クルーには安堵の笑みがもれ、避難民はようやく安全な場所へ移ることに喜んだ。
トールたちには、バジルール中尉から除隊許可証が手渡されていた。
便宜上、ヘリオポリス崩壊前からの入隊が記録されている。
これでやっと、もとの生活に戻れる……と思った矢先に、フレイが『志願』を名乗り出た。
揺れる彼らの心……。
その頃、ナナは自身の決意を、マリューとフラガに語っていた。
「残って戦ってくれるのは心強いけど……本当にそれでいいの?」
「グレイスの操縦をしちゃったとはいえ、提督のご厚意で何事もなく艦を降りられるんだぜ?」
ナナは二人に笑って見せた。
「このまま降りたんじゃ、“何のため”に戦ったのかわからなくなりますから」
その言葉の意味を理解しかね、マリューとフラガは顔を見合わせた。
「私はただ勝つために戦ってきたんじゃなく、戦争を終わらせるために戦ってきたんです」
いつになく控え目な視線で、強い言葉をナナは吐く。
「……今はまだ、生き延びるのに必死で、艦を守ることさえ満足にいかないけど……」
息をのむ……それくらい緊張して、マリューはナナを見つめていた。
ナナの次の言葉に、半ば希望の光でも見出すように。
「でも、私はこんな戦争は終わらせたいから……そのためには、今はどうしても力が必要だし、戦争から離れちゃいけないんです」
「力って……グレイスの力……?」
思わず聞き返したマリューにナナは曖昧に笑って答えた。
「自分の目的のために、アークエンジェルとグレイスを利用しているみたいですよね……?」
大人びた笑みだった。
「でも私、地球軍のためにザフトと戦うんじゃなく、戦争を終わらせるために“本当の敵”と戦っていきたいんです」
そのまま受け取れば、屁理屈ともとれそうな子供じみた言葉。
だが、マリューもフラガも、皮肉のひとつも出なかった。
ナナの瞳があまりにまっすぐで、強い光を宿していたから……。
「アークエンジェルなら、それが叶うかもしれない……そんな気がするから、残りたいんです」
「なんで……そんな気がするんだ?」
黙って聞いていたフラガが口を開く。
ナナは彼に向きなおり、ちゃかすように答えた。
「だってこの艦、孤立無援だったおかげで、ずいぶんと『自分の意志』で動いてきたでしょ?」
それ以上、マリューは何も言わなかった。
それがナナの「評価」なのか「皮肉」なのかわかりかねた。
だが、ナナはそれをも察したように言う。
「敵を倒すのが楽しくて、勝つのが嬉しくて戦争をしている軍人がどれだけいるのか、私は知らないけど……少なくともこの艦に、そんな意志は働いていないから」
二人の頭の隅に、アルテミスで向けられた銃口が浮かぶ。
「ラミアス艦長もフラガ大尉も、そんな軍人じゃないから」
ナナは自然にそう言いきった。
まっすぐに見つめられ、士官二人は言葉を失くした。
この場に最も強い意志で臨んでいるのはどちらか……ひしひしと感じた。
「というわけで、これからもよろしくお願いします」
ナナは大げさに深々と頭を下げ、二人に背を向けた。
「私、キラと話して来ます。彼にはどうしても、艦を降りてもらわないと」
最後に見せた笑顔の中に、かすかな陰を見出して、残された二人は複雑ため息を洩らした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「キラ……」
誰もいないドックで、キラはストライクを眺めていた。
「ナナ……」
出会った頃と同じ姿のキラは、不安げに瞳を揺らしていた。
それでも、無重力の空間を飛んでくるナナを、彼は受け止めた。
「ナナ……君は……」
「私は残るよ」
キラは目を伏せた。
「……そっか……」
トリィが彼の肩で、いぶかしげに首を振る。
「ナナ……僕は……」
「ハルバートン提督に何て言われたの?」
「え……?」
「話してたんでしょ? 今まで」
ナナは彼の歯切れの悪い言葉尻をすくうように言う。
「あ……うん……」
キラはうつむいたまま、ハルバートンの言葉を伝えた。
「覚悟もない軍人なんて、役立たずだってさ……」
「そっか……」
ナナは小さく笑った。
そして、まるで小さな子供のように佇むキラに言った。
「キラは艦を降りなよ」
「……ナナ……?」
何の曇りもない声に、キラは初めて彼女の瞳を見る。
「今まで……ごめんね」
まっすぐに、ナナはそれに応えた。
「キラを一番傷つけてたのは私だって、わかってたのに」
「そんなこと……」
ナナは逆に戸惑うキラから、ストライクへ視線を移した。
「これは……キラには似合わない力だったよね」
そして溜息のようにつぶやく。
キラもストライクを見上げた。
「無理にそれを押し付けたのに、護ってくれてありがとう」
言った瞬間、トリィが羽ばたき、二人の頭上を旋回してナナの肩に止まった。
「私はこんな生き方しかできないから、これからも戦うけど……」
そのくちばしに手を添えて、ナナは言う。
「キラは……キラらしく生きてね」
トリィは彼女の指先をつついて鳴いた。
キラに言葉はなかった。
それでいいと、ナナは思った。
キラが自分をどう思っているのかなんて、知っている。
だから、
「ほんとに……ごめんね」
ナナはそう言って、弱く笑った。
別れを悟ったかのように、トリィは再び旋回し、キラの肩に帰った。
ナナはそれを見届けて彼らに背を向けた。
「戦争が終わったら……また逢えたらいいね」
ナナはキラの言葉を待たず、漂うように去った。