───────雲一つ無い晴天に恵まれた。痛いほど眩しい太陽の光に、ウチは思わず目を細める。
「対戦相手は当日発表だってさ!」
そうなんだ。
「……アタシらがぶつかったら、まあ、その時はその時って事で!」
そうだね。
「……大丈夫?」
「え……?いや、別に……」
「徹夜して疲れてるんじゃない?今日は休んだ方が……」
ようやく理解した。今、ウチは疲れてるのか。何か、意識と肉体にズレを感じるような気がしていたのだ。
「ねぇ、ユミレ!」
「あっ……」
「……今日は、やめよう」
「やだ……」
「無理する事ないって」
「なんか……今日は逃げちゃ、いけない気がする」
そうだ。絶対に負けられない戦いがそこにあるのだ。推しを輝かせるためにも、ウチは疲労程度で棄権するわけにはいかない。せっかく徹夜して考えて来たのだ。必勝の戦略。
「おい!金髪に銀髪!対戦相手発表されたぜ!」
パールのうるさい声が頭に響く。予選の対戦相手が、カセキアム内の大型スクリーンに映し出されたようだ。ウチの相手は───
「僕ですね。よろしくお願いします。ユミレさん」
───ロットだった。
「……よ、よろしく」
「……」
ロットが無言でこちらを見つめている気がする。直接見ていないので確証は無いが、視線を感じる。
「……先に控室に行ってます」
「あ……はい」
ロットもパールも、ほとんど話した事がない。モリチャは二人と仲良くやっているようだが、そう考えると、えも言えぬ疎外感を覚える。
「ユミレ……」
「……何?」
「……」
モリチャの様子が、今日は少しおかしい気がする。あくまで「気がする」の域を出ないのだが。
「……頑張って。応援してるから」
「……ん」
そういえば……最近モリチャの顔、見てないな。
〜〜
控室に入ると、スクリーン前に響いていたような喧騒が消え、緊張感だけが漂っていた。予選第一回戦はロットとウチの対決だ。
「……ユミレさん」
「……何?」
「あの……『本気』で、来て下さいね」
「え」
本気。今、本気と言ったか。徹夜で作戦組んだのは本気に入るのか。入るか。そうだな。
「……善処します」
「……では、お先に」
ゲートが開いた。ウチの心の中で、「もう、逃げられないよ」と声が聞こえた気がした。
予選とはいえ、多くの観客が客席を埋め尽くしている。割れんばかりの拍手だ。勿論、ウチに対して向けられたものではない。モリチャやロットの発言で歯切れが悪かった理由を、ウチは今、この身で。ようやく。理解させられた。
ここにいる客のほとんどは、ロットのファンだ───。
「ロットくぅぅぅぅん!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!ロットくんと目合っちゃった!!」
うるさい。
「さあ、いよいよ1on1トーナメント予選の開幕です!記念すべき第一回戦は、今絶賛大注目のルーキー、ロット選手のデビュー戦だ!!」
───うるさい。
「あの、ユミレさん」
「…………………………うるさい」
「!?……すみません」
「ロット選手といえば、動画サイトに投稿されたバトル動画の再生回数が1億回を突破した事が、記憶に新しいですね!」
「類稀なる戦闘センスや輝かしい戦績を持ち合わせていながら、『カセキ発掘をして、1on1トーナメントにも出て、ちゃんとしたカセキホリダーになりたい』という意志で、今年のカセキホリダー研修に参加したとの事。デビュー戦では果たしてどのようなバトルを見せてくれるのか!注目です!」
───うるさい。うるさい。
「両者とも、所定の位置に着いたようです。それでは、両選手のリバイバーに登場してもらいましょう!」
グレイを出さなきゃ。メダルを手にした瞬間、前方から突風が吹き荒れた。少し離れた所で立っていたはずのロットの姿は、巨大なリバイバーによって見えなくなってしまった。
「おおおおおおこれは!?動画では、彼の相棒はブラキオンだったはずでは……!?」
「おそらく引き当てたのでしょう!ゴールドカセキ岩を!」
何だったっけ。ライデンとかそんな名前だった気がする。もうどうでも良い。ウチは、五円玉を賽銭箱に投げ入れるような感覚で、メダルを投げてグレイを召喚した。
「ユミレ選手はタペヤラ……なのでしょうか!?少し変わった見た目をしています!」
「ロット選手の初戦相手は特殊リバイバーですか!これは面白い戦いになりそうです!」
グレイの声が頭上から聞こえて来る。ウチを心配してくれているのだろうか。問題無い。全くもって不都合無い。そう言い聞かせようとしたが、声が出ない。
「さあ、両者のリバイバーが揃ったところで!1on1トーナメント予選第一回戦!いざ開戦です!!!」
「いけぇぇぇぇぇぇ!!!ロットぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ロットくぅぅぅぅぅん!!頑張ってぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ユミレさん!気にせず本気でいきま」
「……ッ!!」
グレイはライデンの頭に向かって、虹色の光線を放つ。素早さを活かした先制攻撃。眠り効果を与えたところで、次は別の光線でKPを奪う。そして奪ったKPで大技を放つ。自らの体力を少し削る事で放たれる高威力の砲撃。ここまでが速攻コンボだ。
「………………あれ?」
グレイが地面に寝転がっている。いや違う。叩き落とされたのか。眠りが効かなかったか、あるいは初撃の時点でカウンターを───。
「………………あ、グレイ」
「これは……さっきまで晴れていたカセキアムに突如雷雲が───!!」
辺りが暗くなっていく。観客のボルテージが次第に上がっていく。グレイは何とか態勢を立て直し、空へ羽ばたいていく。雷撃が来るのだろうが、どうせ当たらない。グレイは素早いから。
「──────────ッッッ!!!!!」
視界が真っ白になった。それと同時に、鼓膜が破れそうな程の轟音が押し寄せる。思わず声を上げてしまった気がするが、よく聞こえなかったので分からない。気付けば自分は、その場でしゃがみ込んでいた。耳鳴りが響く中ゆっくりと立ち上がると、目の前にグレイのメダルが転がって来た。あっ、終わったんだ。
「こ、これは!勝者!!ロット選手!!相手選手に攻撃の隙を与えない無傷の圧勝でした!!!」
「今回も素晴らしかったですね!となると、いつもの『ライバル激励』の時間ですか!」
何それ。耳鳴りのせいか、あまりうるさく感じなくなった。ロットはライデンを仕舞うと、俯くウチに近付いてきた。
「ロット選手は、共に戦った相手に敬意を表し、その勇姿を称えます!彼の激励に救われたり、彼に惚れたりしたホリダー達も少なくありません!!」
「いつも素敵な言葉を掛けてくれるんですよね!!」
会場が次第に静まり返っていく。ウチの耳鳴りも収まってきたところで、ロットが口を開いた。
「お手本のような素晴らしい戦いでした。貴方の…………更なるご活躍を、心よりお祈り申し上げます」
ロットはそう言って、拾ったグレイのメダルをウチの手の中に収めた。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
会場中に響き渡る拍手と歓声が、頭に響いて気分が悪い。だがそれよりも─────。
〜〜A view of Laphica〜〜
冗談だよな?今の言葉が激励?
