クルーゼ隊の脅威はとりあえずのところ脱したものの、他のザフト軍の襲撃を受けない保障はなかった。
が、それでもアークエンジェルに朗報が舞い込んだ。
月本部から、第8艦隊が迎えに来ているというのだ。
「オレたちさ、この艦降りられるんだよね!」
食堂にも、いつもより明るい空気が流れていた。
「きっと降りられるさ!」
「そうよ、私たち軍人じゃないんだもの!」
軍の機密“G”を目にしたことで拘束された彼らは、軍のさらなる拘束を恐れないわけでもなかった。
が、地球軍本部の計らいに希望を持っていた。
「でもさ……ナナは……残るよね?」
ひととおり、久しぶりの安堵感を味わったあと、カズイがつぶやいた。
「……きっと、残って戦うんだろうな……」
今もドックでグレイスの整備にあたるナナを思い、彼らはうなずいた。
これまで戦闘に積極的だった彼女が、「解放」されるからといってすすんで艦を降りるとは誰も考えなかった。
それに、口にする者はなかったが、彼女の姿は「戦争」に対する使命感そのものに見えた。
テストパイロットだったという経歴……それしかナナのことは知らないが、グレイスのパイロットは、彼女の生き甲斐なのではないかと思っていた。
「でも……キラは……?」
なんとなくうつむいた彼らに追い打ちをかけるように、カズイはまたつぶやく。
「キラは……降りたくても降りられないんじゃないかな……」
重い沈黙がわずかに流れた。
地球軍のMSを性能以上に扱いこなせる「コーディネーター」……そんなキラを、地球軍があっさり解放するとは思えなかった。
「……キラってやっぱりすごいよな」
それに、彼は艦のシステムにも、他の機体のシステムにも関わってきた。
どんなに職務の長い軍人より、彼のスキルは上回っていた。
それは彼らにもよくわかっていたのだ。
「……やっぱりさ、コーディネーターとオレたちって相当違うんだよな……」
彼の言葉に賛同する者はいなかったが、何か言う者もなかった。
「あんなに凄いMSも訓練無しに乗りこなして、システムも変えちゃうなんてさ……」
そして再びなんとなく重たい空気が漂ったとき、
「MSなら私も乗れるけど?」
それを張りつめさせるナナの声。
「ナナ……!?」
気まずさと緊張感が入り乱れる中、ナナは無表情のままカウンターへ行き、ドリンクをとった。
「私はナチュラルだけど、MSに乗れるよ」
彼らに背を向けて一口それを飲み終え、ナナは冷たく言った。
「そ、それは……ナナがテストパイロットだったからで……」
「た、たしかにキラみたいに戦えるけどさ……!」
取り繕うように口を開いた彼らに対し、ナナはゆったりと振り返った。
「だから、訓練すればキラと同じように乗れるってことでしょ?」
そして勢いよくドリンクをカウンターに叩きつけ、その場を去った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「できれば、本人たちの希望をかなえてやりたいとこだがねぇ……」
「ハルバートン提督なら……きっと取り計らってくれると思います」
艦長室で、フラガとマリューが今後について話し合っていた
艦隊と合流する前の、目先の警戒もそうだったが、合流後の艦の身の振り方についても不透明な部分は大半を占めていた。
彼らが最も心配するのは、やはりキラのことだった。
そして……。
「ナナは……どうするつもりなんだろうな」
「…………」
イスの背もたれに体重を預けて呟いたフラガに、マリューは答えられなかった。
正直、ナナが何を考えているのか、理解する者はこの艦にはいなかった。
この戦争に偶発的に巻き込まれた形にもかかわらず、戦闘には協力的、かつ積極的である。
同年代のキラたちよりもずっと戦局に詳しく、これまで常に冷静な判断を下してきた。
恐れも迷いもなく……時に冷酷に、まわりを突き放してきた。
それはバジルール小尉のいかにも軍人らしい態度と似ているようにも見えた。
だが……
「オレが聞いてこようか? 直接さ……」
彼女がこのままグレイスのパイロットとしてこの艦に残ることを希望している……そう決めつけるのは早計すぎる気がしていた。
「お願いしますわ、フラガ大尉」
「了解、艦長!」
フラガはおどけたふうに言い、部屋を出た。
艦内は就寝時間に入っていたため静まりかえっていた。
ドックも整備員が全員休憩に入ったため、メインの照明は落とされ、ほぼ闇が広がっていた。
「まっさか……こんなとこにはいないよなぁ……」
艦長室を出てナナの部屋へ向かったフラガだったが、途中でミリアリアに会い、ナナが部屋にはいないと告げられた。
食堂にも人影はなかったため、とりあえずドックを探しに来たところだった。
が、だだった広く静まりかえった空間ではキーボードを叩く音も聞こえそうなくらいだが、今は全くもの音が無い。
それでもフラガはフットライトを頼りに、ぼうっと闇に浮かぶグレーの機体へ向かった。
そして、その足もとに座り込む小さな体を発見した。
「……ナナ……?」
片手に難しいシステムの計算式が羅列されているテキストボード、片手に電源が入ったままのPCを持ったまま、グレイスの足に寄りかかって眠っている。
抑えられた照明のおかげで、ナナの顔色はずいぶん悪いように見えた。
「おーい、ナナ……」
起こそうとして伸ばした手を止める。
彼はしばしためらった。
今ナナを起こせば、その手に余している作業を再開するはずである。
だとしたら……。
「どーなるかわからんが……今のうちに休んどけよ」
フラガは自分の機体から救命用バッグの毛布を持ち出し、ナナにかけた。
「しかしお前……『何』にそんなに必死なんだろうな……」
困ったように微笑し、彼はドックを静かに去った。