「おめでとう!!!モリチャ!!!」
控室では、ラフィカがモリチャを抱き締めていた。邪魔しちゃ悪いかと思って引き返そうとすると、モリチャに呼び止められた。
「ユミレも来て!!」
「強制だぞ、ユミレ」
強制なら、仕方ないですなぁ。誰にも聞こえないし聞かせる必要もない言い訳を心の中で漏らしつつ、二人に抱き付いた。
「おめっとさん、モリチャ」
「ありがとさん、ユミレ!」
誰かの「本気」にここまで幸せを感じるようになったのは、初めてか。それとも久しぶりか。揉みくちゃにされるモリチャを見ながら、ふとそんな疑問が頭を過った。余計な事を考えてしまうのは悪い性だ。
その後、ラフィカが優勝パーティーを企画しているとのことで、ウチも手伝いに回った。ロットとパールも合流し、いつものメンバーが揃う。もっとも、ウチは「いつメン」と呼ぶには些か場違いなのではと思う程に彼らと接していないが。「乾杯」の号令と共にジュースを口に運んでいると、ロットがやってきた。
「初めて会った時に比べて、随分表情が明るくなりましたね」
「よく見てるね」
「いえ、この変化なら皆気付いてますよ」
「まあ、色々あったから」
「そうですね……」
「…………」
───────ああああああああああああああ会話途切れたっっっ!!!ウチあんまりロットと話した事ないんだけど!?何話すの!?政治批判か!?漫画の感想か!?心理戦か!?!?
「ユミレさん。3分だけ、ちょっと来てもらって良いですか?」
「おおおっ!?……あ、はい」
すまん。考え事してたから取り乱した。来てもらうと言ってもパーティー会場の扉の前に出ただけだった。
「えっと…………その…………」
「?はい」
歯切れが悪いな。顔も赤い。「何だろう?」と思いつつジュースを口に運ぶ。
「…………実は、以前から伝えたいと思ってた事なんですが、僕はユミレさんの事」
「ぶふーっ!!!」
ジュースを吹き出してしまった。
「………………」
「………………」
まずい。やらかした。いやでも、まさか告られるなんて思ってなかったし!これどうすんの?勇気振り絞った相手はジュース塗れだが?と、とりあえずまずは謝罪だ!
「なんか…………色々すみません………………」
「い、いえ!こちらの方こそ、急に申し訳ありませんでした。タイミングを考えるべきでしたね」
「いや、タイミング云々の話ではないような気が……」
それよりも、ロットの告白に対する返答だ。正直ほとんど関わりが無かったからよく分からない!どうしよう!ハンカチを取り出してジュースを拭き始めるロットに、掛ける言葉を必死に探す。
「その……ウチより良い人いくらでもいるんじゃないですかね?」
「?そういう訳にはいきません。ユミレさんに伝えなければ」
「視野を広く持とう」
「持った上で考え出した結論です」
「ウチは…………」
恋愛とか、考えた事無かったな。自分には縁遠いものだと思ってた。こんな根暗な不良少女に声を掛ける者などいないと思っていたから、想定外だったな。うーん……
「その、えっと……もう少し様子見てから」
「様子?」
「え!?いや!何でもないです!!」
「では、途中だったので続けても良いですか?僕は、『ユミレさんの事を尊敬している』という事と、予選の時に言えなかった謝罪を伝えたかったんです」
………………………………おいマジか。
「……………………………………は?」
「!?!?す、すみません!!!やっぱり許してないですよね!?!?」
「あっ、いや、そうじゃなくって……………」
「このお詫びはまた近いうちに必ずします!!!それでは!!!」
脱兎の如く逃げていった……。
「───────っああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
めっちゃ恥ずい。モリチャ宛に「精神的不具合が生じたので先に部屋に戻る」とメッセージを送り、パーティー戦線をいち早く離脱したのだった───────。
〜〜
「ユミレ、少し良いか?」
「はい?」
パーティーから一夜明け、今度はラフィカに呼び止められた。このパターンは昨日の惨事を思い出して「ああああああああ」って叫びたくなる。絶叫したい気持ちを何とか抑えて研修施設内の面談室に赴く。
「どうも!こんにちは!」
「あっ…………ども」
部屋に入った途端、咄嗟に陽気な挨拶を掛けられてつい素っ気ない返事をしてしまった……。この娘は何者ぞ。
「わたしは向後リリアです!花竜園で働いてます!」
