「ナナ……体調は大丈夫?」
ドックの片隅でスカイグラスパーの調整をしているナナに、キラはドリンクを差し出した。
「ああ、ありがとう」
ナナは大丈夫とでも答えるように、笑った。
「スカイグラスパーの戦闘データを分析してたの?」
「うん。キラのおかげで砂漠ではかなりスムーズに動けたけど、地形も気候も変わったしね」
キラはナナが差したモニターを見る。
「ほら、もうまわりは海ばっかりだし、海中戦ってことになる可能性もあると思わない?」
ナナの横顔は相変わらずだった、
相変わらず顔色が悪く、相変わらず冷たい瞳。
そして、いつものように毅然とした態度で戦闘について語る。
が、キラの中では少しだけ何かが変わっていた。
昨日のカガリの言葉……。
『ナナはナチュラルだって努力すれば、コーディネーターと同じになれるってことを証明しようとして頑張っているんだ……!!』
そんなナナの意志など知らず……いや、ナナが本当は何を望んでいたのかなんて考えたことも無かった。
考えようとすらしなかった。
ナナはそうやって、ずっと独りで……。
戦いたくない気持ちは同じだった。
殺したくない気持ちは少しも違わなかった。
それなのに、ナナの言葉の奥を見ようともしないで、気遣いもせず。
自分が孤独に苦悩を抱えているつもりでいて、ナナを孤独に放り込んでいた。
「キラ……?」
思わず考え込んだ彼の顔を、ナナが覗き込む。
「ううん。じゃあボクもそれを想定してストライクの調整をしておくよ」
彼はそう答えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
静寂は突然破られた。
ザフト軍モラシム隊が、海と空、両方からの攻撃を仕掛けてきたのだ。
グレイスは未だ修理中で戦闘不能のため、ナナは再びスカイグラスパーに乗る。
ザフトからの攻撃は、空から空中戦用MSディンが3機、そして海からは海中戦用MSグーンが2機だった。
「空中戦用MSディン……グレイスのモデル機か……!!」
スカイグラスパーで戦闘しながら、ナナは歯軋りした。
グレイスは宇宙用の機体ではあるが、大気圏でも空中戦ができるタイプとして開発された機体だ。
ディンとグレイス、双方の背中の羽は、形は違えど双方同じ働きを成す。
まさにグレイスにうってつけの敵だったが、あいにくグレイスの羽はもがれたままだった。
アークエンジェルからは、海中戦に適しているはずも無いストライクが、バズーカを手に海へ入った。
グーンの海中でのスピードは、ストライクのおよそ2.8倍……ナナの記憶にはそうあった。
援護すべく、ディンと交戦しつつも海面近くに浮き上がったグーンに攻撃する。
が、グーンは海中を自在に動きまわり、浮き上がってはアークエンジェルの艦底に攻撃をしかけた。
「ぐっ……」
空中から海面への降下、そして上昇。
そのGだけで、ナナの身体は軋んだ。
「ディンさえ撃てば、グーンは撤退する……それまで持ち堪えて……キラ!!」
ナナの記憶では、ディンの方が機動性に勝るが、スピードと火力はスカイグラスパーが上だった。
軽い眩暈と吐き気を振り払うように、フルスロットルでディンに向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結局、ストライクはグーン2機を撃った。
ナナとフラガもディンを1機ずつ落とした。
が、この海洋のど真ん中で攻撃を仕掛けてくるということは、この辺りにザフトの空母が網を張っていたということだ。
いつ、また攻撃されるかわからなかった。
襲撃から一夜明けた今も、艦内はピリピリと緊張が張りつめていた。
ナナはスカイグラスパーの調整を進めた。
やはり、砂漠の気候と異なるため、“飛び方”が違う。
戦闘データを確認して、少しでも速く動けるようにしておきたかった。
それに。
「あ、ねぇ、キラ」
ドックに現れたキラを捕まえて言う。
「ストライクはソードを装備したほうがいいかも」
ストライクの戦闘データも見たが、効率的とは言えなかった。
危うい場面もあったようだ。
それに、あのままではアークエンジェルも護りきれない。
「ビームは水中だとほとんど効かないし、ストライクは実弾をたくさん装備してる機体じゃない……なら、ソードのビームを切って実剣として使ったほうが効率いい気がする」
