学校がつまらなくなった。退屈な授業を聞き流し、昼休みには襲い掛かる孤独と闘う。本来ならこの時間は、小学校からの幼馴染であるモリチャ(あだ名である)と机を向かい合わせ、二人で弁当を食べながら談笑しているはずだった。
モリチャは数週間前から学校を休んでいる。休んだ日はSNSチャットで「バカでも風邪引くんだね」と送ったら、秒速で「バカなお前には分かるまい」と返ってきたので、しばらくすれば戻って来るものだと信じていた。しかし、数日、数週間と時が経ても、彼女が再び学校に姿を現す事はなく、チャットもこちらからの「生きてるかー?」に付いた既読を最後に音沙汰が無い。クラス内では「この前竜連線(学校の最寄り駅を通る路線)で人身事故あったけど、もしかしたら……」などと根も葉もない噂が立ち始めた。話し相手も居なくなったウチ───ユミレは、中学2年生の段階で早くも青春が灰色に染まっていく感覚を味わったのだ。全く、つまらない世界だ。自由と幸福に溢れた自分だけの世界で悠々自適に暮らしたいものである。
〜〜
「よし。それじゃ、次の英文は……その後ろの君」
めんどくさ。よりによって分かんなかった問題で出番回ってくるとか。
「……はぁ」
ため息をついてから、黒板に雰囲気で訳文を書き殴った。教室内の空気が少し凍りついたのは、恥ずかしい間違いをしているから、というわけではないのだろう。
「……」
「……はい。えーっと、まあ良いでしょう。でも、あんまり砕けた表現は内容からずれて減点になりやすいので注意してください」
何それ。教科書じみた直訳じゃなきゃ点数あげられない系か?頭の固い教員共は大学で一体何を学んできたというのか。大体、解答内容だけでなく解答形式にまでいちゃもん付けてくる奴は教員に向いてないから即刻解雇してほしいし、教員免許も剥奪してほしい。
午後の反吐が出るような授業が終わると、掃除の時間だ。今日はトイレ掃除担当かよ。超不機嫌な表情を前髪で隠すように、俯きながら足を運んでいく。とても気が進まないが、代わりに一人きりの掃除になるので、適当に済ませてさっさと戻ろう。目的の場所に着くと、中で3人の女子がスマホを弄って何か喋っている。
「……あの」
どいてもらうべく声を掛ける。
「え?……あっ、掃除か。失礼〜」
「そいじゃ、放課後合流してアイス直行ね〜」
「うい〜す」
急ぎ足で出ていく3人を見送る。普段なら気にしない所だが、今日はさっきのクソ英語教師のせいで機嫌が悪い。掃除用具の入ったロッカーからバケツとモップとブラシと洗剤を取り出すと、扉を足で勢い良く閉めた。鈍くてよく響く音が廊下の外まで届いた。
学校が終わってようやく帰宅した。部活は面倒なので入ってない。帰宅部こそ最強。
「おかえり。ユミ姉」
弟のエノキが、リビングで煎餅を食べていた。小学4年生は帰りが早くて羨ましいな。
「ん」
軽く返事をしたら、手を洗って自室へ向かう。荷物を下ろしたら、夕飯時までひたすらゲームするのが日課だ。二時間ほどゲームをしていると、高1の姉が帰ってきた。
「ただいま〜!」
「おかえり!マキ姉!」
「遅くなっちゃってごめんね〜。夕飯作るから、もう少し待ってて!」
自室のドアを開けると、そんなやり取りが聞こえてきた。エノキは自分よりも姉の方によく懐いてるのだが、無理もない。反社会的なウチと違って、姉のマキは社交的だ。運動部ではエースとして活躍し、土日はバイトで家計の一部を支えている。なかなか休みのない生活を送っているが、学校では楽しくやっているようで、食卓ではいつも学校での出来事を面白おかしく語っている。姉曰く、「友達と喋ってる時間が私にとっての気休めになる」らしい。
「エノキ。夕飯できたから、ユミレ呼んできて」
「了解!」
ドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえてきたので、ゲームをセーブして部屋を出た。
〜〜
「マキ姉、父ちゃん今日も遅いって?」
「うーん、残業あるみたいだからねぇ」
「……」
「エノキ。カボチャも食べないとダメよ」
「せめて皮を外してくだせぇ、親分」
「皮は栄養が一番詰まってる大事なとこだ。残さず食え」
「うぅ……厳しいぜ親分」
「……」
毎晩こんな感じだ。長女と長男の漫才のような会話を、黙って聞き流す次女。あまり好きな状況ではないので、さっと平らげて食器を片付け、自室に戻ろうとする。
「ユミレ」
呼び止められた。早くゲームしたい。
「学校楽しい?」
「別に」
「……嫌な事あったら、いつでも相談してね」
「特に無い」
最低限の返事を済ませ、自室に戻る。はっきり言ってウチは、家族のためと身を粉にして頑張る姉も、低収入だからと残業を続ける父親も、借金を家族に背負わせたくないからと離婚した母親も、何も知らずにただ遊んでるだけの弟も、皆好きじゃない。
翌日、珍しくウチは風邪を引いた。
次回、「堕落という名の成長」