ザラ隊を乗せたボスゴロフ級空母は、オーブ領海から少し離れた位置で補給を受けていた。
アスラン・ザラは独り、艦の上部デッキに座り、潮風に当たっていた。
カモメが何の苦悩もないように、自由に空を飛んでいた。
「ナナ・リラ・アスハ……か……」
先日のオーブ臨海での戦闘に、グレイスは出撃しなかった。
スカイグラスパーも1機だけだった。
あの小さな島で出逢った少女、“ナナ・イズミ”は出撃しなかった。
懸命に“足付き”と、そしてストライクと戦いながらも、心のどこかで安堵した。
手に怪我を負い、熱まで出していた、顔色の悪い少女の姿が戦場に無かったという事実に。
が……。
それもつかの間、彼女は突然戦場に現れた。
全周波チャンネルから聞こえた声は、確かにナナ・イズミの声だった。
ただし、彼女はオーブ連合首長国前代表の娘、“ナナ・リラ・アスハ”と名乗った。
「確かに……軍人ではなかったな……」
アスランは首に下げた石を眺めた。
蒼い石は、空と海の光を受け、美しく煌めいていた。
「ナナ……」
孤島での出会いは、無かったことになっていた。
が、彼の中であの時間を無にするわけにはいかなかった。
『私はあなたの敵でしょう……?』
そう言って自嘲めいた瞳の中に在った、傷ついたような影。
それが今でも容易に目に浮かぶ。
『撃たれたから撃って……また撃ち返して……キリがない……』
吐き捨てるような呟きは、どんな答えを期待していたのか。
『じゃあ、それはいつまで続くの……?』
『何が敵? 何が悪かったの……?』
そんなこと、誰もわからないと……そう答えようとした。
その矢先。
『……その答えを見つけるまでは、あの機体に乗り続ける……』
ナナは振り絞るように決意を吐き出した。
“敵軍のパイロット”である自分に対し、刃を突きつけるようでいて……何故か自分が一番傷ついたような顔をしていた。
その影を見とめながらも、だったら自分は敵だと告げたとき、ナナは穏やかに肯定した。
意図せずして、その言葉は彼女の影を濃くした。
あの顔は忘れない。
まるで目の前で消えそうな、危うい儚さ。
そして、自分のことを「やさしい」と言い、キラと戦わねばならぬ現実に涙を零したナナの心を持て余した。
蒼い石の輝きは、ナナに似ていた。
空と海に解けてしまいそうな儚さが、その石にもあったから。
モルゲンレーテのフェンスの向こうで、キラと一緒にいたナナは、思わぬ再会に蒼白になっていた。
だから逆に、ちゃんとキラにトリィを返すことができた。
イザークたちの前で、何も傷つけずにすんだ。
「オーブに……残ってくれればいいが……」
一国の元代表の娘。
表向きには、ヘリオポリスの一件で「保護」された公人だ。
生き残るためにやむを得ず、グレイスに乗って戦ったとして……母国に着けばその必要はないだろう。
普通なら、無事の帰国を果たしたところで彼女の旅は終わるはずだ。
だが……。
アスランはため息をついた。
ナナはそれで終わりにするような人間ではないと……たった二度の出会いで知ってしまった。
ただ生き抜くために仕方なく力をとったなら、大切な護り手であるキラを「返す」と言う訳が無い。
ただザフトを「敵」とするなら、あんなに無防備な姿をさらす訳が無い。
残念ながら「答え」を見つけるまで戦うと言ったナナの意志は、凛としていた。
胸が苦しくなるほどに……。
それはオーブに帰り着いたとて、おそらく揺らいではくれないだろう。
いや、そもそもオーブに生きて帰ることが目的だったとも思わない。
あの状況で名を明かしたのは、仲間を護るための苦汁の選択だったのだろう。
残念ながら……ナナはそういう人間なのだと、……知ってしまった。
「アスラン! ここにいたんですね!」
もう一度深くため息をついたとき、ニコルが現れた。
アスランは石を軍服の中にしまった。
「向こうでイルカの群れが見れるそうですよ! 行きませんか?」
ピアノを愛する彼もまた、こんな戦場には似合わないやさしい人間だった。
彼のことも、護らねばならない。
アスランは曖昧に返事をしながら、そう思った。
たとえ誰が“向こう側”にいようと……それはもう“敵”なのだから……。
迷っていては護れない、撃たねば撃たれると……誰もが何度も言い聞かせているはずだ。
きっとキラも……そしてナナも……。
「次の作戦……、不安ですか?」
うつむいた彼に、ニコルは心配そうに尋ねた。
次の作戦とはつまり……オーブを出た“足付き”を網を張って待ち構え、落とすこと。
「大丈夫ですよ」
イザークとディアッカは猛反対した。
無理も無い。“足付き”がまだオーブにいるという確証が、潜入操作で何一つ得られなかったのだから。
が、ニコルは賛同してくれた。
「僕はアスラン……じゃなかった、ザラ隊長を信じてますから」
そう、間違いなく“足付”きはオーブに居たのだ。
キラとナナが居のだ。
誰にもそれを言えないから説得はできないが、これは確証というより事実だ。
そして彼は、隊長としてこの作戦を決めたのだ。
「ああ……」
アスランはまた、曖昧に笑った。