砂漠のザフト軍突破に成功したアークエンジェルは紅海に出た。
荘厳な地球の海に、クルーたちの表情も明るくなる。
交替でデッキに出ることを許された彼らは、思い思いに潮風を満喫した。
潮騒
キラは独り、後部デッキへ向かっていた。
頭の中をぐるぐると回る、バルトフェルトの言葉。
『ならどうやって戦争を終わらせる?』
その問いに対する答えがなく
『敵であるものを全て滅ぼして……か……?』
その問いに肯定も否定も返せぬまま、キラは彼を撃った。
「……っ……」
まるで逃げるように、デッキへの扉を開いた。
照りつける日の光が、一瞬彼の目をくらます。
気を鎮めるように、思い切り潮風を吸い込んだ。
それでも、少しも晴れない心……。
手すりの方まで走りだそうとして、ふと、後方のかすかな気配に気がついた。
「……ナナ……?」
戸口でうずくまっていたのは、ナナだった。
「ナナ……?」
近づいても、反応はなかった。
外敵から自分の身を守るように、身を縮めている。
「寝てるの……?」
潮風がそっと、ナナの髪を揺らす。
キラは静かに、少しだけ距離を開けて隣に腰を下ろした。
青い空に、白い雲。
鼻先に漂う潮の香り。
心穏やかになれるはずだったが、キラは深く溜息をついた。
『独りで戦ってるような顔しないでよっ……!!』
砂漠の夜、そう叫んだナナ。
たしかに彼女は、こんなになるまで戦っている。
が、アスランと銃を突きつけ合ったこと、バルトフェルトを撃ったこと……。
そして、護れなかった先遣隊や避難民のシャトル……。
これまでの光景が頭の中を旋廻し、どうしようもない孤独感に襲われる。
「だって僕がやらなきゃ……みんなが……」
すべてを、独りで抱え込んでいる恐怖に陥る。
「……っ……」
彼はこらえきれず、膝に顔をうずめた。
「……キ……ラ……?」
やがて、まどろみの中から彼を呼ぶ声がした。
「……キラ……?」
すぐそばの、ナナの声。
「……泣いてるの……?」
まだ目覚めきらない、無防備なナナの声は、初めて聞くものだった。
しかし、キラは顔を上げられずにいた。
強くあれ……と言うばかりのナナに、こんな涙は見せられない。
……が。
「キラ……」
ナナはまだ寝ぼけたような仕草のまま、そっと、彼の頭をなぜた。
「キラ……大丈夫……?」
二度、三度……ゆっくりポンポンと手を置かれ、キラは思わず顔をあげる。
袖でそっと顔を拭いナナを見ると、ナナは腫れたまぶたのまま彼を見つめていた。
「ナナこそ……大丈夫……?」
思わずそう、聞き返す。
覚醒しきらないナナは、その問の意味すら理解できないというように、わずかに首を傾けた。
見たこともない危うさ……。
胸騒ぎがして、キラはナナに手を伸ばしかける。
その時。
「ナナ! ここにいたのか」
明るい声は、カガリのものだった。
彼女はキラとナナの間に座り、潮風を思い切り吸い込んだ。
砂漠を発つとき、カガリはアークエンジェルに同行することを主張した。
ナナは砂漠を離れて「オーブに帰れ」と何度も言ったが、カガリは考えを変えようとはしなかった。
ナナと同行し、ナナのことを護るのだと……そして、ナナの意志を見届けるのだと言って。
「お前さ、コーディネーターんだなよな? なのになんで地球軍にいるんだ?」
そんなカガリは、ひとしきり地球の海を懐かしんだ後、キラに向かって唐突に尋ねた。
「……やっぱり……おかしいのかな……」
自嘲を含んで、彼はそう呟く。
アスラン、ガルシア、バルトフェルド……彼らの問いかけが甦る。
「おかしいっていうかさ、戦争までしてるってのに……お前には『そういうの』はないのかって思ってさ」
カガリは軽い口調で続けた。
コーディネーターとして、ナチュラルを拒絶する心。
ナチュラルというくくりに敵対する心。
そんなものは初めから無かった。
ナナはその答えに興味を示して彼を見た。
カガリの陰に隠れて、ずいぶんとおそるおそる……。
だからキラは逆に問う。
「君たちは?」
「私は別に……。ただ、攻撃されるから戦うだけだ」
カガリが明快に答え、ナナはうつむいた。
キラはナナの言葉を促すように、カガリを越してナナに視線を送る。
「ナチュラルだからって……」
ややあって、ナナは眠気を払った声で呟いた。
「コーディネーターだからって……」
ただ、暗い声で。
「……それだけで、なんで敵対するのかな……」
カガリが怪訝な顔でナナを見た。
争いの根本を、今頃になって「疑問」として口にする……。
それが「ナナ」であることが、逆に不思議とでもいうように。
だがキラは、何故か違和感をもたなかった。
「コーディネーターだって、みんなと一緒なのにね……」
だから、ナナの問いに同調するように呟いた。
「コーディネーターだからって、最初からなんでもできるわけじゃないよ」
遺伝子を操作し、ナチュラルのより優れた存在として生まれるコーディネーター。
