カガリとキラは、無事にバラディーアから帰った。
『砂漠の虎』に出会い、彼の基地に招待されたというとんでもないお土産つきだったが、クルーたちはとりあえず胸を撫で下ろした。
その後、アークエンジェルの士官たちは、キャンプの本部にてサイーブと共に今後の策を練っていた。
といっても、彼らにはアラスカに向かうしか道はなく、そのためには「砂漠の虎」との決戦は必死だった。
サイーブらはその支援を申し出た。
もともと、敵は同じくする者たち……。
アークエンジェルや敵軍のレセップスに比べ、「明けの砂漠」の戦力は微々たるものにすぎない。
それでも彼らは、「虎」の支配を排除して自由をつかむべく、今この時に立ち上がろうとしていた。
ナナは士官が出払っているのを良いことに、こっそり鍵のかかった部屋に忍び寄った。
そして、あっさりとロックを解除し扉を開ける。
灯りの切れた用具入れのようなその小部屋の片隅に、サイがうずくまっていた。
「ナナ……」
ナナは何も言わずに、彼の前に座る。
「さっきは……ゴメンな……」
手のつけられていない食事を見下ろし、ナナはため息をついた。
「これから3日も謹慎するのに、食べないとヘバっちゃうよ?」
サイは膝に顔を寄せた。
まるでお互いに次の言葉を待つような間があってから、サイが口を開いた。
「さっきさ……『わかってるから大丈夫』って言ってくれただろ?」
彼が上目づかいにナナの様子を伺う。
ナナは暗い床に視線を落したまま言った。
「わかってるよ……」
互いにぎこちない会話。
「サイが『キラにはかなわない』って思ってることくらい」
「……ナナ……」
が、ナナは少しずつ、言葉を紡ぐ。
「キラは……コーディネーターだから……『違う』とか『かなわない』って……みんながそう思うのは……当たり前なんだよね」
諦めきれないような気持ちを、隠すこともできずに。
「でも……」
そして少し迷って、ナナはサイに視線を合わせた。
「……サイにはキラにできないことができるかもしれない」
「……え……?」
己の言葉の意味を、己自身で確かめるように、ナナは言う。
「サイはサイで、キラはキラだから……」
「ナナ……」
「サイがナチュラルだからとか、キラがコーディネーターだからとかじゃなくて……」
「…………」
サイは答える言葉を見つけられず、ナナのうつむいた横顔を凝視した。
「でも……そんなこと頭でわかってても、やっぱり『違い』を目の当たりにしちゃうとさ……なんか……苦しいよね」
苦しさの意味を……サイの心の内側を……ナナはずっと前から知っていたかのようにそう言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、ドック内では若者たちが盛り上がっていた。
第8艦隊からの補給で得たスカイグラスパーとともに、そのシミュレーターも搬送されていたのだ。
その組立が終了し、カズイやミリアリアが次々と試運転をしていた。
「すごーい」
「へへーん。どんなもんだ!」
今乗っているのはカガリだった。
彼女のシミュレーション得点はナナに次ぐ2位。
3位とは大きく開く健闘ぶりだった。
「でも、やっぱりナナは凄いのね」
ランキングが表示されたモニターを見て、ミリアリアがつぶやく。
「まぁ……ナナは特別だよね」
「経験も違うしな」
惨敗だったカズイや、これから挑戦しようと息巻くトールが言う。
「経験……?」
ふと、カガリが怪訝な顔で聞き返した。
「だって、モルゲンレーテのテストパイロットだったんだろ? やっぱ実戦経験あるとないとじゃ違うよな」
そしてトールの言葉に、突然モニターに拳を叩きつけた。
「実戦経験だと?! ナナにはそんなものなかったぞ!!」
その剣幕と言葉の中身に、周囲にいたアーノルドやチャンドラさえも息をのむ。
「おまえたち、もしかしてナナが好きでモビルスーツなんかに乗ってると思ってるんじゃないのか?」
「え……」
彼らは互いに顔を見合わせた。
「好きで」……とは思ったことはなかったが、今までのナナは少なくとも戦闘には積極的だった。
キラにも、皆にも、戦えと鼓舞してきたのはナタルでもマリューでもフラガでもない、ナナだった。
「ナナが喜んでテストパイロットをやってたと思うか?」
カガリは悔しそうにうつむきながら言った。
「ナナは……開発者だった親父さんに、物心ついた時からテストパイロットとして育てられたんだ!!」
「そんな……」
ドック内が静まった。
「だからって、ナナはそんなものに乗ることが好きだったわけじゃない。それがどんなことに使われるのか、ちゃんと知ってたから……!!」
ミリアリアの耳に、グレイスのコックピットに座り、平然とミッションを受けるナナの声がよみがえる。
「あの性格だから……ナナはそこから出ようと思えばいつでもできたんだ……でも……」
トールの目に、マニュアルを片手に食事をとるナナの姿がよみがえる。
「でも逃げずに、むしろ必死で操縦を覚えたのは……!」
毅然とした態度で戦場に向かうナナの記憶が、皆の中によみがえる。
「ナチュラルの自分にだって努力すれば、コーディネーターと同じように『できる』ってことを、証明したいからだって……!!」
カガリの声がドックに響いた。
誰の耳にも、胸にも、痛いほど響いてそれ消えた時、カガリの姿はそこには無かった。