ユミレのキャラの方向性が決まっていく重要な回です。
〜〜A view of Humile〜〜
モリチャに誘われて、新たな世界へ踏み出す。モリチャに助けられて、まだ見ぬ幸せを見つける。これまで、ウチの人生の分岐点にはいつもモリチャがいた。カセキホリダー研修も、1on1トーナメントもそうだ。だから、今回もきっと幸せを見つけられる。そう過信してしまったのだろう。敗因が徹夜による体調不良だけだとは思っていない。カセキバトルに必要な、致命的な部分が欠けていた。ウチはそれを見つけたい。カセキバトルを「楽しいもの」にしたい。だって、折角モリチャが誘ってくれたんだから。
「ユミレ、起きてる?」
「……」
「………………ラフィカさんには今日も欠席って伝えておくね」
「……」
でも、何だろう。カセキバトルの楽しさを見つけるという行為はモリチャのための行動であり、他者のために自らに苦難や苦痛を強いるのは許さない、とウチの中の悪魔が囁く。姉や父達のやり方を肯定し、自分のこれまでを否定するのは、答えとしては間違っているような気がしていた。結局どうしたいんだろう。そんな事を考えていたら、いつの間にかモリチャは部屋を出ていた。
「今日もサボるか」
ウチは、スマホのゲームを起動する。ログインボーナスを受け取ったら、ひたすらクエストの周回だ。倍速オート設定にしているので、周回中はグレイを呼び出して撫でる。バトルで散々な目に合わせてしまった謝罪の念もあってか、グレイと向き合う時間を増やす事にした。そうするうちに、グレイの事が少しずつ分かってきた。
まず、グレイは戦う事そのものを嫌っているようだった。自分や他人が傷付く事を避けているのだろうか。次に、グレイの身体からたまに生えてくるキノコは食べられる。深夜に共用キッチンに侵入し、レンジ調理皿にそのキノコとチーズを入れ、塩胡椒をかけてレンチンしたら結構美味しくなった。そして特筆すべきなのは、ウチとグレイは言葉や行動を介さずとも何となく意思の疎通が出来ているという事だ。絆ポイントが貯まるとそういう仕様になるのだろうか。詳しくはよく分からないが、前に様子を見にきたラフィカに話を振ってみたところ、「それは『共鳴』だろう」と答えてくれた。不思議なこともあるもんだ。まあ、これまで思い返してみれば、不思議な事の方が多かった気もするが。
「ん?どした?」
床に寝転がってるウチの上に、グレイが乗っかってきた。さすが翼竜。全然重くない。飛ぶために身体を軽量化してるんだったか。グレイは、あのバトル以降あまり飛ばなくなった。最初はトラウマを植え付けてしまったかと思ったが、どうやら下に向きがちなウチの目線に合わせるためらしい。共鳴?で互いの事が分かってきて、ウチはグレイにも多くの気を遣わせていたのだと自覚した。
「あぁ、外出たいのか」
グレイの声無き(厳密には鳴き声はあるのだが)主張を感じ取る。動くのが得意ではないグレイだが、身体が鈍ってくるというのもあまり好きではない辺り、ウチと結構似てる。いや、似てきたのか?ともかく、気分転換に外に繰り出してみる事にした。
〜〜
ウチらの宿泊施設から少し離れて、人気の無い狭い小道に入る。元々散歩ルートだったのだろうか。この時間は皆研修に出ているため、ウチとグレイだけで独占できる。思えば、いつの間にかサボる事に抵抗が無くなった。息抜きの仕方を学んで、少しずつ気が楽になったような感覚を味わう。
「おっ、飛んだ」
しばらく歩くと、滅多に飛ばないグレイが突然飛び立った。後を追いかけていくと、少し大きめな倉庫が見えてきた。扉の前には、資材やフォークリフトが置かれている。グレイが中に入りたがるので、扉を開けてみた。
「埃すごっ」
体育館倉庫より少し広いであろうその倉庫には、名前の知らない機材が所狭しと並んでいる。人が入れるスペースは扉の近くくらいしか無いように思えたが、奥に少しスペースがあったので、とりあえずそこに居座ってみる事にした。やはり狭い空間は落ち着く。ウチは、散歩前に買っておいたパンをグレイと食べながら、自分の今後について考える事にした。もうしばらくは、極力誰とも関わらず、一人で考える時間が欲しい。そして、自分の意思で決め、行動していきたい。モリチャだって、きっとそうやってきたと思うから───。
〜〜A view of MoLicha〜〜
「……」
「ユミレさんの件ですか?」
「あー、うん。まあそんな感じ」
勘の良いロットに気付かれてしまった。アタシは、あのトーナメント予選の日からユミレと上手くいっていない事を伝えた。
「しばらく一人にさせるとの事でしたが、そろそろ厳しいですかね……」
「自分≪てめぇ≫の生き方見つめ直してんだから、時間もかかるだろ」
「でも、このまま戻って来なかったら……」
そうだ。もしこのまま彼女が塞ぎ込み続けたとしたら、それはカセキホリダー研修に連れ込んだ私が全ての元凶だ。どんな顔してユミレと接すれば良いのか、日に日に分からなくなっていくのが怖い。取り返しの付かない事態になる前に、一度歩み寄ってみても良いんじゃないか……?
