ハルバートンの指揮する第8艦隊は、この降下作戦を見届ける陣をとった。
が、その準備も半ばで鳴り響く警報。
ザフトが攻撃を仕掛けてきたのだ。
ナナは急ぎ、ロッカールームでパイロットスーツに着替えた。
ヘルメットを手に、一度だけ深く息を吐く。
キラはもういない。
それでも、戦わねばならなかった。
「これじゃあ、第8艦隊ももたないですよ!」
ドックのモニターで戦況を見守るナナは、フラガに言った。
戦渦は激しくなるものの、アークエンジェルには未だ戦闘命令が出ていなかった。
そればかりか、この戦闘のさなかアークエンジェルは降下シークエンスに入ると、ブリッジから告げられる。
あくまでアークエンジェルと“G”を地球へ降ろす……なみなみならぬハルバートンの意志が働いていた。
「くそっ……」
それを知るフラガは、モニターにこぶしを叩きつける。
その時……。
「とにかく、すぐに出られるようにしておきます」
ここに聞こえるはずのない声が響いた。
「まだ、第一戦闘配備でしょ?」
「彼」はゆっくりと空間を漂い、ストライクへ向かって行く。
「……キラ……?!」
ナナは目を見開いた。
艦を去ったはずのキラが、パイロットスーツを着てストライクに乗り込もうとしている。
「キラ!!」
ナナは怒りに滲む声で叫んだ。
そして、彼の元へ飛んでいく。
「なんで戻って来たの?!」
彼女の握られたこぶしは小刻みに震えていた。
「……ナナ……?」
「なんで戻って来ちゃったの?!!」
彼を責めるようにナナは問う。
「ナナ……」
今までとは逆の立場だった。
肩を震わすナナと、静かに見つめるキラ。
キラは初めてナナに対して穏やかな表情を浮かべ、言った。
「僕も……戦うよ」
ナナはそれで、喜ぶはずはなかった。
絶望で顔を歪めながら、歯を食いしばった。
「僕も一緒に……戦うから……」
慰めるようにキラは言い、細い腕に手をおく。
ナナはうついむたまま、小さく首を振った。
その失望にゆがむ顔の本当の意味など、キラにもそこに居合わせた者にもわからなかった。
が、キラはすべてを諦めたように目を伏せるナナの体を、そっとグレイスの方へ押しやった。
5分後、マリューは限界点までの間、MSおよびMAの出動を決断した。
誰もがキラの再来に絶句した。
が、それぞれの思いを口にしている暇はなかった。
ナナも、絶望に染まった心で戦わねばならなかった。
「ナナ・イズミ……グレイス、発進します!!」
発進と同時に、機体は大きくブレた。
地球の重力の影響を受け、バランスをとるのが困難な状況になっていた。
大気圏に近づくと、それはさらに危険な状態になる。
機体自身が、大気圏内で耐えられるという保証もなかった。
すでに今、コックピット内にかかる圧力は、ナナの身体の自由を奪っている。
「……マニュアルなら……単体でも降りられるけど……」
素早くコックピット内の装置を操作し、ナナは機体を立て直した。
ストライクもバランスを取り戻している。
が、無論、それだけで安心している場合ではなかった。
艦隊の防衛線を突破したデュエルとバスターが、二機に向かって来たのだ。
≪いいか! タイムリミットは15分だ! それまで堪えろ!!≫
アークエンジェルからの通信も、雑音がひどく聞き取りにくくなっていた。
ナナは懸命に機体のボディバランスを保ちつつ応戦する。
地球降下への限界点まで、アークエンジェルにザフトを近づけさせないこと。
それが今の役割だった。
大気圏突入の限界点まで無事にもてば、ザフトも追撃を断念せざるを得ない。
しかしすでに艦隊は戦列を乱され、戦闘不能になった戦艦から脱出したシャトルがいくつも排出されている。
イージス、ブリッツは、それらを尻目にこちらへ向かって来ようとする。
ナナはちらりとストライクを見やり、二機へ構える。
が、グレイスの脇を脱出したシャトルが通り過ぎたとき、遥か向こうのナスカ級から放たれた主砲がシャトルを貫いた。
「ぐっ…………!!!」
爆発とともに、跡形もなく消え去る脱出兵。
爆風で大きく吹き飛ばされながら、ナナは歯を喰いしばった。
ザフトは……すくなくとも「ラウ・ル・クルーゼ」は、容赦なくこちらを叩きのめすつもりだ。
状況はどうみても、地球軍の劣勢だった。
これだけの艦隊をもってしても、たったひとつの戦艦の護衛すらままならない。
それほどのザフトの攻撃力と執念をひしひしと感じる。
が、ここで死ぬわけにはいかなかった。
離脱中の兵を殺すような者に負けるわけにはいかなかった。
なんとか……あと2分。
あと2分逃げ切れば、ザフトはもうアークエンジェルを追えなくなる。
ナナは満足にいかない呼吸を無理やり整え、迫り来るバスターにライフルを向けた。
「こんなところまで追って来て……! アンタも無事じゃすまないのに!」
打ち合う光が、地球の重力で歪み合った。
すでにイージスとブリッツは進撃を断念し、ナスカ級に帰投し始めた。
なんとかストライクとグレイスで、執念深く攻撃してくるデュエルとバスターを遠ざけねばならない。
ナナは懸命に操縦桿を握った。
スーツの下で、身体は汗ばむどころか、干からびたように水分を失っていく。
中・遠距離型のバスターに対し、グレイスは近距離戦闘用の機体だ。
優位に戦闘を繰り広げるには、バスターとの距離を詰めねばならない。
