錦の輝き、鈴の凱旋。   作:にゃあたいぷ。

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第11話:真打登場

 チームカノープス代表として東京レース場に訪れていた南坂は観客席で身を乗り出した。

 坂を登り切った時、シンボリルドルフを追走するギャロップダイナの姿を見て居て立っても居られず、行け、と腹の底から声を張り上げる。彼にとって、ギャロップダイナは初めて自分が担当したウマ娘だ。チームカノープスのメイントレーナーは同期のシャダイソフィアに入れ込んだのだ。彼女であれば、ティアラ路線じゃないGⅠレースの制覇も夢じゃないと専念した結果、ギャロップダイナの育成を南坂に押し付けた。とはいえだ。南坂からの報告は毎日欠かさず聞いている。週に一度は走りを見ているし、大まかなトレーニングスケジュールを考えているのをメイントレーナーの仕事だ。あくまでも南坂は補佐の役割に収まっている。

 それでも毎日、トレーニングを見てきたのは南坂だ。彼女の育成計画を逸脱しない範囲で、細かな調整を加えるのも彼の役目である。

 二人三脚とは行かずとも、初めて自分が任されたウマ娘がギャロップダイナであった。

 

 ギャロップダイナの末脚が躍動する。心を弾ませて、走る姿は誰よりも魅力的だ。

 俺の愛バが! と叫びたい衝動を堪える。あれが世界一のウマ娘の姿だと、誰かに伝えたくて仕方なかった。

 此処まで来れるとは思えなかった。GⅠレースに出走できるだけでも夢のようだ。

 

 秋の天皇賞、今でも信じられない。あの皇帝に勝った事実が認め切れない。

 でも、世界で一番素晴らしいウマ娘は誰であるかと問われれば、それはギャロップダイナだと即答できる自信がある。

 行け! と叫んだ。来い! と呼び掛けた。

 懸命に追い上げるその一瞬、ギャロップダイナと視線が触れ合った気がして、彼女が微笑んだ。そんな気がした。

 ギャロップダイナが地面を踏み締めた。一歩が距離を詰める、一足飛びに芝を駆け抜ける。

 

「行っけぇぇぇぇえええええええっ!!」

 

 愛バが咆哮し、その距離を半バ身まで詰める。

 当代最強のウマ娘を追い詰めるその姿に、涙が止まらなかった。

 

 

 今回、ギャロップダイナは早めの仕掛けを試みていた。

 第4コーナーを大外一気で捲って、そこから大激走。彼のミスターシービーを彷彿とさせる走りに、観客席が大いに賑わった。

 彼女はフロックなんかじゃない! 怒涛の追い上げに困惑する者は誰一人居ない。あれがギャロップダイナだと、シンボリルドルフを仕留め切るだけの牙を彼女は隠し持っていたのだと、誰もが認めた。しかし、この怒涛の追い上げには種がある。坂を登り切る時、彼女は呼吸をする事を忘れていた。彼の皇帝に少しでも近付くために限界以上の力を発揮していた。魔法が解ける、その瞬間でも気力だけで追い上げる。もう酸素を取り込む事もままならない限界値、叫び声を上げることで奮い立たせた。

 ぶはぁっ、と息が吐き出されたのは残り200メートル。後方からシンボリルドルフを追い上げた代償は大きかった。脚は完全に止まって、すぐ後ろを走るシリウスシンボリに追い抜かれた。

 覚束ない足取り、小さく背中を見つめながら彼女は脱落して行った。

 四番勝負、これにて決着。

 されどもシンボリルドルフは脚を止めない。その隣に漆黒のウマ娘、黒き暗殺者が追い立てる。

 真打登場、主役は遅れてやってくる。

 大江戸五番勝負、最後の刺客。公営の星ロッキータイガーが皇帝の首を欲して、馳せ参じた!

 

 

 背後にピッタリと付ける足音が鳴り止まない。

 此奴は危険だと警鐘が打ち鳴らされる。完全無名、この大一番、最後の局面で最も嫌な時に仕掛けてくる勝負師を私は知っている。完全なメタ張り、このレースで私以外が抜きん出たらどうするつもりだと言ってやりたくなる。絶対に最後の敵は私になると、その全幅の信頼を今は恨めしい!

 あの錦は、引退しても私を苦しめる! 何度でも、何度だって、私に挑んでくる!

 

「お疲れのところで悪いが、挑戦するよ」

「構わんよ。何時、如何なる時、如何なる相手であっても受けて立つのが王者の責務だ」

「政権交代の時だ、皇帝様。ルドルフ朝は、今日を以て滅亡して貰う!」

「来い、競り潰してくれる!」

 

 一瞬だけ、息を入れる。

 横一線に並んだ瞬間に、ヨーイドンと再加速した。

 残り150メートル、最後の一騎打ちだ。

 

 

「……授けた作戦は最後に競り合ったウマ娘を壁にして、彼女の死角から飛び出す事だよ」

 