「ほとんどロット君のファンしかいませんから、気付いてない人の方が多いんでしょうね」
「あれは、敗者に掛ける言葉じゃないだろ…………!」
「どこ行くんですか?ラフィカさん」
「ユミレのとこに決まってんだろ!」
あんな痛々しい姿をこのまま見てられるか!!私は客席の出入り口を飛び出し、控室に向かう。ゲートから、ユミレがふらふらとした足取りで歩いてきた。
「ユミレっ!!」
「…………………………」
倒れかかってきた!?身体が熱い。呼吸が荒い。私は咄嗟にユミレを抱きかかえ、医務室に連れて行った。
「ごめん……!ごめんな……!!」
彼女の頬に流れていた雫を見て、私は思わず届かない謝罪の言葉を掛けてしまった。
〜〜A view of Rot〜〜
控室に戻ると、モリチャさんとパールさんがやって来ました。
「落ち着け金髪!」
「このッ!!!」
「ぐっ……!」
こうなる覚悟は、していたつもりでした。しかし、胸ぐらを掴まれるのは流石に苦しいですね。
「何あれッ!!あれが激励だとでも言いたいわけ!?」
「すみません……」
「ユミレの……あんな苦しそうな姿初めて見たんだけどっ!!」
「落ち着けっつってんだろォが!!モリチャ!!!」
パールが割って入り、僕は意図せず解放されました。
「けほっ……モリチャさんは……ユミレさんのバトルを見て、どう思いましたか?」
「どうって……」
「あれが『カセキバトル』だったと、貴方は胸を張って言えますか?」
「……ユミレは昨日徹夜してて」
「徹夜してたかどうか以前の問題です。ユミレさんはグレイの事を全く見ていませんでした。おまけに、戦い方があまりにもテンプレート過ぎている。攻略サイトか何かを参考にしたのでしょう」
「それの何がいけないの!?」
「同じ種類のリバイバーでも個性があるんですよ」
「───ッ!」
「しかもグレイは特殊個体です。おそらくステータスも一般的なタペヤラとは異なるでしょう。あんな教科書的な戦い方を、それもライデン相手に取らせるなんて、グレイの事をちゃんと見てる人はまず思い付きません」
「………………」
「ユミレさんをアウェーに引き摺り込んだのは僕の責任です。それについては、深くお詫び申し上げます。しかし、僕はユミレさんがこのカセキバトルの世界に来るのはあまりお勧めできません」
「才能が無いって言いたいわけ?」
「そうではなく、単純に向いてないんですよ。相手のホリダーやリバイバーどころか、自分のリバイバーを見る事すらなく、最短で勝負を終わらせる事しか考えてないように見えました」
「それは………」
「元々、ユミレさんはモリチャさんにトーナメントに誘われた時から、あまり乗り気ではありませんでした。対戦相手に決まった時は……何て言葉を掛けたら良いのか、ずっと考えてたんです」
あんなホリダーを相手にしたのは初めてだったから。あんなつまらなさそうに、苦しそうにカセキバトルをするホリダーを見たのは、初めてだったから。だから───。
「僕だって…………!言葉を掛けなきゃいけないから!!」
「───ッ!!」
「普段通りの、『また勝負しましょう!』みたいな声掛けで、再び彼女をこの辛い場所に連れ戻したくは無かったんです!でも、無理矢理遠ざける発言もしたくなかった!どうしたら良いのか……全く分かんなくて…………」
思わず、遠回しに「バトルは向いてない」と伝わるような発言をしてしまいました。
「……しっかり謝っておきます」
「ごめん。アタシも、ちょっと熱くなった」
「一旦区切りついたってとこか。金髪、次はお前だぞ。準備した方がいい」
「あっ、そうだね。ありがとう!気持ち切り替えてくわ」
モリチャさんは、ディノスをリバイブしたようで、見事なコンビネーションで勝利しました。パールも、相棒のバリオンで無事予選を突破しました。予選なので、当然ここで敗退する者は多いのですが、総じて「仕方がない」という形で処理しているように見受けられます。彼女を───ユミレさんをこのように、無理に気負わせる事なく帰す事が出来なかったのは僕の責任です。僕は、自分の不甲斐なさが憎らしい───。
次の日、ユミレさんは講習を欠席しました。
次回、Ep. 7「『曖昧』という答え」