「か、顆粒塩?」
「花竜園です!」
「あっ、ユミレです……」
「ユミレさん!よろしくお願いします!」
「あっ、よろしくです……」
しまった。久々に初対面の人と喋って台詞の最初に「あっ」を挟まないと発言出来なくなっている。
「それじゃ、私は仕事があるから、話終わったり何かあったりしたら連絡して」
「えっ、嘘でしょ」
「嘘じゃない。リリアさん、ユミレの事よろしくお願いします」
「はい!任せてください!」
「見知らぬ人間に託されてしまった…………」
ラフィカはそそくさと部屋を出て行き、ウチは面談室にてリリアと名乗る女性と二人きりで閉じ込められてしまった。マズい。彼女は無害な良い人なんだろうけど、如何せんコミュ障なウチが対等に話せる相手ではない気がする。
「そ、それで、何のご用件でございませう」
「ユミレさんって、お花リバイバーと共に過ごしてますよね?」
「まあ、そです」
「生活していくにあたって、不便や不満はありませんか?」
「いや、今のところは」
「そうですか!簡潔に述べると、今回は『花竜園≪うち≫に来ないか』と言うお誘いです。お花リバイバー達が集って支え合う、花と竜の園にユミレさんとその相棒をご招待します!」
「は、はぁ……」
「充実した福利厚生と給与が出ます!三食昼寝付きで泊まり込みも大歓迎です!」
「そんな体の良いリゾートバイトみたいな」
「そして徹底したセキュリティにより、大事な相棒と水入らずの時間を過ごせます!」
それは朗報だ。以前の狂った野郎みたいなのが今後再び現れるかもしれない。そうでなくても、お花リバイバー自体稀有な存在でパークの保護がなければまともに活動出来ないと言うのに。
「でも……」
ウチは、まだ進路を決めかねている。取る資格はある程度目星を付けたが、具体的にどこで就職するのか、どのような仕事をしたいのかは決まっていない。それに、研修が始まってまだ数ヶ月のこの段階で、途中放棄する訳にはいかない。
「研修が終わるまで考えさせて下さい」
「分かりました!では、落ち着いたらこちらにご連絡下さい!」
名刺を受け取った。デザインがかわいい。
「それでは、また会いましょう!お疲れ様です!」
「は、はい」
リリアは面談室から出て行った。花竜園、就職先候補として考えても良いかもしれない。そんな事を思いながら、まだオニユリの香りが残る面談室を後にした。
〜〜
季節は巡る。その間、ウチは相変わらずコミュ障と日陰者の称号を掲げながら、同時に自分の未来を見据える生活を送っていた。ロットとの溝もまあまあ埋まり、パールとはたまに家族トークで盛り上がった。ラフィカからは厳しい指導を受けた。毎日起こる様々なイベントを、夜中にモリチャと語り合った。好きな事をして、楽しい事をして。色鮮やかな「グレイ」がウチの青春を染め上げた。研修最終日が迫った頃には、資格を3個(原付含めたら4個)取得し、就職先候補も大方絞れていた。
「ユミレ、モリチャ。1年間よく頑張ったな!」
「ウチも『頑張った』って言って良いんすかね?」
「ユミレなりに頑張ったから大丈夫っしょ!」
モリチャとラフィカ、ロット、パールがいなかったら、途中で投げ出していたかもしれない。目障りな「プライド」と消えない「迷い」が幾度となくウチを苦しめた。しかし、泣いても笑っても、これが最後の挨拶だ。ウチは深呼吸をして、ラフィカに伝えた。
「ウチの生き方を認めてくれてありがとうございました。無理しない程度に本気で頑張るから、そこで待ってて」
「!!……ああ、待ってる」
ロットとパールに向き直る。
「ウチの事、いっぱい考えてくれて、ウチといっぱい接してくれてありがとう。今はまだこんなんだけど、次会えた時にはもっと強くなってるから」
「ええ。私も負けませんよ」
「また一緒にカセキバトルしようぜ!!」
そして、モリチャ。
「モリチャ」
「うん」
嬉しそうな返事に頬が緩む。ウチの世界を広げてくれた、ウチをずっと支えてくれた大親友に伝えたい事は山ほどある。だから、その全ての気持ちを込めて。
「……………………ありがと。大好き」
「〜〜〜!!アタシも大好きだよ!!ユミレ!!」
モリチャに抱き締められる。一般的な恋愛の「大好き」とはかけ離れた、モリチャとウチだけに通じる「大好き」を共有した。グレイな生き方を選んだはずの陰キャJKなウチでも、銀髪の奥から満面の笑みを見せていた事が自覚出来た。
向かう場所は実家だが、ようやく初めて「最高の門出」を成し遂げた気がしていた。
