葉が聞こえてくる。

 勝つならシンボリルドルフ、シンボリルドルフが負けるとすれば海外のウマ娘。そのような予想を立てるウマ娘ファンが多かった。

 それはカツラギエースも同意見だった。1番人気にシンボリルドルフ、敵地の日本であるにも関わらず、2番人気と3番人気に海外のウマ娘が入り、4番人気で漸くシリウスシンボリ、5番人気には秋の天皇賞で3着のウインザーノット。秋の天皇賞に勝ったギャロップダイナは15人立ての8番人気だ。

 

「ギャロップダイナが秋の天皇賞でシンボリルドルフに勝てたのは、展開の綾と馬場状態に恵まれてのフロック勝ちだよ」

 

 ウマ娘ファンの辛辣な言葉が耳に入る。

 自分の時は10番人気だった、彼女よりも勝てると思われていなかった事を思い出して苦笑する。

 自分の事ながら、よくもまあ勝てたものだ。

 

 ……どうして、自分は、此処に居るのか。

 此処に来て、何が変わるのか。分からない、何も見えない。

 何を求めているかも分からない。

 ただ、気付けば、此処に居た。

 このレースを観て、何かが変わる訳でもないのに、

 私は此処にいる。

 

 

 ゲートの中で私、ギャロップダイナは考える。

 ファンファーレが鳴り響き、ゲートが開くのを恐々と待っている。

 ……結局、気持ちの整理は付けられなかった。

 

 秋の天皇賞に勝った事は、受け入れる事ができた。

 でも未だに自分が、どうやって勝てたのか分からない。

 自分に、そんな力があるとは思えない。

 

 だから自分の人気が低い事には、少し安心した。

 確かに私はルドルフ様相手に勝つ事が出来た。でもあれが自分の実力だとは思い上がっていない。

 あれは展開の綾だとか、馬場状態だとか、偶然が噛み合った結果に過ぎない。

 

 ゆっくりと構える、自然体で軽く深呼吸をした。

 スタート前、合図の後で――ガシャン、とゲートが開け放たれる。

 外に飛び出す。

 やや遅れたスタート、最初のコーナーを中団やや後方の位置からバ群を見守る形になった。

 ルドルフ様は大外から徐々に位置を上げていっている。

 

 私に出来る事は多くない。

 脚を溜めて、溜めて、溜めに溜めて、最後の直線に全てを賭ける。

 そんな走り方しか、私には出来ない。

 

 

 最後の直線勝負では、差し負ける。

 それは秋の天皇賞で痛いほどに痛感した。だから今回の私、ウインザーノットはハナを切っての逃げ戦法だ。

 能力で負けている事は分かっている。なら、相手が大外の不利を突いて、第3コーナーまでに出来るだけ差を付ける。そこから逃げて、逃げて、逃げての根性勝負、秋の天皇賞では追い切れなかったけど、今度は私を追わせてやる!

 私は記念で出走した訳じゃない、勝つ為に来た!

 ギャロップダイナのようなフロック野郎に奪われてたまるか、私が勝つんだ!

 シンボリルドルフの絶対を打ち砕くのは私だ!

 

 

 シリウスシンボリは枠順10番からの発走、周りの出方を窺いつつバ群の4、5番手に付ける。

 大外のシンボリルドルフはバ群の後方からのスタート、先月に行われた秋の天皇賞の展開を思い出しながら少しずつ速度を速めた。恐らく大外から徐々に位置を押し上げて、最終コーナーを回った辺りで2番手か、3番手の位置に付ける。どんなレースでも強い、どんな枠順でも勝てるレースをする。勝つべくして勝つ、結果から逆算するようなレース運び、それがシンボリルドルフのレースだ

 ……やはり、警戒すべきはシンボリルドルフ。勝負所は最後の直線ではない、最終コーナーまでに勝てる態勢を作らなければならない。その為に必要な立ち位置、最後の抜け出す力でシンボリルドルフに劣る。なら、自然と私と取るべき位置は決まっている。

 シンボリルドルフの1バ身先、あとは根性勝負。パワーなら負けない。

 最後の直線、残り400メートル付近にある坂が、私が掴み取れる唯一の勝機だ!

 

 

 頑張れ私! ファイトだ私!

 兎に角、先行に出て、好位から抜け出せばワンチャンあるかも知れない!

 サクラ一門はユタカオーだけじゃない!

 サクラはサクラでもサニーオーだッ!

 ……でも、ちょっと皆、速くないかなあ!?

 クラシックとは全然違う!

 頑張れ、挫けるな私! 努力はいつか実るんだ!

 

 

 レース前日、ホワイトボードの前でビゼンニシキが告げる。

 

「ルドルフを相手には少しの無駄も許されない」

 

 水性の黒マジックで東京レース場を模したコースに文字と数字を書き入れながら言葉を続ける。

 

「ロッキーの枠順はルドルフに負けず劣らずの大外13番、かといって内側を取る為だからと後方で妥協したら駄目だよ。好走するだけであれば、それでも良い。けど勝つ為には駄目だ、妥協は許されない」

 

 シンボリルドルフには、絶対がある。

 如何なる状況、如何なる展開、如何なる馬場であっても必ず、勝つレースをしてくる。そんな相手に勝つ為には、展開次第で勝てるなんて都合の良い話があるだなんて思わない方が良い。

 好敵手に絶対の信頼を寄せる相方の言い分に若干、複雑に思いながらも首肯する。

 

「最低でもルドルフの真後ろにピッタリと張り付く、出来れば先行して内側を取って行きたい」

 

 秋の天皇賞よりはマシとはいえ、大外から先行で内を取るのは難しいと思うけどね。とビゼンニシキが付け加える。

 

「最低でもルドルフ同条件、これが勝負できるラインだよ」

 

 その言葉に私は、黙って頷き返した。

 

 

 スタート直後、私はシンボリルドルフが前に出るのを見て、その真後ろに入る。

 最低でもルドルフと同条件。その助言を忠実に守る為、そして、少しでも好条件を引き出す為にシンボリルドルフの身体を風除けにする。走る速度、呼吸、歩幅を合わせて、ピッタリと付ける。勝つのはシンボリルドルフ、その言葉を信じた完全なメタ読みの作戦だ。

 これでシンボリルドルフ以外に負けたらビゼンニシキのせいだ。

 その時は文句の一つや二つは言ってやる。と私、ロッキータイガーは徹底マークの姿勢を取った。

 

 

 前年度のジャパンカップでは日本のウマ娘が3着までを埋め尽くした。

 そして、今年のジャパンカップでも日本勢は海外勢を圧倒する大躍進を遂げる事になる。

 日本という大地で開催されるジャパンカップ。

 この時、この場所、この状況において、日本は世界を上回った瞬間があった。

 それは史実とは、全く別の道筋。歴史の転換点。

 日本が世界に大きく飛躍する契機となる。

 

 虎視眈々と勝利を狙う優駿達。

 その旗印になるのは、やはりシンボリルドルフだ。

 これは、もしかするとあり得たかも知れない歴史の物語。

 この一戦を契機に、躍動するウマ娘が存在する。

 想いは、力になる。

 それは人の形を取ったウマ娘だからこそ特化した能力である。

 想いを背負った分だけ、彼女達は速く、より手強くなる。

 

 それでも、やはり、シンボリルドルフだ。彼女だけが突出している。

 

 ジャパンカップにて、日本が世界に挑戦する。

 いや、違う。日本の全てがシンボリルドルフに挑戦する。

 彼女は、それだけの価値がある存在なのだ。

 

 故に、彼女は皇帝と呼ばれている。


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