戦慄の宇宙(そら)の果て   作:亜空@UZUHA

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「あ、ねぇ、ナナ知らない?」

 

 食堂で食事を取っていたキラは、入って来たサイとフレイに問う。

 

「ナナ? キラと一緒に休憩に入ったはずだろ?」

「……見てないわよ」

 

 キラはフォークを置いた。

 

「誘ったとき、まだグレイスのシステムいじってて……もう少しで上がるからって言ってたんだけど」

 

 サイとキラの空気が重くなった。

 

「まだ……ドックにいるのかな……」

「たぶん……」

 

 キラは小さくため息をつき、トレーを下げた。

 入れ替わりにテーブルについたサイが、チラっと隣のフレイを気にしながら呟く。

 

「ナナは……戦うのは平気なのかな……」

 

 キラは驚いて彼を見る。

 

「テストパイロットって言ってたろ……? きっと操縦も戦闘も慣れてるだろうし……」

「……う、うん……」

 

 『撃たれる前に撃ちなよ』

 

 ナナの低い声と平静な態度が甦り、キラは否定の言葉を失った。

 

「キラにも『戦え』って言って……。なんかちょっと、怖いよな。……『強い』っていうか……なんていうか……」

 

 キラが言葉を返せないでいると、フレイが始めて口を開いた。

 

「あのコ、ちょっと異常よ……!」

 

 サイも驚いて彼女を向く。

 

「ミリアリアの話だと、休憩時間もロクに部屋に戻らないでずっとモビルスーツのところにいるっていうじゃない!」

 

 フレイは訴えるように言う。

 彼女には、ナナを嫌う理由があった。

 ナナはアルテミスでの一件で、キラがコーディネーターであることを明かした彼女を責めたのだ。

 本当は、サイやトールやミリアリアにもたしなめられたのだが、見知ったばかりのナナの怒りには納得がいかなかった。

 だから彼女は、周りのすすめでキラには素直に謝ったものの、ナナとはいっさい口を聞こうとしなかった。

 

「戦うことを何とも思ってないのよ! ……野蛮だわ!」

「フレイ!!」

 

 感情的に叫んだフレイを、サイが押しとどめる。

 キラは弱く笑い、とにかくドックへ行ってみると言ってその場をあとにした。

 

---------------

 

 

 正直、フレイの言葉はひどいと思いつつ、否定する言葉を直ぐには出せなかった。

 

 『ごめんね……』

 

 アルテミスで自分のために司令官にくってかかったナナ。

 

 『私は戦うよ……』

 

 冷たい瞳で宣言したナナ。

 

 どちらも同じ少女が持つにしては、表裏がかけ離れすぎている。彼女の目的も心も、読み取ることはできなかった。自分や友人たちが、彼女を頼りにしているのかいないのか。仲間という意識を持って良いものかどうかも。

 ただはっきりしているのは、自ら戦いの場に向かおうとするナナを拒絶する心。

 寝る間も惜しんでグレイスをレベルアップさせようとするナナの意図は、「強くなりたい」からだとは思う。

 「護るため」……そう言っても、それは相手を「殺す」こととイコールで繋がる。

 すすんでそれをやろうとするナナは、やはり自分と違うのだ……。

 そう一線を引いてしまう。

 あの、戦闘に対してやけに平静な態度も……。「撃たれる前に撃て」と冷たく言い放つ態度も……。時にマリューやナタルよりも平然と戦渦に身を置いているといっても過言ではない冷静さも……。

 サイの言う通り……怖いくらいだった。

 だから、フレイが拒絶するのも理解できた。「異常」と言い切るのも解せた。サイの不安も、カズイの不信も、トールとミリアリアの戸惑いもわかる。自分も、ナナとの隔たりを払えそうもない。それどころか、その隔たりの正体を知り得そうにもなかった。

 

「……ナナ……」

 

 “壁”を強く意識したまま、キラはグレイスのコックピットを覗きこむ。

 

「あ、キラ? 休憩終わったの?」

 

