その夜、ナナはウズミの居室を訪れた。
国を離れて以来の面会……。
軍服ではなく私服に着替えて向かうと、勢いよく扉が開かれ、カガリが飛び出てきた。
「カガリ……?」
「ナナ!!」
カガリは、頬を赤くはらしていた。
中でなにがあったかは察しがついた。
「……ちゃんと冷やしなさいよ」
「うるさいなぁっ……!!」
呆れたように言うと、カガリは口を尖らせて走り去った。
やれやれ……そう小さくため息をつきながら、開けっ放しの扉をノックする。
「ナナです、失礼します」
久方ぶりに会う義父は、すこし痩せていた。
が、瞳の光は少しも衰えてなどいなかった。
「ナナ……無事でなによりであった」
優しく笑った彼に、ナナは扉を閉じるなり深く頭を下げた。
「色々と……本当に申し訳ありませんでした……!」
あの瞳に見つめられ、改めて罪の重さを実感する。
わざわざ他人である自分を引きとり、普通の生活を与えてくれた“父”を失望させたことに胸が痛んだ。
だが……。
「よい……」
ウズミは力強く言った。
「そなたは自身の意志に従ったのだ……私にはそれを責めるつもりなどない」
ナナの意志……父も、エリカと同じ言葉を使う。
「でも……」
「よいと言っておる……それより、無事に戻ったことに礼を言う」
再びそれの存在に戸惑ったナナの言葉を遮り、ウズミは言った。
「大変だったであろうに……」
そして、ナナを娘にするように抱きしめた。
「父様……」
ナナは初めて、父の腕のなかで息をついた。
小さい頃のナナにとって、ウズミ・ナラ・アスハという人物は、唯一信用できる大人だった。
ナナのシミュレーションテストを視察に来ては、我が子のように接してくれた。
そんなことだけではない。
MSの開発は、オーブ連合首長国代表としての彼の意志だった。
『他国を侵略せず、侵略を許さず、干渉しない』というオーブの意志……その象徴である彼が認めたMS開発。
来るべき日に、チカラなくば護れない。
理想だけでは護れない。
ただ、それを正しく使う信念を持たねばならない……。
ナナは彼の信念に沿った。
だから、己の欲求だけで技術開発する父の元でさえも、テストパイロットとして開発に携わってきた。
今回のヘリオポリスの件も……ナナはその事実を知ってもカガリと違って彼を責めなかった。
そうしなければならない理由が、オーブにはあったのだろう。
それはきっと、国の平和のためには必要な力なのだ……そう思っていたから。
ただ、それをウズミに直接聞くことはできなかった。
たとえ彼がその事実を知らなかったとしても、聞いて彼が何か答えれば『国としての言葉』となる。
知らなかったこともまた罪。
責任感の強い彼が、たとえ娘であるカガリやナナであっても、個人の意を明かすとは思えなかった。
だからナナは、ウズミに黙ってヘリオポリスに向かう必要があった。
心のどこかで、ウズミがそうする自分を知って黙認してくれている気がしていた。
「でも……カガリのことも、本当に申し訳ありませんでした……」
が、カガリを巻き込んだのは誤算だった。
まだ、彼女には真実を見せたくなかった。
それを知った彼女が、父に対して何を思うか見当がついていたから。
それに、お陰で大切な「国の姫」を危険にさらすことになってしまった。
「それも……あのはねっかえり娘が無理矢理着いていったのであろう」
ウズミのため息に、ナナは苦笑した。
父の真意が愛娘に伝わるには、まだ時間がかかりそうだ。
まっすぐで、強い心を持っているだけに……そう、父に良く似て。
「それで……この後、そなたはどうする気だ?」
あくまで、ウズミはナナに選ばせた。
ナナは父の瞳をまっすぐ見上げた。
迷いは初めからなかった。
「あの艦とともに行きます」
自分の進むべき道は、オーブの“ウズミ・ナラ・アスハの娘”としての道ではない。
それはカガリの役目である。
「私は地球軍第8艦隊提督の計らいで、軍人登録はされていないことになっています……。だから……」
彼の好意を傷つけることはわかっていた。
が、これ以上、彼やオーブを混乱させたくなかった。
だから、ナナは言った。
「養子縁組を解消してください」
ウズミの顔色に変化はなかった。
ナナがそう申し出ることを、彼もまたわかっていた。
「行くか……。光を求めて……」
かすかに目を伏せ、彼は言った。
「この先に、光があるのかどうかもわかりませんが……進もうと思います」
ナナは彼を安心させるように微笑した。
「撃ち合うばかりが“道”ではないと……それもそうだと思いますが、たとえ撃ってでも、私は内側からこの争いの“根”を見極めたいんです」
覚悟はある。
恨みの連鎖に連なるその覚悟は、グレイスの操縦桿を握ったときに決めた。
「外側からそれを見極めるのは、この国の……父様の娘であるカガリの役目です」
だからきっと、ウズミはわかってくれると思った。
「己のやるべきことを、進むべき道を……意志を持ってやり通せとは、父様の教えでしょう?」
ウズミは初めて、声を出して笑った。
「誰にも……正しいことが最初からわかっているわけではない……」
そしてゆっくりと窓辺により、独り言のように語る。
「私とて、今の言動、行動が正しいのかはわからぬ」
ナナは黙って彼を見つめた。
その一言、一言を漏らさぬよう。
「だが、平和の願いは皆、同じはず……それを護り、掴み取るために信念をもって進むことは、決して間違いではないのだ……」
ナナの心の片隅に巣食う不安の種。
それを壊すようにウズミはナナに強い視線をよこした。
「だから私は、そなたの意志を信じておる」
「父様……」
力強い、「父」の言葉。
「そなたは強い……だからこそ、手折られそうになるときは、この『父』の言葉を思い出せ」
ナナは震える心を推しとどめ、精一杯笑った。
「はい、『父様』……」