また、目を逸らされることはわかっていた。
軽蔑とか、怖れとか、そんな目で。
だが、だからといって躊躇はしていられない。
「キラのため」「みんなのため」そういうズルい言い訳を胸に、キラに言った。
が……。
「うん。じゃあマードックさんに相談してみるよ」
キラはそう答えて、歩き去った。
「え……」
思わず声をもらす。
どうしてだろうか。今、
手元のタブレットを落としそうになった。
残念ながら、拒絶されることの方に慣れていて、ちゃんと見つめられることに動揺してしまう。
「いや、気のせいでしょ……」
そうひとりごとを言って、キラの背中から視線を外した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから時を置かずして、予想通りアークエンジェルはザフト軍モラシム隊の攻撃を受けることとなった。
フラガ、ナナの乗るスカイグラスパーは、周辺で総攻撃の機を伺っているはずの空母を撃破すべく、アークエンジェルから飛び立った。
≪ナナ! 空母はおそらく潜水母艦だ! 水中に大型の熱源を探知したら一気に仕掛けるぞ!!≫
「了解!」
アークエンジェルには、またも水中からの攻撃が仕掛けられた。
前回と同様、艦底への集中攻撃を浴びるが、CICの懸命の迎撃とソードを装備したストライクで、なんとか応戦する。
ゲーン隊、そして隊長機ゾノの苦戦の知らせを受けたザフト軍潜水母艦は、援護策としてディンの発進へ踏み切った。
が、それによって海面へ浮上した空母を、フラガとナナのスカイグラスパーが探知する。
「見つけた!」
≪行くぞっ! ナナ!!≫
2機は急降下し、母艦へ火力を集中させる。
作戦は成功。
水中からは大爆発が起こり、黒煙が上がった。
だが……。
「フラガ少佐!!」
ザフト艦からは危機一髪のタイミングでディンが発進していた。
煙の中から現れたそれは、1号機に向かってライフルを構える。
ナナはすんでのところでそれを阻止した。
しかし、逆に後方から攻撃を受ける。
「……?! もう1機……?!」
2機目のディンが、ナナを狙っていた。
≪ナナ! 大丈夫か?!≫
「はいっ……ナビゲーションモジュールをやられただけです……!」
機体バランスはまだ保てた。
が、モニターの一部が真っ暗になる。
≪そいつはオレが抑える! お前は帰投しろ!≫
フラガがディンに向かって行った。
≪アークエンジェルの位置はわかるな?!≫
「はい……!」
ここに居ても的になるだけ……そう判断したナナは、フラガの指示に従い、その空域を全速力で離脱した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まいったな……」
懸命な応急処置も実らず、機体のナビゲーションシステムは回復しなかった。
ブリッジとのコンタクトも断絶されている。
こうなれば、太陽からアークエンジェルの位置を割り出さねばならない。
敵MSが母艦から発進してアークエンジェルに攻撃を仕掛けた距離……そこから計算すればそう悩む距離ではなかった。
いつかは艦影が見えるだろうと冷静に分析していたとき……。
「……あれは……!!」
雲の切れ間に、突然艦が現れた。
「ザフトの艦……!」
ナビゲーションシステムダウンのため、艦影捕捉のアラートは鳴らなかった。
が、ザフト艦といっても戦闘機ではなく、大型の輸送船のようだった。
「お願い……そのまま行って……」
ナナはテキストで信号を送る。
≪当機は被弾のため離脱中。戦闘の意志はない>
何とかやり過ごせれば、お互いのために良いはずだった。
しかし願い虚しく、輸送船の砲口はこちらを向いた。
「……なんでっ……!!」
目視では回避行動が間に合わず、1発が左翼を掠めた。
機体が大きく傾き推力が低下する中、ナナはなんとかヴァリアットを放つ。
一瞬のもつれの後、互いに大きなダメージを受けて離散した。
左翼のダメージは機体のコントロールを完全に失うものだった。
降下速度は抑えきれず、機体は海面に向かって浅い角度で落ちるしかなかった。
強烈なGの中、ナナは操縦桿を両手で握り、思い切り引いた。
雲を突き破って見えた青い波間に浮かぶ島。
その手前で、機体はなんとか胴体着陸を成功させた。