 キーボードを打つ手を止めず、ナナは問う。

 

「う、うん……」

「だったら悪いんだけど、グレイスの攻撃パターンをストライクとの連動性を6%高めてみたの。ストライクのプログラム見といてくれない?」

 

 キラはナナに言いかけた言葉を飲み込んだ。そして、何かを諦めたような気分でその依頼を了承した。

 

 

---------------

 

 

 アルテミスを無事に脱出し、ザフト艦を振り切ることに成功したアークエンジェルだったが、事態はなんら変わりなかった。

 アルテミスでの補給が叶わなかったせいで、弾薬などの武器系統はおろか、食料や水の不足も問題だった。

 ブリッジは、デブリ帯での補給という強行案の決行を決断した。

 そして……。

 

「ま……またあそこへ行くんですか?!」

 

 ポットでの視察を終え、キラたちは再びブリッジへ集合していた。が、面々には資源が見とめられたことへの喜びなど微塵もなかった。

 ただ、ナナだけが飄々とその場を傍観していた。

 

「フラガ大尉も見たでしょう?! あそこには……!!」

 

 まさかデブリに()()()()()が待っていようとは思わなかった。

 ただ残骸が広がるばかりと思っていたそこには、あの『血のバレンタイン』で犠牲になったプラント、『ユニウス・セブン』が変わり果てた姿で浮かんでいたのだ。

 地球軍による、突然の核攻撃。その光景を、誰もがニュースで見た。CG映像かと見まがうほど鮮明に、核の光がモニターに映し出されていた。

 その光の中、何十万という人間が犠牲になったのだ……。

 まさに悲劇。

 それが、この戦争の引き金だった。

 そのユニウス・セブンの残骸を見て、犠牲者の亡骸を目の当たりにして、再びそこに足を踏み入れ、物資を調達しようなどという気になどとうていなれない。

 だが……。

 

「オレたちだって資源が見つかったことを大喜びしてるわけじゃないさ」

 

 フラガは険しい顔で言った。

 

「オレたちは生きてるんだ。ってことは、生きるために必要なものを確保しなきゃならないだろう?」

 

 そう……ここで死ぬわけにはいかない。アークエンジェルに乗艦しているヘリオポリスの難民たちも、飢えさせてはいけなかった。

 わかっている。わかってはいるが……。あの残酷な光景が瞼にちらついて、覚悟を持てないでいる。自分の中の何かを壊す覚悟を……。

 

「グレイス一機でやりますよ」

 

 皆が押し黙る中、突然ナナが口を開いた。

 

「監視はいりません。時間がもったいないので、すぐに出ます」

「ナナ?!」

 

 思わず上ずった声が出た。

 

「キミは平気なの?!」

「あそこは……!!」

 

 他のみんなも驚いている。だが、ナナは氷のような視線を向けてきた。

 

「だったら、月本部にたどり着く前にみんなで干からびて死ぬ?」

 

 ブリッジ内の空気を切り裂くような冷たい声だった。キラたちばかりでなく、フラガやマリューたち軍人さえも息をのむような威圧感。

 

「いい加減、生きるためにやらなくちゃいけないことに気づきなよ」

 

 ナナはそう言い捨てて、ブリッジを去った。

 

 

 

 結局、キラたちも補給活動に加わることになった。

 ユニウス・セブンや、その他デブリに浮かぶ犠牲者の魂を思って、彼らは紙花を折った。せめてもの手向けとなるように。そこへ足を踏み入れる許しを得られるように。

 ただ、耳には先のナナの声がこびりついていた。感情のこもらない、いや、苛立ちえ滲ませた声だった。

 出会ったばかりの頃に感じた彼女に対する感情が、また湧き上がる。それは彼女が正体不明であることへの“不安”……などでなく、“危機感”を含む“不信感。

 トールたちもあからさまに口にはしなかったが、そんな感情を抱いているようだった。

 “仲間”という意識を持つようになった最近は、すっかり薄れていたその感情。ナナが笑うところは見たことがなかったが、少しずつ打ち解け初めていたと思っていたのに。

 キラはストライクに乗り込みながら、隣にたたずむグレイスを見た。

 彼らが花を折っている間、すでにナナは搭乗し、ブリッジとの打ち合わせを終えていた。

 

