アークエンジェルでは、ナナの捜索活動が行われていた。
ナタルがMIA(Missing In Action)の認定を口にしたが、マリューは諦めようとはしなかった。
日没までの1時間という約束で、ストライクに捜索をさせた。
が、ナナの消息をつかむことはできず、キラは命令を無視してその後も数時間、捜索し続けた。
「夜明けまで……あと3時間だそうです……」
ドックを見下ろす通路に佇むフラガに、マリューは言った。
「それまで、少佐も休息をとってください」
「……わかっちゃいるんだけどねぇ……」
フラガは自嘲気味に言って、眼下のストライクを見下ろす。
休息の艦長命令を押し切って捜索に出ようとするキラをようやく説得したものの、キラはいつでも発進できるよう、コックピットを離れようとはしなかった。
そして、フラガ自身も……。
「情けないよな、“少佐”なんて言われてキラにエラそうに説得してても、パイロット一人を失いかけただけでこうも動揺しちゃうとはねぇ……」
マリューは何も答えず、フラガに並んでストライクの隣りに眠るグレイスに視線をやった。
互いに軍人としてそれなりに経験は積んできたつもりだった。
自身の身が危険に晒されることも、戦闘中に仲間を失うという経験も……。
だが、今回は今までとは異なる、明らかに耐えがたい不安と絶望があった。
それはただ、ナナが「グレイスのパイロット」だからというだけではなく……。
「私は……ずいぶんとあのコに助けられてきたんだと……つくづく思い知らされましたわ……」
「……オレもさ……」
「“強力な戦力”だから……だけではなく……」
何度、ナナの言葉に強さを持てたか……二人は今更ながらに実感する。
民間人の少女にも関わらず、時に非情さを持って彼らの迷いをむしり取った。
明らかに、この艦を導いていたのはナナだった。
それを、痛いほどに感じている。
「あのコは……きっと生きてますわね」
「オレはそう思う……キラだってそう思ってるさ」
信じるしかないが、今度はどうしてもナナを救わねばならない。
冷たい眼の奥にあったものを、ちゃんと確かめるために……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて、空が明るくなり始めた頃。
イージスの発信機のアラートで、二人は目を覚ます。
いつのまにか、ナナの頭は彼の肩にのり、彼の頬はナナの頭に添っていた。
アラートの音とその状況に、アスランは慌てたように起き上った。
「発信機……?」
「あ、ああ……捜索隊が救難信号をキャッチして向かっているのかもしれない」
そう言い残し、彼は足早に機体に向かった。
ナナはゆっくりと起き上る。
彼のぬくもりはまだ残っていた。
(……アスラン……)
包帯の巻かれた右手を見下ろす。
そして深く息をつき、すっかり乾いた地球軍のパイロットスーツに袖を通した。
「こっちは救援が来る。お前の機体がある方角からも、熱源が近づいているようだ」
二人は夜明けの浜辺で、イージスを見上げた。
「オレはコイツを隠す……」
「うん……そうだね」
ここで無駄に戦闘するより、隠れて互いにやり過ごすのが得策と、二人はわかっていた。
最も、互いに出会った者の存在を味方に明かせば、それは避けられないが……。
そんなつもりは二人にはなかった。
ここで出会った者が何者なのか……告げれば双方の味方に混乱を招く。
だから……。
「私も機体のところに戻るね」
「ああ……」
だから、会わなかったことにしなければならない。
互いに別れを切り出そうとして、二人は見つめ合った。
「熱は……下がったようだな」
先に言ったのはアスランだった。
「うん……いろいろありがとう」
ナナが答えて笑うと、二人は同時に目を伏せた。
そして……今度はナナが先に口を開いた。
「今度、会うときは……」
ハッとして、アスランが顔をあげる。
「“敵”なんだよね……?」
朝の風が、急かすように二人の間を駆け抜けた。
「……ああ……」
あの時、『今度会うときは撃つ』という決意をぶつけ合ったアスランとキラ……。
今もまた、アスランとナナがその言葉を心に抱えている。
だが、この一夜が嘘だったかのように、また敵同士という関係に戻るというのに……。
「あんまり無茶をするなよ、お前」
アスランはそう言って……。
「そっちこそ……!」
ナナは笑いながら首飾りを取り外し、
「これ、あげる」
アスランに差し出した。
「私のお守り……。きっとアナタを守ってくれるよ」
アスランは少し躊躇ってから、ナナに促されるままに首を傾けた。
「戦争が終わったらさ……」
彼に首飾りをかけながら、ナナは言った。
「できればキラも私たちも死なないで……ラクスも交えて4人で逢えたらいいね」
「……ナナ……」
矛盾……。
次に会うときは殺し合う立場であるのに、互いの命を気遣って……。
だが、二人とも複雑な心をどうすることもできなかった。
それを察したかのように、アスランの胸に収まった蒼い石がキラリと悲しげに光った。
それを見て、
「じゃあね」
ナナは彼に背を向けた。
走り去るナナの背を、アスランは見えなくなるまで見送っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
≪救難信号だ……! 捉えたぞ!!≫
上空からスカイグラスパーで捜索していたフラガから無線が入る。
キラは示された地点へとストライクを向かわせた。
胸が高鳴った。
ナナは……きっと生きている。
信じてはいたが、その姿を目にするまでは不安だった。
冷たい瞳、鋭い言葉……それらを突き刺されても、ナナのそれはいつも正しい方を向いていた。
彼女を失いかけて、初めてわかった。
自分たちが生きてここまで来られたのは、ナナの強さのお陰だったと。
決してナナの全てを認めるわけではないが、彼女の非情さに賛同することはできないが、それでも確かに、ナナの言葉と行動は自分たちを導くものだった。
(ナナ……!!)
それに、ナナはただ戦争ばかりに意識を向けていたわけではなかった。
ちゃんと深い思いやりを持っていてくれた。
アルテミスでガルシアの言葉に傷つけられたときも、ラクスをアスランに返したときも、ちゃんとナナは想っていてくれた。
彼女が戦争のことしか考えていないと思い込んで敬遠していたのは、ただその想いに気づかなかっただけだった。
だからキラは、小島の岸に浮かぶスカイグラスパーの残骸と、そして岩場にたたずむ影を見たとき、涙が出るほど安堵した。
取り返しのつかない後悔をしなくても良いことに……。
「はい、ナナを無事に救出しました。これより帰投します」
フラガとアークエンジェルにナナの無事を告げ、キラは改めて安堵のため息をついた。
「ほんと……無事でよかった」
狭いコックピット内で、ナナの身体を支えながら呟く。
ナナはぎこちなく笑った。
「心配かけてゴメンね」
「本当に大丈夫? どっか、怪我とかしてない?」
「うん、平気」
相変わらず曖昧な笑みと、顔色の悪さ。
キラは遭難の疲れのせいだと思って気遣った。
「少し揺れるから、捕まってて」
ナナの腰を支える腕に力を込めると、ナナも素直にキラに捕まった。
ストライクは島を離れ、再び海中に潜る。
アークエンジェルもこちらへ進路を寄せていた。
ナナはサイドモニターに映る孤島が遠ざかっていくのをずっと見ていた。