ウズミ・ナラ・アスハの計らいで、アークエンジェルの学生クルーたちは、家族との面会を許された。
反対に、ナナは彼との養子縁組解消の書類にサインをした。
これで、この先地球軍と行動を共にしても、オーブやアスハに迷惑をかけることはない……。
少しの自由と安堵感、そして孤独感を得て、ナナはモルゲンレーテの工場区へ向かった。
カガリにはまだ伝えていなかった。
ギリギリまで、彼女には言わないつもりだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
モルゲンレーテ社、最大にして最高レベルの開発所。
そこでは、『M1アストレイ』というMSの開発が行われていた。
ストライクやグレイスらの“G”と同時期に開発された量産型で、もちろん、構造はほぼ同系である。
主任設計士はエリカ・シモンズであった。
つまりこれらも、ナナの父親の開発が礎となった機体である。
ナナの予想通り、オーブはアークエンジェルをかくまう代わりに、このMSの開発協力をキラとナナに求めた。
オーブ側との用事であまり顔を出せないナナの代わりに、キラがエリカ・シモンズの要請で協力しているはずだった。
「お疲れ様」
ナナがモニタリングルームに入ると、実験場ではアサギらテストパイロットたちがアストレイを動かしているのが見られた。
以前に視察した時は立ち上がるのもやっとだったのが、今はスムーズにパンチやキックを繰り出している。
「へぇ……ずいぶんうまくなったじゃない」
ガラス越しに実験場を眺めていたカガリやエリカ、そしてフラガが振り返った。
「あなたの戦闘データをもとに、キラ君がOSをかなり書き換えてくれたおかげですわ」
エリカの言葉に、ナナはデスクでひたすらキーボードを打つキラをちらりと見た。
表情が暗く見えるのは、気のせいではないだろう……。
トリィが変わらず、彼の肩でジッとしている。
「でも、まだまだ実践で通用するレベルじゃないな!」
カガリが偉そうに言うと、インカムで聞いていたアサギらが反発する。
「カガリ様だって乗れないじゃないですか!」
そしてナナの姿をみつけ、手を振る。
「ナナ様!あとで操縦方法を講議してくださいね!」
「マニュアルだけだとどうしてもわかりづらくって……!」
ナナも彼女らに手を振った。
実験は成功だった。
キラがいとも簡単にナナの戦闘データを解析し、ナチュラルに合ったOSに書き換えたおかげで、いっきに実戦投入への目処がたった。
実戦……。
考えると複雑だった。
戦争をしないはずのオーブに訪れるその機会は、不当に侵略されたその時のみ。
M1アストレイはこの国の“盾”だった。
それは、ウズミもカガリも共通の見解である。
が、オーブの民はほとんどこれらの存在を知らない。
平和である以上、知らなくても良い「力」だ。
平和を宣言しているくせに、裏では「力」を強くする。
そのジレンマがカガリの心を複雑にし、父への反感となっていた。
そしてきっと、キラも複雑な思いで開発に協力したのだろう。
力がなければ守れない……その現実をつきつけられた彼は、今はもう口にはしないが。
「じゃあ、僕はストライクの方へ行きます」
「わかりました。ご協力ありがとう」
実験終了後、キラはエリカらにそう言って、修理ドックへ向かった。
ナナもグレイスの様子を見るために、彼とともに行こうとすると、
「おい、キラ……!」
それを、フラガが呼び止めた。
「なんですか?」
振り向くキラに駆け寄って、フラガは言う。
「君こそ、なんですか? その不機嫌な顔は」
言われてキラは目をそらす。
「お前、ご両親との面会も断ったっていうじゃないの」
「え……?」
ナナにとって、それは初耳だった。
キラの両親もオーブに居るとは聞いていたので、てっきりこのあと他のクルーと同じように面会に行くのだと思っていた。
が、キラはフラガの問いから逃れるように歩きだした。
「べつに……今は会いたくないだけです」
その理由を聞けずに、フラガは黙って彼を見送った。
代わりに、ナナに目を合わす。
ナナは案ずる彼に小さくうなずいて、キラを追った。
「キラ、疲れたでしょう? ここの人たちは仕事熱心だから」
ナナはできるだけ明るく話しかける。
「あ……うん。大丈夫だよ」
歩く速度を変えぬまま、キラは曖昧に答えた。
「開発協力も……戦争するためじゃなくて、この国を守るためだと思えば……仕方ないし」
「そう……」
彼はすたすたと歩くばかりで、ナナの方を見ようとはしなかった。
「ナナの方の用事は終わったの……?」
「うん。ごめんね、キラばっかりにまかせちゃって」
「……いいんだ……」
ぎこちない空気が流れた。
トリィだけが変わらず、キラの肩で小さく首を動かしている。
やがて二人は、ドックへ通じるエレベーターに乗った。
キラがボタンを押す。
動き出して、彼は呟いた。
「フレイが……っ……」
奥に寄りかかっていたナナは、彼の背が震えていることに気づく。