≪作業を開始してください≫

 

 アークエンジェルからの合図で、再びユニウスセブンの残骸へ足を踏み入れる。

 活動を開始する前に、そこに漂う数多の犠牲者たちの魂を少しでも慰めるため、そして生きる糧を分けてもらう許しを乞うため、カラフルな紙花をそこに手向けた。

 悲劇の空間に、花がゆっくりと舞った。

 キラは操縦桿を握り締め、その光景を見つめていた。美しくも悲しい光景。胸の奥が痛かった。

 ふと、隣に立つグレイスを見た。

 ナナは今、どんな感情でこれを見ているのか。「時間の無駄」だから、さっさと作業を開始しようと苛立っているのか。それとも何の感情も持たずに傍観しているのか。

 どっちにしろ、冷めた瞳でいるに違いない……。そう思った。

 その時、見つめていた先……グレイスのコックピットがおもむろに開かれた。

 

(……ナナ……?)

 

 そして、眼下に舞うどの花よりも鮮やかなピンク色の花が、中から踊るように滑り出た。

 

(ナナも……花を……?)

 

 小さな花を見送ると、コックピットはすぐに閉じられた。

 

≪キラ、私は左側を監視する。ストライクは右側をお願い≫

 

 直後に入った無線から聞こえた声は、先ほどと同様、冷たく響いた。

 

≪敵を捕捉したら迷わず撃ちなよ≫

 

 目にした光景と耳にした声のギャップに、キラは戸惑った。なんとなく返事をして、言われたとおりの持ち場へつく。

 ポットでの活動を行うトールたちも、ナタルの指示で持ち場へ向かった。

 

 

 それから約1時間。

 キラもナナも敵影を発見することもなく、作業は順調に進められていた。

 が……突然ストライクにアラートが鳴り響く。

 

「て、……敵……?!」

 

 キラの額に、一瞬にして冷や汗が滲む。浮遊物に身を潜めながら慎重に周囲を見回す……と、一機のモビルスーツをモニターに捕らえた。

 

「くそっ……!!」

 

 長距離強行偵察複座型ジン。こちらにはまだ気づいていない。辺りに散らばる宇宙船の残骸を、ひとつひとつ見て回っているようだった。

 

(行ってくれ……!!)

 

 キラはそのままジンが立ち去ることを祈った。向こうが気づけば、こちらを撃って来る。ここには、トールたちがいる。こちらも撃たざるを得ない。

 戦うのは嫌だ……。震える手で操縦桿を握り締め、キラは祈った。

 

 『迷ってたら、死ぬよ』

 

 前に吐き捨てられたナナの声が聞こえてきた。

 わかってはいたが、戦いたくないのは……殺したくないのは事実。たとえ護るためだったとしても。自分はナナのように割り切れてもいないし、強くもない。

 だが、キラの希望を引き裂くようにジンがこちらを向いた。そしてポッドを見つけ、ロングレンジライフルを構えた。

 

「くそっ……!!」

 

 ストライクもライフルを構える。

 そして、

 

 『撃たれる前に撃ちなよ』

 

 ナナの声を払いのけるように、キラは引き金を引いた。

 

≪ありがとう……キラ!≫

≪た、助かったぜ……!!≫

 

 ポッドからの声は聞こえなかった。

 ただジンを倒した己の手を見つめ、奪った命の重さを思って泣いた。

 

≪キラ……?! なにがあったの?!≫

 

 ナナからの通信も切った。今は、誰の声も聴きたくなかった。特に冷えた声色は……。

 その時、再びコックピットに再びアラートが鳴り響く。

 それは敵影感知の類でなく、遭難信号をキャッチした音だった。

 

 

 




2023/7/12 改訂
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