「はい、これで熱を測って」
「はーい」
医務室で、ナナはおとなしく医師の診察を受けていた。
昨日の様子を案じたフラガが、外出禁止の命令を下したのだ。
ナナは医師の目を盗み、ポケットに忍ばせておいたクーラーシートに体温計をつける。
肩に止まっていたトリィが鳴いたが、医師は彼女を振り返らなかった。
「はい、測れました」
何食わぬ顔で渡すと、医師はカルテにそれを書き込んだ。
「37度5分……まだ高いほうだな」
「微熱でもないですよ」
「とにかく、あれだけのダメージを受けたんだ。まだ外出許可は下せないな」
「……え……」
医師は断固としてそう言った。
「顔色もすぐれないようだし……右手の火傷はともかく、内臓器官はまだ弱っているからね。今日はせっかくの休息日だ。整備も止めておとなしくしていなさい」
「でも……」
「君はあのコーディネーターの少年とは違うんだ。同じようにとはいかないだろう……」
「…………」
ナナは医務室を出るなり腹をさすった。
トリィがそれを覗き込むように首を動かす。
確かに、どんなに誤魔化してもあの降下作戦からこっち、体調はなかなか回復しなかった。
砂漠の気候のせいもある。
普段なら適応できるだろうが、今は数分外に出ればめまいがした。
だが、休んでいる暇はなかった。
グレイスは修理にまだ数日かかるという。
その間にザフトと交戦することになれば、スカイグラスパーで出動するつもりだった。
だから、少しでも早くあの新型
それに……。
「ミリアリア……?」
艦のゲートから外に出ようとしたミリアリアが、やたらと周囲を伺っていた。
「あ、ナナ……」
「どうしたの? キョロキョロして……」
尋ねると、ミリアリアは不安げに笑った。
「なんとなく、キラがいないと……」
そう、今、キラは不在だった。
カガリの護衛という名目で、数キロ離れた街へ物資の調達に行っているのだ。
彼のトリィが、何故かナナの肩で留守番をしいる。
「大丈夫だよ。トラが来たら私が退治してあげるから」
ナナがいつになく陽気に言うと、ミリアリアは意外にも彼女の体調を気遣った。
「だってナナ、本当はまだ安静にしてなきゃいけないんでしょう?」
一瞬、返す言葉を見失う。
「無理しちゃだめよ。艦はみんなでなんとかするから。……まあ、いざとなったら助けてもらうかもしれないけど」
ミリアリアは笑った。
それがナナにとって、何故か新鮮だった。
「ほら、今日こそはちゃんと部屋で休んでなさいよ。フラガ少佐に言われたでしょ?」
「え……あ、うん」
曖昧に答え、ナナは言われるがまま部屋に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
久しぶりによく眠った。
といっても、時計を見ると1時間ほどしか経っていなかった。
軍服を着なおし、ぼーっとした頭を覚まそうと伸びをする。
「カガリとキラ……帰って来たかな……」
トリィが部屋を旋回し、ナナが差し出した指に止まる。
「おみやげ、あるといいね」
彼に言い、ナナはブリッジへ向かった。
「戻らない……?!」
ナナがブリッジに入ったのは、キサカから「カガリ、キラの二人が集合場所に戻らない」という連絡が入った直後だった。
「バジルール中尉に向かってもらってるわ」
マリューが不安げに伝えるが、ナナはすでにブリッジを出ようとしながら言った。
「私、スカイグラスパーで待機します」
それをマリューは慌てて止めた。
「だめよ!! あなたはまだ戦闘機に乗れるような身体じゃないって、さっき医師から連絡が……」
「戦闘すると決まったわけじゃないでしょう……?」
しかし、ナナは毅然と言う。
胃に痛みを感じていたが、さすろうとする手を押しとどめた。
「偵察とか、通常の飛行なら問題ありません。自分の身体は自分が一番わかってますから」
そして余裕たっぷりに笑って見せた。
が、マリューの顔を見る限り、それがうまくいったかどうかはわからなかった。
ナナはドックへ走った。
胃の痛みでつまずきそうになったが、何とかこらえて走った。
不安がよぎる。
キラもカガリも、失いたくなかった。
が、ドックは別の理由で、異様な雰囲気に包まれていた。
「何があったの?!」
立ち尽くすミリアリアとトールに尋ねる。
が、彼らの答えを聞かずとも、何が起こっているかがわかった。
主のいないはずのストライクが、不器用に歩き始めていたのだ。
「誰だー!!」
マードックが叫んでも、ストライクはもがくようにハッチへ向かおうとする。
「さっき、サイってヤツがウロウロしてるのを見かけましたけど……」
整備士の一人が、そう言った。
「サイが……?!」
一瞬にして、キラに突き飛ばされたサイの震える肩を思い出す。
今の彼の心が、何故かナナには手に取るようにわかった。
「くそっ!やめろ!!」
マードックの声も虚しく、ストライクはバランスを失って膝をつく。
「……サイ……」
ナナは歯を食いしばった。
どうすることもできないが……。
「みんな、下がってて」
ナナは痛みも感情も押し殺し、ストライクに近づいた。
「お、おい!」
「危ねぇぞ!!」
周囲が止めるのをよそに、ナナはコックピットの真下に入った。
「サイ……大丈夫だよ……」
そして、ストライクのスピーカーが拾える声で言う。
「わかってるから……」
何とか再び立ち上がろうともがいていたストライクは、ぴたりと動きを止めた。
「わかってるから……一人で泣かないで……」
ナナは願うように言う。
やがて整備士と共に、トールたちがタラップを引いてきた。
ナナはトールとカズイとともにそれに乗り、コックピットを開く。
「サイ……」
サイはうずくまり、泣いていた。
「サイ……大丈夫だからね」
ナナは彼を引き起こした。
「大丈夫だからね……」
サイは声を震わしながら、小さくうなずいた。
ナナは小さく笑い、サイの手をトールに引き渡す。
「あとは私がやるから」
そしてストライクのシートに座った。
いつも、キラが座る場所。
キラの戦いの場所。
キラが苦しみながら握る操縦桿。
ナナはモニターでサイが連れて行かれるのを見送ると、それを握った。
早く機体を定位置に戻せと、マードックがやきもきしながら見守っている。
「……サイ……あなたも……」
ナナは難なくストライクを立たせながら呟いた。
「“見えない壁”に……苦しまないで……」
苦しむのは自分だけで良かった。
足掻いても、足掻いても……壊すことのできない壁。
自分とキラの間にあるもの。
どうしても壊したくて、力を選んだ。
でも、それが良かったのか、まだわからない。
わからないが、これまで苦しい道だった。
足掻きながら進むのは、希望を持って生きるのとは違った。
その壁を認め、諦めれば楽だった。
羨み、憎むのが大多数……。
でも……ナナはどうしても、その存在を壊したかった。
壊して、“同じ”にしたかった。
ただ、こんな先の見えない苦しみは、サイには味わって欲しくなかった。