ほんの数刻前……。ナナはひとり、港を“見学”していた。観光船や連絡船が泊まる港である。人が大勢いたからひとりになるのは容易かった。
が、密かな目的を達する前にそれは起きた。
突然、港が大きく揺れたのだ。天井は落ち、壁は剥がれ、地も割れた。鳴り響く警報の中で人々はパニックになり、右往左往と走り回った。
(爆発……。攻撃……?!)
一瞬だけ迷った。あの人ごみにのまれて同行者を探すか、すぐさま身の安全を確保するか……それとも目的を達成するか。
(これが事故じゃないのなら……)
予感があった。だからこのヘリオポリスまで来たのだ。この目で確かめなければならないことがあった。
逃げ惑う人が肩をぶつけて去って行った。すでに港から避難するようアナウンスがかかっている。
(ごめん……!)
選んだのは“目的”。瞬間、走った。人々が逃げる方とは反対に。
爆発が事故ではなく攻撃だったとしたら……相手はザフトだ。ナナには断言できた。港は損壊したが直撃ではない。どこか別の場所が狙われた。それは、おそらく……。
ナナは立ち入り禁止と書かれたドアを開けた。爆発が起きた方へ向かって進んでいく。“秘密の軍港”の場所はだいたい検討がついていた。
誰にも咎められることなく、そこへ辿り着いた。やはりそこは先の爆破によって大破していた。すでに重力装置は稼働していない。
が、堂々と停泊している真新しい戦艦があった。港が破壊されるほどの爆撃を浴びながら、ほぼ無傷の状態でそこにいる。
(あれだ……)
予測が半分的中した。それに対する喜びはなく、どうしようもない怒りがパチンと弾けた。
が、それを押し殺した。まだ確かめなければならないことは半分残っている。
感情を押し殺して周囲を見回した。普段は活気に溢れているはずの港が、今は異様な空気に包まれている。予備照明で薄暗いが、船外にいて被害を受けた乗員が大勢いるように見えた。
彼らを救助する者たちの中、数名の軍服を着た人間が艦へ入っていくのが目に留まった。浮遊する死体や瓦礫を避けながら、ナナもまたそっと艦へと足を踏み入れた。
(あれ以来、港への攻撃は無し……。じゃあ、あの爆破は陽動ってことか……)
電気系統すら満足に作動していない艦内を、ナナは冷静に思考しながら奥へ進む。無重力状態でもボディバランスを保つことは造作もなかった。
すぐに艦内のドックへとたどり着いた。通路の手すりから身を乗り出して様子をうかがう。機体のパーツや機具等が散乱しているが、攻撃によるものではないことがわかった。新造艦ゆえ、片付けが済んでいないのだ。その周りを作業着姿の整備兵らが右往左往と動き回っているが、こちらは先ほどの攻撃による混乱のようだ。「この艦が攻撃を受けたのか?」とか、「まさかこの状態で出撃するのか?」とか、「落ち着け」とか……怒号ともとれる声が飛び交っている。
が、ナナにとってこの混乱は好都合だった。
「あった……“G”だ……」
モスグリーンのシートからグレイの機体が垣間見えた。真新しいシートに覆われていても見間違えるはずはない。いまだ初動を知らぬそれは、この惨事にも静かに横たえられているだけだった。
予測は全て当たった。その結果を噛みしめる。確かめてその後どうしようかは具体的に考えてはいなかった。ただ自分の目で確かめたかった。そしてまず話をして、理由を……。
「そっちはいいから次の攻撃に備えろ!」
誰かの怒声が耳を劈いた。
(次の攻撃……)
ここへ来た目的は達した。だが、それで終わりではない。今はもう、何かに巻き込まれてしまったのだ。さすがにこの事態は予想していなかった。が、だからといって泣きわめいても仕方がない。突っ立っていても無意味。
このままシェルターへ……そう考えながら“G”を見た。
(1機だけ……)
ここに横たわるのは1機の“G”だけ。だがナナは知っていた。この機体には“兄弟”がいるのだ。
「出撃する可能性がある。急いで準備しろ!」
