救助以来、自室にて絶対安静の艦長命令を受けていたナナのもとを、キサカが訪れていた。
「ナナ様……」
「わかってる……」
ナナは腕を組み、小さくため息をついた。
「なんとかオーブにあのコを帰したいとこだけど……」
「ラミアス艦長に『事情』を話しますか……?」
キサカの言葉に、ナナは困ったように彼を見上げ、そしてもう一度ため息をついた。
「『事情』を明かして、小型の輸送機でこの艦から脱出させるのが最善策だと思うけど……」
最善の策は思いついてはいるものの……。
「問題は……あのコが素直に言うことを聞いてくれるか……」
ナナとキサカは、カガリの頑固な瞳を思い浮かべ、同時にため息を吐いた。
「……しかし、この機を逃してはアラスカまでカガリ様をお連れすることになります」
「そんな意味のないことは、どうしても避けたい……」
どうしても、カガリを目と鼻の先のオーブに返さねばならなかった。
砂漠を発つとき、ナナはカガリの同行に反対した。
『砂漠の虎』との決着がついたのだから、オーブへ帰れ……と。
が、カガリは『ナナと供に行く』という主張を曲げなかった。
最終的にナナがそれを許す形になったのは、アークエンジェルの航路上に、オーブ近海があったからだ。
オーブに近づいたとき、どこかのタイミングでカガリを帰すことができるかもしれない……そういう考えがあったからである。
が、マリューに『事情』を明かして許可をとりつけたとして、カガリが素直に帰るとは考えがたく……しかしこの機を逃せばアラスカまで彼女を連れて行くことになる。
ナナもキサカも、これ以上カガリを危険な戦闘に巻き込みたくはなかった。
しかし……。
≪敵影補足! 総員第1戦闘配備……!≫
突然、聞き慣れたアラートが艦内に鳴り響く。
それからそう時間を置かずに始まった戦闘で、ナナの部屋も大きく揺れた。
「ナナ様……!!」
傾いたナナの身体をキサカが支えた。
徐々に体力は回復していたものの、その身体に本来の力が無いのは彼にも分かった。
今回も、とても戦闘に加われる状態ではない。
ナナ自身も、あの“遭難”でカガリに大泣きされたから、無茶な出動は控えると約束していた。
「案外、方法なんて悩む必要もないかもね……!」
「ナナ様……?!」
が、ナナは青い顔のままニヤリと笑ってみせ、部屋のモニターに向かう。
「ミリアリア! 状況は?!」
緊迫した声で、ミリアリアはこう次げた。
≪ザフトの“G”4機から攻撃を受けてるわ……!!≫
一瞬にして、ナナの頭に島で別れたアスランの顔がよぎった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
イージス、バスター、ブリッツ、そしてデュエルの4機は、モビルスーツ空中支援機グゥルに乗り、巧みなコンビネーション攻撃を仕掛けていた。
翻弄されるアークエンジェルとスカイグラスパー、そしてストライク。
徐々に航路離脱を強いられ、気づけばオーブ領海に限りなく近いところまで追い込まれていた。
当然のごとく、オーブ軍防衛艦隊からアークエンジェル、ザフトの双方へ通信が入る。
それは、ただちに近海から離脱せねば自衛権を執行し、砲撃を開始するという警告であった。
前にザフト、後ろにオーブ……。
アークエンジェルは逃げ場の無い危機にあった。
激しく揺れるブリッジに、なすすべはなかった。
グゥルを使った空中戦で主導権を握ったザフトのMSに対し、ストライクも防戦一方である。
そこへ現れたのはカガリだった。
「いいから、そのまま突っ込め!!」
噛み付く勢いで、カガリはマリューに叫ぶ。
「私がオーブに話す!!」
が、その意味をマリューやナタルが理解できるはずもなく、困惑は深まるばかりだった。
「このままでは沈むぞ!!」
カガリは周囲を無視するようにカズイの方へ移動し、インカムを奪い取る。
「カガリさん?!」
「何を……!!」
その行動に、マリューとナタルは止める間も持たなかった。
その時、再びブリッジの扉が開いた。
「ナナ……!!」
キサカを従え、ナナが現れた。
「状況は?!」
初めてではない、ナナの毅然とした声。
インカムを手に、カガリも立ち尽くす。
促されるようにようやく答えたのはナタルだった。
「ザフトの攻撃でオーブ海域に押し込まれている。オーブはこれ以上領海に近づくと、自衛権を発揮して攻撃すると警告してきた……!」
対するナナの言葉を、自然と誰もが待つ形になっていた。
が、ナナはメインモニターを睨みつけたまま、どの視線も受け止めずに言った。