「フレイと……何かあったの?」
ナナも思わず息をのんだことを悟られないように、努めていつもの口調で尋ねる。
と、キラは躊躇いながらも吐き出した。
「僕が両親に会わないのは……自分に同情してるからだろうってっ……」
キラはまるで、泣きだしそうだった。
「……戦って……苦しんで傷ついて泣いて……独りぼっちの僕なんかがっ……同情するなって……!」
ナナは黙って聞いていた……が、彼が吐き出さずにはいられない言葉を受け止められる自信などなかった。
「僕の方がっ……可哀そうだって……!!!」
「キラ……!!」
思わず、彼の震える肩に手を置く。
その時、ブザーとともにエレベーターの扉が開いた。
開けた視界に、トリィが鳴く。
「…………」
「…………」
二人は一瞬、その場所がどこか忘れて立ちつくした。
そして、
「ごめん……ナナ……」
キラがうつむいたまま低い声で言った。
「僕たちは……間違ったんだ……っ……」
ナナの手から離れ、キラは再び歩き出す。
遅れてナナは、あとを追った。
フレイの言葉を……キラの言葉を……聞いてもナナにはわからなかった。
フレイが何故そんなふうにキラを傷つけたのかも、キラが二人を「間違った」と言った理由も……「ごめん」と、自分に対してそう言った訳も……。
ナナにはわからなかった。
そして、かけるべき言葉も……。
何も見つからないまま、ナナはまるで次の答えを探すように、キラの背を追った。
修理中のグレイスを通り過ぎ、挨拶するエンジニアたちに曖昧に返事を返し……ストライクのコックピットに乗り込むキラのそばに行った。
もの凄いスピードでキーボードを叩くキラ。
「おーい、ナナ!……じゃなくてナナ様! グレイスのフライングパーツの付け替えが終わったんで、流動システムの調節をしておいてくれ!! バージョンが上がったらしいから、OSいじらないといけないらしい!!」
機体の下から、マ―ドックが声をかける。
「あ……うん。わかった」
キラに気を取られていたナナは、曖昧に返事をした。
が……。
「君は……」
「え……?」
手を止めず、キラが言う。
「君は、アークエンジェルの修理が終わったら……どうするつもりなの?」
キラは改めてそれを尋ねた。
マリューもフラガも、未だ彼女には何も聞かなかった。
立場上……これ以上「地球軍」と行動を共にして良いはずはない。
オーブ近海での戦闘で、『ナナ・リラ・アスハは、ヘリオポリス崩壊の折に遭難し、たまたま地球軍に保護され、運よくオーブに送り届けられた』……これが地球軍にもオーブにも、そしてザフトにも公式的な記録となっている。
無事、祖国に帰ったアスハの娘が、再び地球軍の戦艦に乗って戦場へ向かう理由はなかった。
みんな、それをよくわかっている。
「何も変わらないよ」
が、ナナは少しの落ち着きを取り戻して答える。
「私はみんなと一緒に行く」
「え……でも……」
キラはようやく手を止め、ナナを見上げた。
「君が地球軍として戦争に行ったらオーブは……」
ナナは微笑を返した。
「私は……国とはもう関係ないの」
「え……?!」
「さっき……アスハとの養子縁組を解消してきたから……」
キラの瞳が歪んだ。
それをキラの優しさと受け取ったナナは、胸の奥の罪悪感を握りしめるようにしてキラに言う。
「だから……キラもここを離れる前に、ご両親に会っておいた方がいいよ」
「…………」
「……ね……?」
キラは再びうつむいた。
キーボードの上で、彼の拳がゆっくりと握られる。
「キラ……」
彼の空気は孤独だった。
このまま……再び戦場へなど出られるはずもないくらいに。
「今……会ったら……」
かすれた声で、キラは呟いた。
ナナにしか、聞こえない小ささで。
「今会ったら、聞いちゃいそうだから……」
再び、彼の次の言葉を受け止めきれないという不安で震えたナナに、キラは闇を吐きだした。
「『なんで僕をコーディネーターにしたの』って……!!」
その瞬間、トリィが彼の肩から飛び去った。
「トリィ……!」
トリィはあっという間にナナの横をすり抜け、二人の頭上で旋回してから飛んでいく。
「トリィ……!」
「どこに行くの……?!」
二人はあっという間に見えなくなったそれを追って走り出した。
「どこいっちゃったんだろう……」
「今までこんなふうに突然遠くに行くことはなかったのに」
ドックを出ると、工場区の敷地内は夕日が照らされていた。
まぶしさで僅かに痛む目を細めながら、二人はオレンジ色の空を見まわす。
「まさか、フェンスを越えて行っちゃったのかな……」
「海の方とか……?」
二人は同時に、モルゲンレーテ社の工場区を仕切るフェンスを見やった。
「…………!」
「…………!」
そして、同時に息をのんだ。
フェンスの向こうで……、作業着を着た少年が数名、止めた車の側からこちらを見ていた。
ひとりが両手に何かを持って、ゆっくりとフェンスに近づいて来る。
