チームカペラ、トレセン学園にあるチームの中では中堅に位置するチームの名称だ。
シンザンやコダマ、スピードシンボリ、メイズイを育て上げた世代の名トレーナー達が次々に引退し、ウマ娘のトレーナー界隈が世代交代の時期に入った中で、繰り上がるように中堅まで地位を高めたチームである。そんなチームを率いるトレーナーは眼鏡を掛けた男性で、名は
今、所属する代表的なウマ娘はニシノライデン。他にも担当しているウマ娘は居るが、オープン戦に届くかどうかと言ったところであった。
「ああもう! 京都に勝ててたら大賞典連覇で目立ってたのに!
「ヤマノシラギクは年に一度、大当たりしちゃうんですよねえ……」
「アイツ嫌い!」
「まあ、私達も阪神大賞典の連覇がかかったシンブラウンを下していますけどね」
「掲示板外の奴なんて知るもんか!」
ふんだ! と顔を背ける担当ウマ娘に「困りましたね」と安藤は中指で傾いた眼鏡を直す。
12月に入った直後に出走した阪神大賞典。強敵と呼べる相手も居なかったことから順当に勝利を飾ったのは良いが、彼女が目標とする相手はシンボリルドルフやミスターシービー、カツラギエースといった錚々たる面子であり、最低でもスズカコバンかスズパレードと云ったレベルなので理想が高い。というか重賞勝利でも欲求を満たされないのは、明らかに去年、ビゼンニシキに預けた時の影響である。
去年の有マ記念でシンボリルドルフ相手に勝機を見出してからGⅠ勝利が目標になってしまっている。
「世代だと三本指に入ると思っているんですけどね?」
スズパレードは、実力的にニシノライデンと同格程度だが実績不足。ステートジャガーは大阪杯以降は不振が続いており、地方のロッキータイガーを抜けば、実力でも、実績でも、シンボリルドルフに次ぐものを持っている。
「まあ斜行癖がなくなったのは一番の成長ですかね?」
そう零すとビクリとニシノライデンが身を硬直させて、ガクガクと震え始めた。
「……トレーナー、タスケテ……ニシキ……コワイ……タスケテ……タスケテ……」
「今年も有マ記念の為に世代強化練習をする予定なら参加させて貰おうと思っていましたが、流石にチームベテルギウスに所属しては難しいですかね?」
「ミステナイデー……」
嵌れば強いが、嵌らなければ弱い。
今も昔も、それがニシノライデンというウマ娘である。
嵌った時の強さはSMSにだって負けやしない。
◆
マティリアル、デビュー前での評価は破格のものであった。
シンボリルドルフ並の素質があると言われており、チームベテルギウスのトレーナーである
賞賛すべきは、その末脚。シンボリルドルフというよりもミスターシービーだろ、と言いたくなる直線一気の爆発力は同世代で他に追従を許さない。とはいえ、そんな戦法では常識的に考えて勝てないはずなのでトレーナーからは先行を強いられていた。
しかし、府中ジュニアSの敗北から彼女のトレーナーも察した。
このウマ娘、前に出ると最後の直線での切れ味が落ちる。
思えば、デビュー戦の時は一度、抜かされてからの追い上げであり、二度目は実力的に劣らないはずのサクラロータリーを相手に実力負けだ。普段の実力を思えば、今は世代最強と呼ばれるサクラロータリーが相手であっても4バ身も付けられるはずがないのだ。
デビュー戦では、ただ単に地力の差が出ただけに過ぎない。
そこで試しにマティリアルに並走トレーニングで追いかけられる側に立たせてみた。
格下のウマ娘に何度も負けるマティリアルの姿があった。ちなみに後ろから抜く側に立つと楽勝過ぎて、練習にならない。
どうやらマティリアルは追われる側に立つのは苦手なようだ。
「ゴールを目指すよりも誰かの背中を追いかける方が……なんというか、滾る?」
頭頂部から縦に伸びた流星が特徴的な鹿毛髪のウマ娘が疑問符を付ける。
チームカストル、トレーナーの
私って追い込みを得意戦法とするウマ娘を育てた経験がないんだけどな、と。
◆
チームポルックス、トレーナーの名前は
チームカストルのトレーナーである阿知史織の姉であり、今はメリービューティーのトレーナーだ。
彼女は普段、プレハブ小屋に引きこもっている。
趣味は読書。活字であれば、なんでも良くて、雑多な書籍がプレハブ小屋の半分を埋め尽くしていた。
ちなみに阿知家は知る人ぞ知るウマ娘トレーナーとしての家系であり、阿知常代もまた御家の慣習に沿うようにトレーナーになっている。本来、彼女はウマ娘のトレーナーになることは熱心ではなかったが、妹が熱心に勉強している参考書を読書欲を満たす為に読んだ結果、なんかあっさりと試験に受かってしまった経歴を持っている。
今もトレーナーとしての熱意はないが、それでも妹よりも良い成績を残しており、チームを結成するのも彼女の方が早かった。