〜〜
「あれ?玄関ってこんなバリアフリーだったっけ?」
懐かしの実家前にウチは到着していた。一年前に飛び出すように出て行った実家に、ウチは複雑な心境で帰還した。きっと怒られるだろうな。ウチは、工事で綺麗になった我が家の敷地に入り、ドアを開けた。
「………………ただいま」
「おかえりなさ………………ユミ姉!!!」
出迎えたのは、エノキだ。背が伸びたか?小学6年生になったというだけでは説明が付かない位大人びた雰囲気が醸し出されている。「ユミ姉」呼びは相変わらずだが。
「成長したね」
「………………まあ、色々あったし」
これくらい塩対応なのも仕方ないか。
「これからねェちゃんに懺悔しに行くんだけど、マキはまだ部活?」
「………………んなよ」
「へ?」
「ふざけんなよっ!!!!」
エノキは震えていた。目に涙を浮かべ、憎しみの表情をウチに向けていた。覚悟はしていたが、やはり辛いものがある。
「…………ごめん」
「はぁ……悪い。熱くなった。マキ姉に『会わせてやる』。そこで待ってて」
空気が完全に凍り付いていた。エノキの成長を感じ取って浮かれていたウチは、弟によって思いっきり引っ叩かれて緊張感を取り戻したような感覚に陥っていた。
「言っとくけど、ユミ姉だけのせいじゃないから」
「?」
「上がって」
言われるがまま、ウチは一年振りの我が家に帰宅した。安心する匂いの中に、少し聞き慣れない匂いが混じっている。家具でも新調したのかな?部屋を見渡してもそんなに変わってるところはなく、強いて言うなればほんの少し片付いて広くなっていたが、大して気にする事でもないだろう。部屋中に飛ばしていたウチの視線は、やがて一点で静止した。
「マキ姉、ユミ姉帰って来たよ」
親譲りの銀髪と紅眼が綺麗な、正真正銘ウチの姉がそこにいた。
「……………………」
座っていた。
「………………………………………………え?」
車椅子に座っていた。
「………………………………………………何で?」
その表情に、生気を感じられなかった。「笑顔が素敵な姉」は、そこにいなかった。
「ユミ姉が家出してすぐに倒れた。命に別条はないけど、精神に負担をかけ過ぎたって、医者から言われた」
「……………………ウチのっ、ウチのせいだ!!!」
「違う」
「ウチが…………出てったからっ!」
「だから違うっつってんだろうが!!!」
聞き慣れないエノキの大声で、思考がぐちゃぐちゃになっていたウチは我に返る。マキは無表情ではあるが、少し俯いたように見えた。
「マキ姉は無理しすぎて、俺らはそれを止めなかった。ただそれだけ」
「………………」
「これからは色々手伝えよ。マキ姉がこうなったのは、俺ら家族全員の責任だから」
もう、自分が何を考えているのか分からない。震える足取りでマキに近づき、少し下からマキの表情を伺ってみる。マキはほんの少しだけ、こちらに目を配った気がした。
「………………ごめんね………………ねェちゃん」
マキの表情は眉ひとつ動かなかった。しかし、マキの右手はウチの左頬にゆっくりと伸びてきた。
「…………マキ姉!?」
ウチは確信した。そうだ。表情に色が無くても、動作が少なくても。まだ彼女の中には意思が、感情がある。ウチはその痩せ細った白い手を優しく握り、瞳を潤ませるマキを見据え、抱き締めた。祝福の声も怒声も無かった。溢れ出した感情でほんの少しだけ荒くなった息を、ウチは耳元に感じていた。ウチがやるべき事は、もう決まっていた。
「エノキ。お父さん帰って来たら、明日車出せるか聞いて」
「何だよ急に……」
「人に癒しを与える場所に、ウチは一箇所心当たりがある。そこに行けば治るかもしれない」
「医者は治らないかもしれないって……」
「医者が白黒はっきり付けるような事言うわけないでしょ。可能性が少しでもあるならそれに賭ける。ウチはもう、絶対に後悔しないから」
「お金どうすんだよ。今貯金崩しながらギリギリでやってんだぞ」
「ウチがそこで働く」
「は!?」
「資格と『優待券』持ってるから」
「はぁ………………親父はあと少ししたら帰ってくる。マキ姉のために残業減らしたから。ただ説得は自分でやってよ」
「分かった」
ウチは姉の顔に向き直る。頬を伝う雫があるなら、彼女はまだ、「表現」出来る。救いがある。希望がある。荒れていたウチに、それでもいつも笑顔を見せてくれたあの日の姉を、ウチは必ず取り戻す。
「ねェちゃん。明日、ちょっと遠出しよ」
次回最終話、Ep. 12「ユミレ」