「モリチャさん、あまり考え込むのも良くありません。本選第一回戦も近いのですし、今は目の前の事に集中しましょう」
ロットは冷たいように見えて、かなりユミレの事を気に掛けている。アタシの意識をカセキバトルに向けようとするこの発言も、本当はロット自身がそうしたいという意思の現れなのかもしれない。
「うん、そだね。気持ち切り替えてこう!」
「……」
ロットと意気込むアタシの方を、パールは無言で見つめていた。
〜〜A view of Humile〜〜
昼間見つけた「秘密基地」から出て宿泊施設に戻ると、モリチャが待っていた。
「ユミレ、一緒に夕飯食べない?」
「……ん」
モリチャと食べるのは久しぶりだ。予選が終わってから、しばらくは別々に食事を取っていたのだ。食堂を訪れると、ウチはロースカツ定食、モリチャは青椒肉絲定食を注文する。
「ユミレ、最近よく食べるようになったよね」
「燃費が悪くなった気がする……」
「あはは、前はサラダ一つで限界だったのに」
「元々昼飯時はお腹空かないんだな」
「そっか……知らなかったよ」
「……」
あれ、会話が続かない。モリチャはその後も何度か話題を振ってきたが、途中から互いに食べる事に夢中になったせいか、会話の無い時間が過ぎ去っていった。でも、風呂に入っても、その後も、モリチャは何かを言いかけては、続かない話題に切り替える。そうこうするうち、モリチャは部屋に戻る廊下の途中で自分の頬を叩き、すぐにウチの手を取った。
「ちょっと、二人きりで話そう」
「え……あ、はい」
そうして、宿泊施設の屋上に連れて来られた。入浴後の夜風が涼しくて心地良い。
「ユミレ。アタシさ」
「何?」
「トーナメント、優勝したい」
「…………………………そっか」
「でも、ロットやパールみたいな強者がいるから、一人じゃ頑張れない気がして……だから」
「ウチ、出ないよ」
「え?」
「いや、だから……ウチはトーナメント出ないよ」
「うん。でも一緒に頑張りたいなって」
「………………」
「ユミレ……?」
『頑張りたい』。モリチャの口からついに溢れでた、呪いの言葉。それも目標はトーナメント優勝。無理とは言わないが、決して楽な道のりではないだろう。モリチャが壁にぶつかって苦しんだ時、自分は───。
「……出来ないよ」
「───っ!?」
「ウチには、無理だよ」
「そんな……!」
「ウチ、モリチャの考えてる事分からなくなってきた。何かを目指して頑張るって事が、今のウチには分からない。だから、モリチャを支える事も見守る事も、ウチには出来ない。する資格も無い」
「違う!ユミレはいつもアタシの傍に居てくれてたから!」
「モリチャが誘ってくれたからでしょ?」
「それは……」
「モリチャが研修に誘ってくれた事、凄く嬉しかったし、楽しかった。自分も成長出来るんじゃないかって、そう思ってた。でも、ウチは結局変わってない。抜け出してきた家族への連絡も未だに怖くて出来ない。それなのに───」
モリチャの表情が見れない。今はただ、目を合わせたくない。でも、今までずっと仲良くしてきた親友だから、考えてる事は全部伝えたい。
「モリチャは、前に進んでる。ウチの知らないところで、知らないうちに、ウチの届かない所まで進んでる。もう、ウチはモリチャの隣を歩けない……」
「ユミレ……!」
「最近一人になって、じっくり考える時間が出来て───ようやく気付いたんだ。今までずっと一緒に遊んでたのは、腐れ縁だったからとか互いに明確な目的を持ち合わせていなかったからとかで、結局は止まってる時間を楽しんでたんだなって。片方が動き出した時、この関係は途切れる。最初は、モリチャが退屈な学校生活を抜け出した時。偶然ウチと巡り合わせて、ウチが合わせて、それで一旦は戻ったけど……今こうしてモリチャは再び歩み出そうとしてる」
「違う……違うの……!」
「そう、違うんだよ。ウチは、モリチャみたいに太陽の照らす場所を求めて進み続ける事は出来ない。モリチャとは、もう一緒に歩けない」
「あ…………待って…………!」
「モリチャは、自分の夢を追いかけてよ。ウチに歩幅合わせなくて良いから」
「嫌だよっ!!!!」
「っ!?」
「アタシ、頑張るから!!ユミレが、アタシと歩幅合わないからって辛い思いをしなくて良いように頑張るから…………あ」
「ウチなんかのために…………そんな事のために、大事な時間を、力を、無駄にしないで」
「………………………………」
モリチャが掴んできたその手は、震えていた。ウチは、これ以上モリチャの自由を奪わないためにも、その手をそっと剥がす。頑張る事が、本気になる事が、とても辛くてしんどい事だというのを知っているから。ならばせめて、負担を減らしてあげなければ。
「トーナメント、頑張ってね。モリチャ」
「うっ………ぐすっ………………!」
これで、良かったのかな。きっと良くはないのだろう。でも、良い答えなんて無いんだ。ウチは頑張れない。本気になれない。頑張ったり本気になったりする事で辛い思いをしたりさせたりしてきた人を、ウチは嫌というほど見てきたから。
〜〜
階段へ続く扉を開けると、ラフィカが立っていた。
「ユミレ。あれが正しいなんて思ってるんじゃないだろうな」
「……ウチの辞書に『正しい』なんて言葉、最初からありませんよ」
「何だって?」
「あるのは『曖昧≪グレイ≫』だけです。正しさを妄信する人達に欠けている、光も影も許容する生き方───」
階段を降りる。電球の切れた暗い階下に、ウチは立ち止まる事なく降りていく。
「明日から講義出ます。答えは得たし、せっかく来たんだから資格の一つや二つくらい、貰っていきますよ」
「…………」
「今まで迷惑かけてすみませんでした。おやすみなさい」
暗い影に包まれた、ウチだけが歩む道。目の前に広がったその道を、ウチは確かな足取りで進んでいく──────────。
次回、Ep. 8「白銀の竜が蔭に咲く」