彼女がトレーニングを直接見るのは三日に一度、酷い時は一週間に一度である。
それでもトレーニングから帰って来た担当ウマ娘の調子は確認するし、サボるならサボってしまっても良いと考えている節もある。彼女はトレーニングを直接見るよりも数字を見ている方が好きだった。無機質なデータの集合体を読み解く方が、活字欲を程よく満たしてくれるのだ。良く言えば、放任主義。そんな彼女ではあるが、スケジュールに関してはデータに基づいたものを渡してくれるので、監視されるよりも程よく好きにやりたいウマ娘からは人気があったりする。
そんな彼女がスカウトをするのは担当ウマ娘が居なくなった時、今はウマ娘の方から来てくれるのでスカウトなんてほとんどしていなかった。
阿知常代の目から見て、重賞は勿論、GⅠレースに勝てる素質を持つウマ娘は一発で分かる。
それでも彼女の方からスカウトをせず、自分を頼りにしたウマ娘にだけ、自分の無理のない範囲でスケジュールの調整をする。
一部では噂がある。彼女には、ウマ娘のステータスが見える。
無論、そんなことはないのだが、それに近い事をしているのは事実であった。
粛々と読書を続ける。彼女にとっては、トレーナーとしての名誉だとか、なんだとかは関係ない。
ただ自分が担当するウマ娘に対しては情がある、だから彼女なりのやり方でウマ娘達の熱意に応える。
その程度の熱量で、彼女は結果を出してしまうのだ。
◆
ホクトヘリオスにはトレーナーが居ない。
チームシリウスから抜けた後、新しいトレーナーを探すような事はせず、黙々と練習に励んでいた。
口数は少ない。その為、トレーナーも話しかけ難く、ただ一人でトレーニングを積み重ねている。やっていることはチームシリウスに居た時の焼き直しであるが、彼女はこれしか知らないし、ただ量を増やすことでカバーをしていた。
成長の実感がない。それは比較対象が居ない為か、それとも本当に成長が打ち止めになってしまった為か。
トレーニング設備を借りる為に予約をするのは面倒であり、その申請を忘れて一日を無駄にしてしまった事がある。
申請のやり方を覚えるだけで半日を費やしてしまった事もあった。体重は毎日図っている。しかし乱高下するばかりで体重を整えることが出来ずにいた。
成長の実感がない。いや、むしろ、日に日に調子が悪くなっている?
それでも、走るしか、なかった。
トレーニングを途切らせる訳にはいかない。
同世代に好敵手が多くいる。そんな中で自分だけが置いて行かれる訳にはいかなかった。
今のままでは勝てない。ならば一本でも多く、走るしかない。
彼女にはトレーニングの為に勉強をするという発想がなかった。
それもそのはず、彼女は走る事しかやって来なかったのだ。
自分に必要なものを教えてくれる相手が居た、自分にトレーニングには何の意味があるのか教えてくれる相手が居た。
今の彼女には、何もない。
とりあえず、チームを抜ける前から予定にあった朝日杯FSには出走する。
その後は……どうすれば良いのか分からない。
とりあえず、皐月賞を目指すのが普通だろうか? 皐月賞に出走する為には、他にも出た方が良いんだっけ?
分からない、分からないけど、走り続ける。
積み重ねたトレーニングの量は裏切らない、と信じて彼女は走り続けた。
クラシック路線、トレーナーを失った彼女の出番はほとんどない。
翌々年に運命的な出会いを果たすまで、ホクトヘリオスの名は忘れ去られる事になる。
◆
合間の話は此処まで、それぞれの動向は記した。
ジュニア路線の話は後日、機会があった時に改めてすることにして、物語の焦点を有マ記念に合わせる。
史実では、シンボリルドルフの国内では最後となるレース。
皇帝の物語にも、遂に終わりが近付いて来た。
ビゼンニシキ「自分一人で好きにやりたいなら、その為の努力はしとかないといけないよね?」
ホクトヘリオス「……ぉぉ……ぅぉぉ……っ」
シンボリルドルフ「無茶を言ってやるな」
スズパレード「走る事だけを考えられるって幸せなんだなあ……」
タマモクロス「せやで」
イナリワン「せやな」
シリウスシンボリ「そうだぞ」
ベテルギウスT「家事は任せろー!」
▼チームカペラ
トレーナー:
所属ウマ娘:
ニシノライデン:オープン級(シニア1年目)
他多数
▼チームカストル
トレーナー:
所属ウマ娘:
マティリアル:1勝級(ジュニアB組)
他多数
▼チームポルックス
トレーナー:
所属ウマ娘:
ヤマノシラギク:オープン級(シニア3年目)
メリービューティー:オープン級(ジュニアB組)
他多数
▼未所属
トレーナー:なし
ウマ娘:ホクトヘリオス:オープン級(ジュニアB組)