確かに、死に至るような病気にはかからない身体に、初めからできている。
筋肉だって、知力だって、少し鍛えただけでナチュラルよりもずっと優秀になる。
だが、優れた可能性を初めから得ている……というだけで、生まれた時からなんでも完璧にできるというわけではない。
ナチュラルがするように、努力して、勉強して、鍛えて……。
自らそうしなければ、持っている可能性は発揮されない。
「もともと『違う』かもしれないけど……そうなるためには、僕たちコーディネーターだって色々なことをしないと……」
うまくは伝えられなかった。
が、意外にもナナは同調した。
「そんな当たり前のこと、なんでみんな気づかないのかな……」
そして続く言葉を求めたキラとカガリを置いて立ち上がった。
「そろそろ休憩時間終わりだから、行くね」
核心を持ったまま行かれたキラとカガリは、デッキの扉が閉まったあともしばし黙り込んだ。
先に口を開いたのは、カガリだった。
彼女の言葉は、ナナの言葉に対する疑問ではなく、それを補足するものだった。
「今の言葉……ナナが昔からずっと言ってることなんだ……」
「……え……?」
「お前に言ったらナナは怒るかもしれないけど……」
カガリは、少し迷ったように言った。
「逆に、『ナチュラルだって努力をすれば、コーディネーターと同じように出来るんだ』って……それを証明するためにさ、ナナはずっと頑張ってたんだ」
「……え……?!」
キラは水を被ったような衝撃を受けた。
ナナが……コーディネーターを倒すために戦っているのではないことくらい、わかっていた。
ただ攻撃されるから戦うのだと……ナナも先ほどカガリが言ったとおりだと、自分と同じだと思っていた。
だから、過剰なほどに「敵」に対して敏感で、戦闘に対して積極的で、身を削るようにその中に飛びこんでいるのだと……そう思っていた。
だが、そうじゃないと、カガリは言う。
「じゃあ……テストパイロットだったっていうのも……」
「ったく……、この艦の連中の目はそろって節穴か?!」
驚き、呟くキラをカガリは睨みつけた。
「親父さんに無理矢理やらされてたんだ!」
強い声で、カガリは言う。
「中立国で“戦闘兵器”なんか造ってるって……ナナは周りの大人から睨まれて、友達もできずに育ったんだ……!」
悔しそうにうつむいて、幼馴染のナナを語る。
「挙句の果てに、親父さんに愛想を尽かしたおふくろさんは男と出て行って……ナナは実の母親に捨てられてんだ!!」
今は義姉となったナナのことを。
「それでも逃げなかったのは、ナナが自分で意志を持ったからだ!」
「自分で……?」
「……ナチュラルだって努力すれば……コーディネーターと同じようになれるって……」
カガリは怒りや苛立ちというより、悔しそうだった。
「『同じ』なんだって……それを証明するために頑張ってきたんだ……」
キラの中で、ナナと出会ってからの時間が巻き戻った。
全ての言葉、全ての行動……そして全ての表情が、カガリの明かしたナナの真意と繋がる。
フレイが『異常』と言わしめ、トールたちが恐れて一線を置くほどに、殺気を纏わり付かせて戦闘にのめり込んでいたナナ。
あれは敵を倒すためではなく、もっと根本的なこと……。
「……だからって……それで得た力を“使う”ナナの意志はわからない……」
記憶と現実を結び付けていたキラの横で、カガリは小さく呟いた。
「戦争に加わることで戦争を終わらせることができるのかなんて……わからない……」
キラはカガリの横顔を見た。
明らかに不安が混ざった顔だった。
「だが……私はナナを信じようと思う」
キラは黙っていた。
カガリの戸惑いは、今のキラにもわかった。
「何が『本当の敵』なのか見極めるには、今は力が必要だと、戦わなければ進めないと……ナナはそう言ったから」
だから彼はうつむいた。
ナナが力を求める意味を知ったが、それと戦争をすることとは違う気がした。
「『何が本当の敵なのか』……か……」
つぶやいた声はカモメの鳴く声にかき消された。
それが何かを、誰が知っているのか。
このまま戦い続けたとして、本当に見つけられるのか。
チカラを手にすればそれを倒せるのか。
様々な疑問が渦を巻いてキラを襲う。
おそらくカガリも……。
その時、
「キラ! こんなところにいたの?」
場にそぐわない明るい声が聞こえた。
「さっきから探してたのよ!」
現れたのは、軍服の上着を脱いだフレイだった。
「気持ち良いわねぇ……! ねぇ、向こうで海をみましょうよ!」
彼女はキラを引っ張り起こし、しっかりと腕を組んでデッキの端へ引っ張った。
キラは抗うすべもなく、一度だけ後ろを振り返った。
「じゃーな。お邪魔みたいだから行くよ」
カガリはため息交じりに言って、去って行った。
それを見送るキラの後ろでは、フレイが彼女を睨みつけていた。