 狙ったのは秋の天皇賞の再現、並べば彼女の勝負根性に火を点ける。

 冷静に勝利だけを狙うのであれば、彼女が闘志を振るう前に抜け出す事だ。それが最も勝算が高い。

 でも彼女は違ったようだ。

 彼女は地方を背負って走っている。その背中に背負った重荷は、日本総大将として担がれたシンボリルドルフと遜色するものではない。彼女は地方総大将、そう地方代表として(ターフ)に立っているのだ。故に勝負から逃げる姿は見せられない。その過程を権謀術数で埋め尽くされていたとしても、最後の最後は真っ向勝負の運命から逃れる事は出来ないのだ。

 彼女は一人のウマ娘である、己が勝利の為だけに走るなら此処まで強くはならなかった。

 

「利用したのはロッキー、君の方だ。ルドルフ、私が相手だと思ってると負けるよ」

 

 

 ジャパンカップ、此処に全ての照準を定めてきた。

 スタート直後からシンボリルドルフの真後ろに付いて、彼女を身体を風除けに2200メートルを走り抜いた。脚には余裕がある、その身に風を受け続けたシンボリルドルフとは負担が桁違いだ。此処までしなくては勝てなかった、これでやっと対等の勝負になる。自分とシンボリルドルフの能力は桁違いで、隙がなければ、弱点もない。紛れを起こさない堅実な戦法を好み、単純な実力を以て他ウマ娘を捻じ伏せる。

 なるほど、これが絶対か。運では勝てない、実力のみがモノを云う世界へと引き摺り込む事が彼女の戦法であった。

 

 ……これは、外に逃げなくて正解だった。

 ギャロップダイナを壁にする、その距離のロスこそが致命的だ。彼女に慢心はない、油断も隙もない。秋の天皇賞で見せた甘さもない。ギャロップダイナを競り落とした直後であっても、彼女の集中力が切れる事はなかった。

 皇帝シンボリルドルフは秋の天皇賞を経て、更なる飛躍を遂げている。

 

 これは強いな、能力は完全に負けている。

 心技体の全てを兼ね備えたパーフェクトホース、それは他ウマ娘に絶望を与える。

 絶対が、そこにあった。

 

 だからといって、そいつが諦める理由になるとは限らねえ。

 無理を通して道理を蹴っ飛ばす。私達は中央のウマ娘のように行儀の良い性格をしていない。煮ても焼いても食えぬが信条、もの分かりが良ければ、中央様に喧嘩を売る真似なんて最初からしていねえ! こちとら産まれは兎も角、育ちは生粋の船橋のウマ娘! そら! そら! そら! あんまり地方を舐めるなよ、御嬢様!

 気合じゃ負けねえ! 根性じゃ負けねえ! 諦めが悪いのが船橋っ子でぇい!

 

 今も地方を直走るウマ娘、地方に入る次世代のウマ娘!

 おめえらは中央に僻む必要なんてねえ! 中央を相手に萎縮する事なんかありゃしねえ!

 金はないけど、心配すんな!

 黙って、私に付いて来い! 私が背中で語ってやる! 環境は、諦める理由にはならない!

 船橋のウマ娘が、それを証明してやる!

 

 見ろよ、羨ましいか!

 なら、黙って走り続けるんだよッ!!

 やればできるって事を、この私が世界に証明するッ!!!

 

 世界よ! 全国のウマ娘ファンよ! 見ろッ!

 これが船橋のウマ娘だッ!!

 

 

 ブルリ、と身を震わせた。

 それは四畳半、テレビ越しの光景。ジャパンカップで当代最強に並ぶ黒鹿毛の姿に衝撃を受ける。

 何が、そうさせたのか分からない。

 その走りに感銘を受けた。身体が震えて止まらなかった、咆哮を上げるウマ娘の姿が目から離せなかった。

 まだ幼い芦毛のウマ娘は齧り付くようにテレビを見つめ続けた。

 

 

 地方に所属するウマ娘の関係者は、憎き好敵手の活躍にこぞって声を荒げる。

 ロッキータイガーは商売敵、彼女に取られた勝ち星は計り切れず、どれだけ辛酸を舐めさせられたか分からない。それでも今日に限っては敵味方は関係ない。地方代表の激走に、行け、と。拳を握り締めて、届かぬ声援を送り続ける。その時、地方は一丸となった。全国各地、飛び飛びとした拠点。育った環境は勿論、その文化すら違っているにも関わらず、この時に限り、彼らは心をひとつにした。

 中央に目にもの見せてやれ、と。此処まで来たら勝ってみせろ、と野次にも似た声援が上がる。

 

 想いは、力になる。

 

 その言葉に応えるようにロッキータイガーは中央の皇帝様を追い立てる。

 しかし、あと一歩が遠い。あと数センチが抜け出せない。当代最強のウマ娘、実績だけなら既に歴代最強に肩を並べている。

 ウマ娘界隈が十数年もの歳月で願い続けた悲願、シンザンを超えろ。それを達成せしめる究極のウマ娘。

 ただでは勝てない、実力では敵わない。

 勝てるかどうかなんてどうでも良い、勝って欲しいのだ!

 手に汗握り、地方のウマ娘関係者が騒ぎ立てる。

 

 残り100メートル、まだ勝負の行方は分からない。

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