「しゅ、出撃って……。艦長たちは……」
「し、指令ブースは吹き飛ばされたそうです……」
「それでも出るんだよ! ここにいたってやられそうな時にはな!」
はっぱをかけているのは作業着を来た整備クルーのようだ。ナナの意思は彼の言葉に同調した。
「ナンバー……X100系統機ならいいんだけど……」
ナナは機体に近づいた。整備兵たちにはこちらに注意を払う余裕は無いようである。誰にも気づかれることなく、ナナはシートの下へと潜り込んだ。そしてコックピットへと……。
「ラッキー。X101……『グレイス』だ……!」
うっすらと額に汗が滲んだ。
「……よし、いける……」
コックピット内の装置と持参した“メモ”を照らし合わせる。
「やっぱ、このデータで正解だったみたい……」
ナナは無理やり口の端を上げた。いつもどおりに。
持参したメモ……それには“Xナンバー”のデータがびっしりと書かれている。それを頼りに『グレイス』を起動させた。
「動いた……」
その巨体の突然の動きに、ようやくドックの整備兵たちが気づいた。
「なっ……グレイスが動いたぞっ……?!」
「一体誰がっ……!!」
「アレのパイロットは全員下船して司令ブースにいたはず……」
「誰かが戻って来たのか?」
「いや、司令ブースはさっきので木っ端微塵にされちまったはずだ。奴らも無事なわけがねぇっ!」
「じゃあ……誰が……?!」
混乱のうえに訪れたさらなる混乱。そのさ中でグレイスはゆっくりと立ち上がった。
深呼吸して操縦桿を握り直す。決意が固まったことを確認して、口を開いた。
≪ハッチを開けて≫
外部スピーカーから聞こるナナの声に、口々に動揺を発していた整備兵たちが一瞬にして黙った。
≪残りの5機を見てくる≫
ナナはできるだけ静かに意思を告げた。
と……。
「ハッチ開けろっ! 誰だか知らねーがどうやら味方らしいからな!!」
整備兵の頭らしき男がそう叫んだ。
疑惑渦巻く中ハッチは開放され、グレイスは瓦礫が散乱する港へと飛び立った。
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わりとあっさりザフトを退けられたのは運がよかった。そう思っている。いきなりジン3機は想定外だった。グレイスの不完全な装備ではいくら自分でも厳しい戦いになると思った。グレイスとストライクの反撃は、向こうにとっても想定外だったのだろう。
この思いがけぬ初陣でグレイスは無傷だった。そしてストライクも。自分も、ストライクに乗っていた人も、彼らの友人たちも。
死線を切り抜けた後は、皆で“G”の必要パーツの運び出しに取りかかっていた。もちろん唯一の軍人であるマリューの指示である。彼女の銃にはいささか腹が立ったが、従わざるを得ない状況ではあった。工場区はすでに爆撃による崩壊状態で作業が難航していたため、ナナがグレイスを操縦し、トレーラーにパーツを乗せたり瓦礫をどけて道を作ったりと働いた。
やがてそれらの仕事を終え、ナナはグレイスを降りた。
キラがこちらをずっと見ているのがわかった。彼だけではなかった。サイもトールもマリューも皆、ナナの一挙一動を盗み見ていた。
が、気にすることはなかった。今まで誰かの視線を気にしたことなどない。というより、今気になっているのはただ一人のこと。港で別れた人のことが気がかりで仕方がなかった。
今はどうにかこの場をやり過ごさなければ……。いや、やり過ごせば良いという生ぬるい現実ではないだろう。すでに「生き延びなければ」と言って良い程の事態になっていると直感していた。
「無線は? 通じないの?」
そんな感覚を押し込め、ストライクの足元に立ち尽くすキラの元へ歩み寄った。
「あ……うん。電波妨害されてるみたいで……」
「まだ妨害されてる……ってことは、やっぱりザフトは今もその辺をウロウロしてるんじゃない?」