「ストライクとスカイグラスパーを艦に戻してください」
続けて、ナナは後ろに控えていたキサカに言う。
「キサカ、カガリをお願い」
そして突然、軍服の上着を脱ぎ捨て、カガリの手からインカムを奪い取る。
「ナナ?!」
カガリが驚いて近寄ろうとするが、ナナは厳しく言い放つ。
「あんたは向こうへ行ってなさい!」
そして、強引にキサカの方へと押しやった。
カガリはそれでナナの目的を悟ったらしく、なんとか抵抗しようとするが、キサカは彼女を抱えて操縦席の方へと降りた。
そこはナナのそばにあるサイドモニターの『死角』だった。
「ナナ?! あなた一体……」
マリューが立ち上がってナナを向くが、再びの揺れで言葉は遮られた。
ナナは何のためらいもなく、カズイの手元のボタンをいじり、全周派チャンネルをセットする。
「ナナ?!」
止めるもののないままに、ナナはサイドモニターに向かって行った。
「こちらは地球軍特装艦アークエンジェル……!!」
ブリッジが息を飲むと同時に、また爆雷が水しぶきを上げたが、ナナはそのまま続けた。
「オーブ軍に告ぐ。ただちに攻撃態勢を解き、本艦を保護しなさい!」
突拍子もない要求に、ブリッジは息をのむ。
ナナの声には迷いがない。その言葉が当然のように吐かれたため、真意を問う声は各自の中に飲み込まれた。
が、オーブ軍からは当然それを跳ね除ける返信が入る。
≪何を突然、勝手なことを……!!≫
が、ナナはそれさえも遮って言った。
「私はオーブ連合首長国前代表、ウズミ・ナラ・アスハの娘、ナナ・リラ・アスハです」
一瞬……ザフトの攻撃さえもが躊躇った。
「ヘリオポリス視察の際、崩壊に巻き込まれて遭難した私を、この艦は救助、保護してくれました」
ナナのよどみない台詞に対し、ブリッジ内には、戦闘中とは思えぬ呆けた空気が流れる。
「現在も危険を顧みず、私をオーブに送り届けるためにオーブ近海を航行中、ザフト軍の攻撃を受けたところです」
「ナナっ……!!」
ただひとり、カガリがナナに駆け寄ろうとするが、キサカがそれを押さえつけた。
オーブ艦のモニターには、アークエンジェルのブリッジに居る
ナナはじっと、頭上のモニターを見据える。
しかし……。
≪何を言うか……! ナナ様は国内にて休暇中のはずだ! そんなところにナナ様がいらっしゃるはずはない!!≫
オーブからは全てを否定する言葉が叫ばれる。
モニターの映像は繋がっているはずだった。
その証拠に、こちらのモニターにはオーブ艦のブリッジが映し出されている。
≪こんな状況でそんな陳腐な嘘が通用するわけはなかろう!!≫
司令らしき軍服の男が画面越しに怒鳴りつけ、通信は一方的に切られた。
同時に、バスターからの攻撃がアークエンジェルのエンジンを破壊する。
艦は大きく前方に傾いた。
「1番、2番エンジン被弾、推力低下!! 高度が……保てません!!」
「そんな……!!」
さらに混乱するブリッジで、ナナは落ち着き払ってマリューに言った。
「これなら領海に落ちても仕方ないですよね」
「え……?」
海面へと落ちるアークエンジェルに、もうオーブ領海から離脱する術はない。
ナナはさらに、安心させるように微笑した。
「さっきの指揮官……ティリング司令官には会ったことあります」
意味を飲み込めずにいるマリューに、キサカが続ける。
「第二護衛艦群の砲手は優秀だ。砲撃がこの艦に当たることはない」
言われつつも、ザフトからの攻撃はアークエンジェルを霞め、水しぶきを高らかに上げていた。
「……ナナ……あなた……」
なおも困惑するマリューらに対し、ナナは哀しい微笑をもらした。
「今まで……黙っていてごめんなさい……」
それだけ言って、皆を見回す。
「カガリと私は……ウズミ前代表の娘です」
「私たちは……義姉妹なんだよっ……!!」
カガリも吐き捨てるように補足した。
「『ぜったいバラすな』ってさんざん言っておいて、自分が盛大にぶちまけてるじゃないか!」
「そんなに怒んないでよカガリ。この状況じゃ、こうするしかないでしょ」
周囲が戸惑う間に、アークエンジェルは衝撃と供に海面へ着水した。
そこはすでに、オーブ領海内であった。
≪警告に従わない貴艦に対し、我が国はこれより自衛権を行使する!!≫
オーブ軍はそう宣告し、アークエンジェルに対して攻撃を始めた。
あっという間に艦隊と軍用ヘリに取り囲まれ、水しぶきに包まれるアークエンジェル。
ザフトは手が出せるはずもなく、後退して行った。