焔揺らめく機上で、二人の少年は再会した。
「アス……ラン……?」
「キラ……?」
かつて友だった二人が果たした再会は、決して親友同士のそれに相応しくなく……。パァン……という銃声とともにキラは機体に押し込められ、アスランは動揺を隠せぬままそこを離れた。
かくて、ストライクとイージスは共に生み出された機体でありながら、そして友であった二人を乗せながら……敵対するそれぞれの場所へと引き裂かれていった。
戦渦の少女
キラ・ヤマト、そして地球軍将校マリュー・ラミアスを乗せた『X105-ストライク』は、ザフト軍のモビルスーツと交戦中……いや、一方的に攻撃されていた。
それを尻目に……アスランと思しき者を乗せた紅い機体は遥か彼方へと飛び去った。
(アスラン?! ほ、本当に……アスラン?!)
その行方を追うことは叶わなかった。
激しい攻撃がストライクに襲いかかる。目下の敵機は合わせて3機。すべてがザフト軍の量産型モビルスーツ『ジン』であった。
操縦桿を握っているのはマリューだった。その腕には鮮血が滲んでいる。このストライクに乗り込む前、銃撃戦で怪我を負っていた。
アスランらしき目の前の兵士に激しく動揺し、火が上がり銃弾が飛び交う中で立ち尽くしていたキラを、マリューはとっさの判断でこのストライクのコックピットに押し込めた。
マリューは地球軍兵士と名乗ってその機体を起動させた。が、この狭い空間が安息の場でないことはキラにもすぐにわかった。
彼女はパイロットではなかった。機体を起動できても、すぐに集まってきたジンに対抗することができない。ジンの執拗な攻撃にマリューの手管(てくだ)は全く敵わず、ストライクは装甲もままならぬまま防戦一方であった。
1機のジンがふらつくストライクの機体を蹴り倒す。格好悪く尻餅をついたストライクのコックピットで、キラもまた激しく身体をぶつけた。強い痛みと動揺の中、かろうじて目を見開くと、サイドモニターが視界に入った。そこには、ジンとストライクの交戦によって舞い上がる砂塵や瓦礫を避けながら逃げ惑う民間人の様相が映し出されていた。
「トール?! カズイ?! サイ?! ミリアリア?!!」
それはよく知る者たち。彼の友人たちの姿。
(このままじゃ……!!)
思ったものの、再びジンの攻撃を受け地べたに転がる。
その時、
≪X105-ストライク、聞こえる?≫
クリアな無線が入る。
「え……?!」
「だ、誰?!」
キラとマリューが戸惑う間も与えずに、その目の前に深いブルーの機体が現れた。
≪誰が乗ってんのか知らないけど、フェイズ・シフト装甲くらい作動させなさい≫
そして、3機のジンをバルカン砲で遠ざけた。
「あ、あれは……」
マリューがつぶやいた。
「X101……グレイス……?!」
自分たちが乗っている機体は『X105・ストライク』と言っていた。兄弟機だろうか。
≪聞こえてないの? ジンはまた撃ってくる。早くフェイズ・シフトを作動させて≫
威圧的な……若い女の声。
「フェイズ・シフト装甲……?」
キラが目前の『グレイス』に目を奪われる中、マリューは無線応答ボタンを押して応えた。
「わ、私はパイロットじゃなくて……。フェイズ・シフト装甲を導入していることは知っていたけど、さ、作動方法が……」
≪……コントロールスペース2の黄色いボタン押して≫
無線の声はマリューの言葉を遮り、一言だけそう言った。そして再び接近してきたジンを迎え撃つ。
マリューは指示されたとおりのボタンを押す。グレイの機体に色が灯った。
≪今の装備で3機はキツい。そっちはなんとかならないの?≫
巧みにジンの砲弾を交わしつつ、グレイスのパイロットはそう言った。
ストライクも砲弾を浴びたが、先ほどまで受けていた衝撃は無かった。だがグレイスが2機を相手にしている間、やっと装甲を身につけたばかりのストライクに1機が迫る。
ストライクは後ずさった。正面からライフルの弾丸を浴びる。キラの体は大きく揺さぶられ、マリューの上に覆いかぶさる形になった。そして彼の目に再び逃げ惑う友人たちの映像が映った。
(……みんなっ……)
次の瞬間、彼の手はマリューから操縦桿を奪い、ジンの攻撃を鮮やかに避けていた。
「き、きみ……!」
マリューは彼の行動に驚愕した。当然、自分が保護したはずの民間人学生が突然難なく機体を動かしたらそうなるだろう。が、キラにとっても説明している間は与えられるはずもない状況である。
「代わってくださいっ……!!」
キラは彼女をどかせ、シートについた。続けざまにキーボードを取り出して頭に浮かぶ全てのキーを打つ。マリューは驚愕しているのか為す術ないのかわからないが、幸い彼の手を止めることはなかった。
(こんなOSで……!!)