が、機体の自由が利かないこの場面では、のろくさ動いているうちにバスターのライフルに攻撃されてしまう。
アークエンジェルが降下シークエンス“フェイズ3”に入るまで、バスターを引きつけておくことが精いっぱいだった。
≪ナナ! キラ!! 限界点まであと1分よ!!≫
ミリアリアが不安げに叫ぶ。
その声も、雑音でほとんど聞こえない。
「くっ……」
ちらりとアークエンジェルの位置を確認したスキに、バスターのビームが機体をかすめる。
グレイスの手から、ライフルがもぎ取られた。
「限界かっ……!!!」
離脱を選択しようとしたその時……。
グレイスは再び爆風によって吹き飛ばされる。
それは、ハルバートンの乗る戦艦メネラオスの散る姿であった。
「……そんなっ…………!!」
艦隊を指揮する主戦艦の破壊。
防衛戦は完全に地球軍の大敗であった。
だが、それで終わりではなかった。
アークエンジェルは今も降下を続け、ザフトはまだ追って来る。
グレイスの脇を、再びバスターの火が襲った。
今度は機体を直撃する。
グレイスは左翼をもぎ取られ、大きくバランスを失った。
「……いい加減っ……!!」
その時、ナナの中で何かが弾けた。
彼女の手は何の迷いもなく、残った右翼を自ら切り離す。
そしてグレイスのスラスターを全開にし機体を立て直した。
エネルギー残量のことなど頭から消えていた。
そして、目の前の「敵」に向かい、背のソードを抜く。
「アンタもただじゃすまないでしょっ?!!」
フルパワーでエンジンをふかし、グレイスはあっという間にバスターとの距離を縮め、機体の身の丈ほどもあるライフルを真っ二つに破壊した。
続けざま、蹴り飛ばす。
バスターは重力に引かれ、地球に向けて落ちていく。
「キラっ……!!!」
その方向には、デュエルと対峙するストライクの姿があった。
限界点はとっくに超えている。
一刻も早くアークエンジェルに戻らねば、いくら“G”とて危険だった。
それはザフトの“G”も同じこと。
なのにデュエルは、執拗にストライクに迫る。
「キラ……!!!」
何とかデュエルの攻撃を交わしてアークエンジェルへ……そう言おうとして、声が出なかった。
いつの間にかコクピット内にはアラートが鳴り響き、ナナの肺は押しつぶされそうなほど圧力を受けている。
操縦桿は焼けるように熱かった。
(キラ……!!)
それでもナナは、壊れたグレイスでストライクの援護に向かった。
その機体の状態では、アークエンジェルのところまで行ける推力はないかもしれない。
かといって、マニュアルでは可能と言われつつも、単体で大気圏を突破できるという保証もない。
が、ナナの頭にそんな計算は微塵もなかった。
ただ、ストライクを……キラを護らねば……。
それに必死になっているだけだった。
異常なまでに執拗に攻撃を仕掛けるデュエル。
ストライクがそれから逃れるスキを見せない。
かといって、グレイスにはその場から援護する装備はもう無かった。
駆けつける推力も失いつつある。
「キラ!!!」
何とか、デュエルの注意を分散させるだけでも……そう思って二機の間に割って入ろうとしたその時、デュエルのライフルがストライクにまっすぐ向けられた。
ストライクには、それを防ぐべき盾はもう無い。
大気圏の衝撃が、機体の自由をも奪うここでは、避けることも困難になりつつある。
撃たれる…………
ナナがキラに手を伸ばした時、グレイスではなく、一機のシャトルがデュエルとストライクの間に割って入った。
(あれは…………)
メネラオスのシャトル……ということは、艦隊と合流前にアークエンジェルに乗っていた避難民のシャトルであった。
が、無論それを知らぬデュエルは、離脱兵と思うはずだった。
(待って……そのシャトルには……!!)
そんな声が届くはずもなく、デュエルから放たれた火はシャトルの真ん中を貫いた。
吹き飛ばされる、ストライクとグレイス。
彼らにアークエンジェルからの声はもう届かなかった。
ナナはアラートが鳴りやまぬコックピットで、アークエンジェルとストライクの位置をモニターに映す。
が、彼女自身はとても静かな状態だった。
今は、自分の呼吸音しか聞こえない。
機体が受ける衝撃も、身体には感じなかった。
ただ、疲れていた。
限界まで全力疾走をした後のように、身体が重かった。
腕を動かし、ボタンの一つを押すのも億劫だった。
彼女の頭も正常には動かない。
ぼんやりとした状況のなか、なんとかマニュアルどおり大気圏突入のシステムを開始する。
(キラ…………)
もう、彼を救いに行く力はナナにもグレイスにもなかった。
彼が同様のシステムを記憶していることと、ストライクがそれに耐え得る機体であることを祈ることしかできなかった。
しかし、グレイスの状態はシステム開始以前となんら変わりなかった。
降下速度も、コックピット内の温度上昇も、歯止めない。
ナナの視界は奪われ始めた。
モニターの片隅に、ストライクがようやく機体バランスを立て直したのが見えた。
(よかった…………)
どうか、ストライクにはまだキラを護る力があるように……ナナはまた祈った。
そして自嘲気味に笑った。
(役にたたないマニュアルつくりやがって……
ストライクの向こうに、蒼く光る地球があった。
美しい惑星を眺め、ナナは目を閉じた。
(……あそこを……護りたかったな……)
そう思って力を抜くと、ずいぶん楽になった気がした。