アンバーに手を引かれ、着いた場所は”エンジェルスフィア”だった。
「あれー? ジン団長もここにいるよね」
夕刻の鐘が鳴る。
いつものクレーなら家に帰らなくてはいけない時間だ。
鐘の音と同時に自宅に向かってだっだだーと駆けて行くのだが、今回はアンバーがいる。
それに、着いた場所がジン代理団長と同じ場所。
クレーはアンバーが何をしたいのか分からず、頭を抱えていた。
「クレーも入ろう」
「え、ここ大人が入る場所だってアルベドお兄ちゃんが……」
「アルベドには私が断っておいたから。用事が終わったらおうちまで送るね」
クレーはアンバーと共にエンジェルスフィアに入った。
そこには、ジン代理団長、ガイア、リサ、ディルックがいた。
他の客はおらず、テーブルの上には食べきれないほどの料理が並んでいた。
「わーあ」
クレーは美味しそうな料理に釘づけだ。
「今日はね、エンジェルスフィア貸し切りで、ジン代理団長の誕生日会をやってるの」
「ジン団長の誕生日」
アンバーに言われてクレーは気づいた。
今日は三月十四日。ジン団長の誕生日だ。
「クレー、プレゼント用意してないよ!」
クレーは慌てた。
ジン団長の誕生日を忘れ、プレゼントを用意していなかったからだ。
「俺からはこれだ」
ガイアは高価なコーヒー豆とミルを。
「私はこれね」
リサはお湯に浸け、それを目に当てるとじんわり暖かくなるアイマスクを。
「私はこれだよ」
アンバーは風の翼をキャップに模ったペンと蒲公英色のインクを。
「オレは――」
ディルックは果実酒が入った瓶を。
皆のプレゼントを受け取ったジン代理団長は「ありがとう」と言い、照れていた。
対照的にクレーはあわあわしていた。
クレーとジン団長の目が合った。
これはプレゼントしないといけない場面だ。
クレーは何も持っていない。
爆弾しか。
「あ、そっか!」
クレーは閃いた。
「ジン団長!二階のベランダで待ってて! クレーもプレゼント用意したの!」
「ああ」
クレーはエンジェルスフィアを飛び出た。
そして、二階のベランダの方角にある城壁をよじ登る。
城壁の上に着いたところで、クレーは四つの爆弾を並べた。
「いっくぞー」
クレーは少し離れたところで、神の目を使って爆弾を起爆した。
この爆弾は上に打ちあがる物だ。クレーが最近試作したもので、宙に浮いている遺跡守衛をドカーンするためのものである。
バーン、バーン、バーン、バーン。
爆弾が空中で四発起爆した。
日が暮れ、夜となった空に火花があがった。
夜景を彩る。これがクレーが考えたプレゼントである。
しかし、クレーは考えていなかった。
飛び散った火の粉が地に落ちたらどうなるか。
「キャー!」
落ちた火の粉が民家に降り注ぐ。
木造の家では火事となり、大騒ぎ。
「はわわ」
胸を張り、どや顔をしていたクレーだったが、町の惨劇を見て顔が真っ青になった。
「……止められませんでしたか」
「モナお姉ちゃん」
クレーの前に突然モナが現れた。
モナはクレーの様子を見てため息をついた。
どうやらクレーの爆弾が騒ぎを引き起こすことを占星術で予知していたらしい。
「クレーちゃん、私はボヤが起こった場所を全て把握しています。今、私が動けば、大参事にはならないでしょう」
「ほんと!?」
「ただし、相応の対価が必要です」
モナがクレーの前に手を出した。
クレーはモナの発言の意味を考える。
対価、対価――。
クレーはアルベドから貰ったお小遣い、賃金が入った財布をモナに渡した。
「ぜーんぶあげる。だから助けて!」
「分かりました。私に任せてください」
財布を受け取ったモナは地面に潜り、水元素を使ってボヤを消していった。
モナの言う通り、被害は最小限に納まり、事なきを得た。
当然、ジン代理団長も鎮火に向けて動き、彼女の誕生日は散々な日となった。
☆
翌日。西風騎士団団長室にクレーとジンがいた。
ジン代理団長は腕を組み、険しい顔でクレーを見下ろしている。
クレーはジン代理団長から視線をそらし、もじもじとしていた。
ジン代理団長は息を吐き、気持ちを落ち着かせてからクレーと会話する。
「クレー、私を喜ばせようという気持ちはありがたく受け取る。あれは打ち上げる場所を変えていたなら、いいプレゼントだったよ」
「……だって、クレー、プレゼントあれしか思いつかなかったんだもん」
「私もあれには驚いたよ。サプライズだそうだ。クレーも知らなかっただろう」
「うん。クレーはうっかりジン団長に話しちゃうかもしれないって、アンバーお姉ちゃんが言ってた」
「なら、無理しなくていいよ。私は『おめでとう』という祝いの言葉で満足するぞ」
「うん……」
クレーはすごく落ち込んでいた。
自分のせいで町が大火事になりかけたのだ。
モナがいなかったらどうなったことやら。
「それはそれ、これはこれだ。クレー、今回お前がやったことは?」
「城壁から打ち上げ爆弾をドカーンさせて、町の人に迷惑かけちゃった」
「よし、反省はしているな。だが、規模も規模だ」
「クレー、反省室で反省する!」
「よし。反省室で反省文を書いたら――」
「書いたら?」
「私の――、似顔絵を描いてくれないかな」
「!?」
クレーはジン代理団長の発言に驚いた。
見上げるとジン代理団長が頬を赤らめて恥じらっている。
クレーはジン代理団長の顔をじっと見つめる。そして、力強く頷いた。
「うん! ジン団長の似顔絵、反省室で描いてくる!」
クレーはだっだだーと団長室を出て反省室へと向かった。
反省室でクレーは『ドカーンさせてごめんなさい』という反省文を書き上げた。
そしてジン団長の似顔絵も描き上げる。その下には「誕生日おめでとう」という文字を添えて。
完結しました!
皆さん最後まで読んでくださりありがとうございました!