苛立ちを覚えながら、キラはストライクのOSを書き換えた。そして今この機体に搭載されている装備を確認する。
「くそっ、これしかないのかっ……!!」
身につけていたのは『アーマーシュナイダー=短剣』にすぎず……かといって他にどうすることもできない。
キラは目の前のジンにそれを突き刺した。プロのパイロットであろうその敵の動きをも上回って。
「ジンから離れてっ!!!」
マリューがとっさに指示した直後、ジンは爆発した。コックピットからパイロットが脱出し、飛び立つのが見えた。さらに爆雷の向こうで、二人のパイロットが彼に合流した。
そのまま、3つの点は彼方へと消えていった。
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「よし、オレはこっちを支えるから」
「ゆっくり下ろそう」
サイとトールは、戦闘が終わるなり気を失ったマリューをストライクから下ろしていた。キラはまだ少し震える手のまま、後を続いて地上に降りた。
命がけだった。上手く切り抜けなければ死んでいた。自分も。友人たちも……。そう頭ではわかっているのに実感が無い。それがまた焦りに似た恐ろしさを抱かせる。
感情の整理などとうていつかないうちに、あのブルーの機体が降り立った。
ジンを2機、撃退した機体。あの状況で、冷静だった声……。キラはゴクリとツバを飲み込んで、コックピットが開かれるのを見守った。
そして、
「……えっ……?!」
その目に飛び込んできたのは、
「女のコ……?!」
自分たちと年端の変わらぬ、軍服も着ていない少女だった。
「誰……?」
ミリアリアが動揺を隠せぬままに呟いた。
こちらの驚きなどお構いナシといった様子で、少女は慣れた動作で地上に降りる。目線が同じになって、友人たちのうちの誰より小柄だということがわかった。
その視線は鋭くこちらを見回している。先の無線での声のように、威圧的な表情で。
「き、キミは……?」
ゆっくりと近づき、サイがそう問うた。少女はまるで睨むようにサイを見てからぶっきらぼうに名乗った。
「ナナ・イズミ……」
風が彼女の長い黒髪を乱した。が、その視線の強さはゆるがない。
「ぐ、軍人には見えないけど……」
まるで怯えたように問うトールに対し、ナナは短く応える。
「私は通りすがりの民間人……。たぶん、あんたらと一緒」
民間人……にしては、アレを扱い慣れているようだ……。キラは動揺の核心を飲み込んだ。
が、皆一様にそう思ったのだろう。一斉にグレイスを見上げた。
「そんなことより、知ってる情報を教えてくれない? 私は向こうの港で爆撃を受けた艦(ふね)からコレに乗ってきたんだけど……」
ナナもグレイスの足をコツンと叩く。
「あと4機あったでしょう? 撃破されたの? ……それとも……」
「ザ、ザフトに奪取されたのよ……」
少し惚けたように立ち尽くした自分たちに代わって答えたのは、意識を取り戻したマリューだった。
「あなたは? 軍人?」
ナナは口調を変えずに彼女に問う。そんなナナに対し、マリューはいきなり銃を向けた。ナナだけじゃない。彼女はキラたち全ての少年少女に対して威嚇している。
「その機体から離れなさい!」
突然向けられた銃口に、ミリアリアが小さく悲鳴を上げた。
「ど、どういうつもりですか?!」
彼女を背中にかばいながら叫んだトールに対し、マリューはこちらの足元目がけて撃って来た。
「きゃあ!」
細い煙が掻き消えぬうちに、動いたのはナナだった。
「コレは地球軍の最重要機密だもんね。それを見てしまった私たちが、軍人に歓迎されるわけないよね」
それはキラには皮肉に聞こえた。実際、ナナという少女はそういう表情をしていた。そしてそのまま彼らの前に進み出る。
「みんな……こっちへ……」