吸い寄せられるように、二人は黙ったまま“彼”に向かって歩いた。
フェンス越しに、キラは相手を見た。
作業着を着たモルゲンレーテのスタッフであるはずの“彼”は……ここにいるはずのないアスラン・ザラだった。
彼はぎこちなく、両手に乗ったトリィを差し出した。
「君……の……?」
震える手を隠すようにゆっくりと、キラはそれを受取る。
トリィはキラの手に乗り移ると、アスランへと向きを変えてから小さく鳴いた。
「ありが……とう……」
なんとか答えたキラに、アスランは背を向けて歩き出そうとした。
向こうで彼の仲間がこちらを見ている。
他にすべき会話はなかった。
「大切な……」
が、キラは思わず言った。
アスランが立ち止まる。
「大切な友達にもらった……大切なものなんだ……」
ありったけの意味をこめて、キラは言った。
「そう……なんだ……」
小さくアスランは答えた。
そして、それ以上のやりとりは許されぬまま、彼は仲間に呼ばれて去って行った。
トリィがもう一度鳴いた。
フェンスの向こう……道路のもっと向こうには、海がオレンジ色に光っていた。
「アスラン……」
不意にナナがつぶやいた。
キラははっとしてナナを見たが、諦めたように言った。
「う、うん……。今のがアスランだよ……声でわかった……?」
ナナは答えぬまま、両手でフェンスを握った。
「彼がここにいるってことは……やっぱり、まだザフトは近くにいたってことだよね……」
キラは不安をなだめるかのように落ち着いた声で言う。
「あの仲間が……他のMSのパイロットなのかな……」
しかし、ナナは一言も返さなかった。
「ナナ……?」
彼らがいた場所から、ナナは視線を外せずにいた。
「ナナ、大丈夫だよ……またアスランと戦うことになるけど、僕は……」
「キラ……っ……」
ナナはキラの言葉を遮った。
その声は情けないほど震えていた。
「ナナ……?!」
フェンスをつかむ両手を力いっぱい握りしめ、ナナは迷いと戦うように歯をくいしばって足元を見た。
「ナナ?!」
キラはナナの肩に手を置く。
トリィが再び飛び立ち、ナナの目の前のフェンスに止まった。
「ナナ……!」
ナナはトリィを見て一度強く唇をかんだ。
そして、キラを向く。
不安げなキラの瞳の中に、今にも泣き出しそうな自分が映っていた。
「キラ……私……」
「ナナ……?」
言いかけて、再び目を逸らす。
こんなに息が詰まるのは初めてだった。
が、いつかは話さねばならない。
キラと同じ痛みを、自分も知っている……と。
『親友』と戦わなければならない彼と、『一度だけ会ったことのある相手』と戦わなければならない自分では、痛みの大きさは違うのかもしれない。
が、それでも同じである……と、伝えたかった。
それでキラが楽になるわけではないけれど。
共通の想いはきっと、少しは力になるはずだった。
今まで言えなかったのは……、今もこうして情けなく躊躇っているのは……、もしかしたらキラが自分のぶんまで痛みを背負ってしまうかもしれないと思ったからだ。
キラは優しいから。
ナナが『キラの代わりに自分が“アスラン”と戦う』と思ったように。
「私っ……」
「なに……?」
いや、違う。
ただ、言えないだけだ。
『アスランと戦う』と、言えないだけだ。
ずるい、馬鹿だ、最悪だ。
何もかもから目を逸らしたくなる。逃げたくなる。
「ナナ……、向こうで少し休もう……」
こんな卑怯で醜い自分にも、キラはこんなに優しい。
だから、言おう。
同じ痛みを、自分も知っている……と。
“事実”をちゃんと伝えよう。
「私……、あの時……」
「あの時……?」
促すように、トリィが鳴いた。
『大切な友達』……キラの言葉をかみしめながら、ナナはついに口を開く。
「私……アスランと……」
その時、
「ナナーっ!!」
遠くから聞こえた声。
向こうから、カガリが走って来た。
「カガリ……」
キラがナナの肩から手を離すと同時に、カガリはその両肩をつかんで揺さぶった。
「ナナ!! 養子縁組を解消したって本当か?!!」
一瞬、ナナにはカガリの問いの意味が呑み込めていなかった。
「さっきお父様が言っていた! 本当なのか?!」
「カ、カガリ……!」
カガリの勢いを、キラは止めようとする。
「カガリ、ちょっと待って、ナナは……」
「ナナ! どういうつもりなのか、ちゃんと私に説明しろ!!」
しかし、カガリも必死だった。
突然の事態に、彼女もまた混乱していたのだ。
その綺麗な金髪が、夕陽に照らされて眩しかった。
「カガリ……ごめん……」
ナナはのろのろと口を開いた。
あまりにも情けない顔をしていたからか……キラとカガリは言葉を失って固まった。
「その話は、あとでちゃんとするから……キラもごめん、続きはまた今度……」
ナナは歪んでいるのを承知で笑んだ。
「私、遅くなる前に今日のグレイスの修理工程をチェックしなくちゃ……」
そして、そう呟くように言い残し、二人の前から去った。