戦慄の宇宙(そら)の果て   作:亜空@UZUHA

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第2章 砂漠編
残景


「ナナ、新システムの開発がやっと形になったんだ。今日は朝からシミュレーターでテストしなさい」

「……わかりました……」

 

 朝食を食べ終えるなり、父親がナナに言った。

 ナナは無表情のまま、そう答えて食器を下げた。

 

「じゃあ、幼年学校には連絡を……」

 

 逆に怯えた顔で言ったのは、ナナの母親だった。

 

「幼年学校での勉強など……、『研究所』で誰かが教えた方がよっぽど質が高い。いっそ辞めさせるか……」

「ですが、この間入学したばかりで……」

 

 神経質そうにメガネをずり上げ、父親は母親を一喝する。

 

「国のための研究・開発に携わる方が、学校なんぞの勉強よりずっとためになるだろう!」

「は、はい……」

「自分の子供が最新型のMSの開発に役立っていることに、もっと誇りを持ちなさい!!」

 

 ナナは二人のやり取りを冷めた瞳で眺めていた。

 

 ここ数年、これの繰り返しだった。

 初めは母親にしがみつき泣いていたナナも、そんな行為も無駄と知ってから、父親の言葉に従うようになった。

 母に助けを求めたところで、事態は何の変化もないことに気づいたから。

 父親の意見は絶対で、母親はそれに従うことで自分自身を守っている。

 それからは、こんな時は何の感情も持たなくなっている。

 

「先に行ってるよ、父さん」

 

 二人を尻目に、ナナは研究所へ向かった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 モルゲンレーテ本社の、最新型モビルスーツ開発研究所。

 ナナの父はそこの所長であり、主要な開発者であった。

 

 3歳と5ヶ月。

 

 ナナが初めてシミュレーターに乗ったのは、そんな小さな頃である。

 ゲーム感覚で始めたそれが、いつのまにかシミュレーションとなり、気づけばテストパイロットと呼ばれていた。

 もの心ついてから関わっているだけに、ナナの操縦技術は軍で正規の訓練を受けた者と対等、いや、時にはそれ以上であった。

 幼稚園や学校……当然、行く機会は普通の子供より極端に少なかった。

 そこで学ぶようないわゆる「勉強」は、むしろ研究所内にいた技術者が詳しかったから、そういった面では不自由なかった。

 が、周囲の子供は彼女を恐れた。

 おそらく、彼女の父親の職業を知る大人たちがいろいろと噂しているのを、子供らは聞いたのだろう。

 「戦争」に関わる野蛮なことを、幼稚園や学校を休んでまでさせられている。

 恐れは壁をつくり、ナナは常に孤独だった。

 

 

 その日も淡々と「任務」をこなし、満足いくデータを父や他の技術者たちにくれてやってから、ナナは自宅に戻った。

 すでに日は暮れていたが、今ならまだ夕食に間に合う時間帯だ。

 久しぶりに母と食事がとれる、そうしたらその時に「自分は大丈夫」とまた安心させてやらねば……、そんな大人びたことを思って玄関のドアを開けた。

 すると、ちょうどそこには母親が立っていた。

 そしてもう一人、知らない男が居た。

 二人の脇には、見覚えのあるスーツケース。

 

「……かあさん……?」

 

 母親は、蒼白の顔でナナを見下ろしていた。

 見知らぬ男は、戸惑いの表情でナナと母親を見比べていた。

 

「さ、先に行って」

 

 ややあって、母親が男に言った。

 男はスーツケースを手に、去って行った。

 

「かあさん、どっか行くの?」

 

 ナナにはもう、予感はあった。

 が、子供らしくそう尋ねる。

 

「ごめんね……ナナ」

 

 涙を浮かべて母はナナの肩に手を置く。

 その瞳を見ても、ナナは泣きたくなどならなかった。

 

「お母さんはもう、限界なのよ」

 

 ナナは黙っていた。

 知っている。このヒトは今日までよく頑張った。

 

 そんな冷めた心で。

 

「お父さんと、仲良くね」

 

 流れた涙も、娘でなく自分自身の今までに対するもの。

 それも知っている。

 

 特に言うべき言葉は見つからなかった。

 動揺していたわけでなく、ただ本当に母親に伝える言葉がなかった。

 

「それ、ちょうだい」

 

 だからナナは、母親の首飾りを指さして言った。

 母親の家系に伝わるという、蒼い守り石。

 

 母親は少し迷って、古びたそれをナナの首にかけた。

 

「さようなら……」

 

 走り去る後姿を、ナナは振り返りもしなかった。

 ただ、蒼い石をみつめていた。

 それから、ひとつだけ小さくため息をつき、灯りのない食堂へ向かった。

 追いかける気はさらさら無かった。

 連れて行って欲しいとも思わなかった。

 

 いつかこんな日が来ることを、ナナは小さいながらも予測していた。

 母親のやさしさには感謝している。

 いつも自分を気遣ってくれた。

 が、護ってくれたことは一度もなかった。

 彼女は夫に怯え、さらには幼いながらもMSのシミュレーターを乗りこなす娘にも怯えていた。

 極端に「戦争」に関わるものを嫌うこと。それは中立国の母親に共通した思考だった。

 が、ナナはすでにそんな感情だけでは何も護れないことを知っていた。

 避けることは楽でも、護ることはできない。

 力に目をそむけているばかりでは、真実もまた遠ざかる。

 

 母との別離で、それをさらに強く実感した。

 

 やっと7つになる年の春だった。

 

 

 

 

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