マリューはナナを睨んだまま、彼ら全員を機体から遠ざけた。そして一列に並んだ少年少女たちにひとりずつ名乗らせ、自らも名乗る。
「私は地球軍将校、マリュー・ラミアスです。助けてもらったことには感謝します……。でも、この2機はその子が言ったとおり軍の最重要機密なの。残念ながらそれを知ってしまったあなたたちを、このまま放っておくことはできません」
「拘束するつもり?」
キラの中に絶望と怒りが広がる中、ナナは不敵に笑って言った。
「ええ……」
「あの艦に?」
「アークエンジェルを……知っているの?」
「私はこの機体をその『アークエンジェル』から持ち出した。今あの艦に動けそうな人間は殆どいない。おまけに、さっき試したけど電波妨害されててグレイスからあの艦に連絡することもできない」
「……あなた、なぜアークエンジェルに乗り込んだの?」
「……港を“見学”してたら急に爆撃されて、避難できそうなところがあの艦だったから。」
二人はそこにキラたちがいないかのように、低い声で問答を交わす。が、キラから見ても緊張感を高ぶらせているのはマリューの方だった。
「……なぜ、軍事機密だったあの新型の機体を動かせたの……?」
ナナはその問いに一瞬黙った。が、口の端を吊り上げてこう答えた。
「そんなことよりさ、ザフトがまた来ると思うんだけど。この2機を、はやくあの艦に乗っけた方がよくない?」
「……え、またモビルスーツが来るのか?!」
彼女の言葉に動揺したトールが思わず叫んだ。ナナはマリューから彼へとゆっくり視線を移し、答えた。
「ザフトの目的は“G”……この軍事機密とかいう機体の奪取だったことは間違いない。ここにはまだ2機残ってる」
「じゃ、じゃあ……」
「再び奪いに来るか、不可能な場合は撃破するか……」
「こ、これを……?」
トールたちはグレイに光る2機の機体を見上げた。だがキラはナナから目が離せなかった。ナナの声は落ち着き払っていて、それが逆に信憑性があって恐ろしく響く。
パァン……
パニックになりかけた彼らを銃声が鎮めた。
「とにかく、私と一緒に来てもらいます……!」
「い、一緒にって……」
キラは先ほどから湧き出る怒りを抱えてトールたちの前に出た。銃口を目にして足がすくんだが、先ほど非現実的なモビルスーツの戦闘に立ち会ったおかげで勇気が持てた。いや、やけくそになっていた。
「ぼ、僕たちはただの民間人の学生です! 軍とは関係ありません……!」
「でも、軍の軍事機密に触れてしまったでしょう?」
「あ、あの状況では不可抗力だったじゃないですか……!」
マリューは混乱を鎮めるべく再び引き金に指を回した。が、それを制する声があった。
「まぁ、仕方ないよね。」
全員の視線を浴びながら、ナナは毅然と言った。
「確かに私たちは民間人で、ここは中立国。戦争が嫌で中立の国にいるんだから、軍なんかと関わるのはまっぴらだっていうアンタらの言い分はわかる。」
ナナはまずキラたちを見回し、それからマリューに視線を移した。
「でも、外の世界では戦争が確実に行われてる。知らないフリ……なんて、するにも限界があったんじゃない?」
マリューに同意するようではあったが、どこか冷めたようなその言葉に、キラたちはもちろんマリューさえも気圧されていた。
「艦はたぶん、爆破による瓦礫で身動きが取れない状態にある。けど、主電力が作動して誰かメインコンピュータを操作させることができる人でもいれば、主砲をぶっ放して脱出できるはず……」
「……そ、そう……では……」
「艦に積み込むものを確保して、必要ないものは爆破処理。それと港に向かう前に、ストライクとグレイスにパワーパックを装着してザフトの攻撃に備えないと」
ナナはそう言って再びグレイスに乗り込んだ。マリューはその後姿を凝視したままそっと銃を下ろした。
2023/7/12 改訂