白銀の竜が蔭に咲く   作:ドリベンタス

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白銀第3話です。研究室に向かう前に書きました。ここまでが序章です。


Ep. 3「門出」

 

 

 

 

 努力する事は良い事だ。反対に、自分や他人を無闇に傷付ける事は良くない事だ。それなら、努力する事で自分や他人が傷付いていく場合は、結果的には良くない事になるのだろうか。自分の身を粉にしたり周囲を巻き込んだりする良くない事を、「努力」と称して美談に持っていこうとしているだけではないのだろうか。そう考えると、「家族のため」という口実のもとで必死に無理をし続けているウチの両親や姉は、良くない事をしていると言えるのか。まあ、弟に関しては無理してるというより、それらの「良くない事」を看過しているのだが。

 

 

〜〜

 

 

 学校をサボるようになってから、2ヶ月が経った。最初のうちは毎日のように出掛けていたが、流石に金欠は避けられなかったので、しばらくすると部屋の中でモリチャと通話しながらオンラインゲームをする日々が続いた。毎日遅めに起きて、ブランチと称してコンビニで買ったチョコチップスティックパンを2, 3本食べる。ビタミンは野菜ジュースで補う。夕飯はマキの手料理だから栄養価は問題無いだろう。引きこもり生活になったが、外に出掛けてから気分はすっきりしているし、モリチャと駄弁りながらゲームをするのは凄く楽しい。

 

「ねぇ、ユミレ」

「ん?」

 

 画面内の敵チームの歩兵をヘッドショットで全滅させたモリチャが尋ねてきた。

 

「そっちは家族にちゃんと伝えてる?」

「……つまり、どういう事だってばよ」

「えーっと、例の研修の件。ユミレの家族は把握してる?」

 

 把握してると思う。そう言いかけたところで、ふと気付いた。ウチは最近、家族の顔を見ていない。夕飯はリビングで食べるので、姉も弟も、残業でたまにしか帰って来ない父も健在なのは知っている。だが、最近は彼らの顔を見ていない。会話もしていない。ウチが操作していたキャラがヘッドショットを食らって画面が赤くなったところで、我に返る。

 

「ごめん、ユミレ。今話す事じゃなかったね」

「いや、無問題≪モーマンタイ≫」

 

 そう応えたところで、背後から足音が近付いてきた事に気付く。

 

「モリチャ。ちょい落ちる」

「ういっす」

 

 ディスプレイの電源を落とすのと、ノックが聞こえて来るのがほぼ同時だった。

 

「ユミレ、今ちょっといい?」

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 リビングでは、時計の刻む秒針の音だけが響いていた。カレンダーを見て、今日が土曜日であった事に気付く。父は休日出勤、弟は友達と遊びに行っているようだ。肝心のマキは、バイトで休みをもらって今日は一日家にいるらしい。

 

「……ユミレ」

「何」

「もう2ヶ月も学校行ってないのよね?」

「……」

 

 やはりこの話か。言い訳は色々考えている。いじめられたとか先生と仲が悪いとか、そういう人間関係絡みの嘘は無関係な人を巻き込むので使わない。そもそも嘘をつく必要なんて無い。ただ素直に、率直に自分の気持ちを伝えれば良い。

 

「行きたくないだけ……的な?」

「どうして行きたくないの?」

「だから行きたくないだけだって」

 

 あっ、まずい。久々に姉と二人きりになって、今まで溜め込んでた家族に対するフラストレーションが溢れそうになる。何とか抑えないと。

 

「私、最初はそういう事もあると思って様子見てたけど、あまりにも長いからユミレが学校で何かあったんじゃないかって気になって学校に聞いてみたりしたの。でも心当たりは無いって言われて」

「そりゃ無いだろうね」

「ねぇ、本当にいじめられてたり嫌な事あったりしてない?私も力になるから……」

 

 ごめん……無理だ。

 

「あーもう!!!」

「……!?」

「余計なお世話なんだよ!!」

 

 自分の身を粉にして行う手助けなんて。

 

「ウチが学校行かないのがそんなに嫌!?行きたくないから行かないじゃダメなの!?何で学校行かない事を悪い事だと決めつけるのかな!?」

 

 ウチ個人の問題に、これ以上無理して関わらないでほしい。

 

「だから極力話さないようにしてたのに……!」

 

 その時、揺れる銀の前髪の間から、約2ヶ月振りに姉の顔を拝んだ。驚きを隠せない表情だった事よりも、目や頬などに隠せないほどの疲れを滲まていた事が、もう我慢出来なかった。

 

「そうやって、無理ばっかして……!それがずっと嫌だったんだよ、ねェちゃんの事!」

 

 ただ学校に行きたくなかった。理由なんてそれだけだ。たったそれだけの理由なのに、考える必要のない責任を背負ってまで学校に戻そうとするマキを、ウチは全力で拒絶した。

 

「……ユミ」

「嫌だよ!もう……残業すれば家族幸せに出来ると思ってる父さんも!離婚すれば借金背負わせなくて済むと思ってる母さんも!自分の時間削れば妹を助けられると思い込んでるねェちゃんも!何も知らないふりして遊んでるだけのエノキも!皆もう見てられないんだよ!!」

「ご、ごめ……あっ、待って!ユミレ!」

 

 言いたい事全部言って、家を飛び出す。感情に身を任せた後先考えない行動に見えるが、結果的には良かったのだ。ウチに掛かる生活費が浮けば、皆少しはマシな生活が出来るだろう。その上、ウチには秘策があった。リビングに降りる際に、財布とスマホ、そして「必要書類」の入ったバッグをこっそり持ってきていた。この2ヶ月の間、ただゲームばかりしていたわけではない。元々はモリチャが一緒に行かないかと誘ってきたのだが、調べてみると片親で兄弟姉妹のいる家庭からの参加者には費用が全額免除される制度があった。そこで、ダメ元で書類を用意して参加申込をしてみたところ、幸運にも審査を通過したのだ。これから約1年間、ウチはモリチャと共に新たな世界へと足を踏み入れる。

 

 参加者の多くが夢を追いかける憧れの世界。「カセキホリダー研修」。その門出は、とても胸を張ることの出来ない最悪な形となった。

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 SNSチャットで、「絶対探さないで」とメッセージを受け取った。ユミレからのメッセージは今までずっと空返事が多かったが、今回はかなり熱がこもっていた。まるで探させまいとするかのように。あんな独白を聞いてから、私はリビングで動けずにいた。気付いてあげられなかったのは、きっと積極的に話しかけなかった私のせいだ。中学生のユミレの事だから、あまり踏み込んではいけないのだろうと感じていた。だが、自分の献身的な姿勢が却ってユミレの心に負担を掛けていた事は、さっきユミレから聞いて初めて理解した。家事に集中するばかりで、家族間のコミュニケーションを疎かにしてしまった。

 

「ユミレに謝らなきゃ……!」

 

 きっとどこかでしゃがみ込んで泣いているかもしれない。今度こそはちゃんと会話をして気付いてあげよう。ユミレに自分の価値観を押し付けないようにしよう。もう一度ユミレの笑顔が見たい、なんてただそれだけの我儘を叶えるために、私はユミレを探しに家を出た。

 




次回、Ep. 4「銀竜草」
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