ナナはストライクを見上げた。フェイズシフト装甲が落とされグレイの機体ではあるが、威厳に満ちて美しく見える。
「君は……」
そんなことを思っていると、不意にキラが声を発した。
ナナは彼を見た。怯えている。彼が今持て余すのは戸惑いでなく怯えだ。突然人生が狂ってしまった現実と目の当たりにした“敵”に対してだけでなく、目の前に立つ自分への……。
「君は……もしかして……」
躊躇いがちな言葉に全てを察した。
「……キラは?」
逆にナナが尋ねた。会って間もない彼の言葉を察してしまったことがなんだか可笑しくて、少し笑った。
キラは場違いな笑みにかすかに驚いたが、一息ついて答えた。
「ぼ、僕は……コーディネイターだよ……」
そう、やはり。彼はコーディネイターだった。彼がそうであることは、ストライクがアーマーシュナイダーを引き抜いた瞬間に確信していた。
「キミ……も……?」
キラは再び問う。ナナはゆっくりと首を振った。
「……私はナチュラルだよ……」
その答えに、キラは両目を見開いた。当然のリアクションだ。こんな成りで『グレイス』を自在に乗りこなす様を見れば、自分と同じコーディネイターであると思うのは当然だろう。
「キラは……ストライクのOS、書き換えたの?」
彼が次の問いを選んでいるうち、今度はナナから聞いた。
「う……うん……」
「だよね、あんなんでスムーズに動けって方が無理だもん」
実際、ストライクの咄嗟の動きは見事だった。まるで何千回もあの機体に乗り続けてきた熟練のパイロットのような身のこなしだった。少し、嫉妬するほどに……。
「君も……OSを……?」
首をもたげようとした感情を抑える間に、キラがおそるおそる尋ねた。
「まさか。そんなのとっさになんて無理だよ」
誤魔化すように前髪をかき上げながら、なるべくさらりと聞こえるように言う。
「ただ、あのOSでの操縦法を“知ってた”だけ」
その先の答えを彼は求めるはずだった。自分に怯えているのは明らかだが、疑問は抱え切れるほど小さくはないだろう。
どこまで話すべきなのか……正直ナナにもわからなかった。
こんな“事情”は知らない方が良い。だが、それを隠して切り抜けられるのだろうか。この現状は。
だが、キラが次の問いをぶつけて来る前に、上空……いや、上方の地表から爆音が響いた。
見上げると、破壊された地表から一機の白いジンと、それを追うようにオレンジ色のモビルアーマーが侵入してきた。
「みんな伏せて!!」
マリューが叫ぶと同時に、モビルアーマーの攻撃をかわしたジンがこちらに向かって発砲してきた。
ジンはザフトの機体だ。“忘れ物”を発見したのだろう。盗み損ねたストライクとグレイスを……。
「ナナ!」
一瞬にしてそんな予測を立てたとき、キラがナナに覆い被さった。二人して地面に伏せる。少し遠くから爆撃の音が聞こえていた。
そして今度は港からの爆音とともに、巨大な戦艦が姿を現した。
「……ふ、船が……」
「キラ」
悠然と現れた戦艦の姿を見留め、キラを見上げた。真っ青な顔をしている。完全に混乱しているのだ。それでも彼は……。
「ありがと」
「え……?」
「キラはやさしいね」
「…………」
ナナはキラの身体の下で身を起こした。大丈夫、力が入る。こんな状況でも嬉しかった。キラがこうして守ってくれたのが。
「キラ」
彼を死なせるわけにはいかないと強く思った。
だから。
「……ストライクにパワーパックを装着して。グレイスの装備はあの艦(ふね)に運ばれちゃってるから援護しかできない」
アークエンジェルと撃ち合うジンを睨みながら言った。冷たく聞こえても仕方がない。今は怯える彼の細胞を動かさねばならなかった。
「え……う、うん……」
互いの息がかかる距離で二人はもう一度だけ瞳を合わせた。そしてすぐさまナナはグレイスのコックピットへ駆けた。
キラが戸惑いながらもストライクのコックピットへと上がるのをモニターで確認したとき、小さなため息が出た。
2023/07/12 改訂