出航
アークエンジェルの修理は完了し、出航の時が来た。
港のドックに出水が始まり、アークエンジェルは再び戦の水に身を浮かべる。
ナナは地球軍の軍服を着て、アークエンジェルのドックにいた。
そしてすっかり甦ったグレイスを見上げていた。
みな、彼女がアスハの名を捨てて同行することに、驚きを隠さなかった。
が、ナナは相変わらず平然としていた。
己の意志を言葉にして言うつもりはなかったし、マリューやフラガが理解してくれているとわかっていた。
それに……。
正直、フェンス越しに見た顔が頭から離れなかった。
だから、自分のことについて考える余裕がなかった。
やがて、いよいよ出航というときに、ブリッジからアナウンスが入る。
キラと自分に、後部デッキに上がるようにとの指示だった。
「キラ」
「……なんだろう……もう出発なのに」
二人は互いの間の空気をぎこちなくしたまま、供にデッキに上がった。
すると、港からカガリが駆けてくる。
彼女は走りながら、港施設の上方を指差した。
「お前のご両親っ……!!!」
ナナの隣で、キラが息をのんだ。
そこからコチラを向いていたのはウズミと、そしてキラが決して会おうとしなかった彼の両親だった。
二人は届くはずの無い声で何か言い、キラの母は泣いた。
「キラ! ナナ!」
やがてデッキに上がってきたカガリが、息を切らしながら言った。
「キラ……! 本当に、会わないまま行くのか?!」
キラはうつむき、両親のいる方に背を向けて言った。
「……二人に……心配しないでって……伝えてくれる?」
カガリはうなずき、それ以上何も言わなかった。
そして、ナナに向き直った。
「ナナ……お前はいつでも、私の姉なんだからな!」
「カガリ……」
少し涙をため、叫ぶように言った。
「ぜったい
オーブの公人の服を着たカガリを、ナナは目を細めて眺めた後
「わかった」
小さく笑った。
そして、父の言葉と想いを受け止め、ここに残ることを決めた“妹”に誓った。
「行ってくるね」
カガリは少し零れた涙を拭って笑った。
そしてナナとキラに抱きついた。
「お前らっ……死ぬなよ……、絶対!!!」
ナナとキラは彼女を安心させるようにうなずいて、別れを告げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アークエンジェルはいよいよ戦の海へと舵をとった。
ウズミは領海ギリギリまでオーブの護衛艦をエスコートさせた。
再びドックに戻ったナナとキラは、そのままパイロットスーツに着替えていた。
示し合わせたわけでない。
ただ、二人とも
何の命令も出ないまま、ストライクとグレイスに乗り込む二人に、マードックは当然驚いた。
「おいおいどうしたんだよお前ら? まだ戦闘配備はしかれてねーぞ」
キラは淡々とコックピットに入りながら言った。
「領海を出たら、ザフトの攻撃が始まりますから」
その言葉にどれだけの確信があるのか、マードックには知る由も無かった。
ただその数十分後、オーブの領海を出て間もなく、二人の予想どおりに第一戦闘配備が発令された。
≪向かって来るMSは、デュエル、バスター、ブリッツ、イージスの4機です!≫
ミリアリアから通信が入っても、二人に驚きなどあろうはずも無かった。
≪グレイスは艦上空、ストライクは後部デッキへ……!≫
指示が入ってから、ナナは初めてキラに通信を入れた。
「キラは迎撃に回って! 私はスカイグラスパーと空中戦をやる」
≪了解!≫
あえて二人とも、“アスラン”については触れなかった。
ナナはキラに気遣う言葉をかけなかった。
結局、彼には話せなかった……。
今さらそれ話してもどうにもならないし、何より自分も余裕がなかった。
発進後、グレイスはすぐに遠距離からバスターの攻撃を受けた。
回避行動は難なくこなす。
グレイスの操縦桿を握るのは久しぶりだったが、ナナの腕は衰えてはいなかった。
ストライクもトールの乗ったスカイグラスパー2号機の支援を受け、煙幕の陰からビーム砲を放つ。
敵の4機が散開したと同時に、グレイスは長く折られていた羽を羽ばたかせてバスターに接近し、『グゥル』を破壊する。
それが無ければ、モビルアーマーに変形できるイージス以外の3機にとって、大気圏での空中戦は不得手だった。
自在に空を飛べるグレイスは、イージスに向かって行く。
(イージスは……私がっ……!!)
ナナには以前より強い思いがあった。
“アスラン”のことは頭から捨てる。
たとえここで彼を撃つことになっても、自分が撃たれたとしても、キラがそうなるよりは良いように思えた。
あの夕暮れに、フェンス越しに向き合うキラとアスラン、そして自分。
一番恐ろしいのは、キラとアスランが殺し合うことだと思った。
そんな瞬間は見たくない。
そんなことはさせたくない。
だから、あの孤島での優しい“アスラン”は忘れてイージスに銃を向ける。
が、“イージスのパイロット”の腕はナナを凌いだ。
追い詰められないまま、アークエンジェルへの攻撃を許してしまう。
しかし、トールからの支援もあり、互いに決定的なダメージのないままに時が過ぎる。
全体の戦況は、アークエンジェル側の有利な展開で進んだ。
グレイスはエネルギーパック補充のため、一時的にアークエンジェルに着艦した。
おそらくストライクもあと10分でこの行為が必要になるだろう。
しかし、それ以前に敵の4機が先にフェイズシフトダウンするはずだった。
「ミリアリア、敵の状況は?!」
≪ストライクの攻撃でブリッツが戦闘不能に、デュエル、バスターもグゥルを失ってるわ。今はスカイグラスパー1号機が交戦中です≫
「……イージスは?」
≪ストライクと交戦中……! 今小島に着陸したところよ!≫
ナナは奥歯を噛んだ。
すでに汗でびっしょりだった。
「エネルギーパック交換終了、グレイス出ます!!」
早く其処へ……!
嫌な予感がした。
再び明るい空の下へ出ると、眼下の小島でストライクがイージスと交戦していた。
痛む胃を押さえつけ、迷わず其処へ向かう。
≪ストライク! 何をしている!! 出過ぎるな!!≫
アークエンジェルから通信が入るも、ストライクはイージスへ向けたソードを引かなかった。
そしてイージスも、激しくストライクに応戦する。
が、ついにイージスのフェイズシフト装甲が剥がれた。
「キラ……!!!」
続く言葉は出なかった。
「撃つな」と言えば罪になる。
じゃあ、キラより先に撃てば……と思えども引き金を引く指は動かない。
グレイスはソードを振り上げたストライクの脇にただ降り立った。
「キラ……待って……!!」
力尽き、ただのグレイの塊になったイージス。
必死で頭をめぐらして、ナナはキラに言う。
「待って! このまま……」
このまま拘束を……。
刃を振り下ろす前にそうして欲しいと言いかけたその時、グレイスの右肩に突然衝撃が走る。
「……ぐっ……!!」
≪ナナ……?!≫
戦艦1隻分の大きさもない、小さな島だった。
木も生えない岩盤むき出しの島。
一体何処から……?
十数メートル後方へ押し込まれて顔を上げると、ブリッツがミラージュコロイドを解いてこちらへ向かって来ていた。
「ブリッツがっ……!?」
最後のミサイルをグレイスに向けて放ったのだ。
「キラ……!!!」
ナナは咄嗟に前方のストライクを見た。
今、こちらは完全に虚をつかれている……。
それからは、やけにスローモーションでその光景が映った。
ストライクは体当たりしてくるブリッツを寸前で避けた。
そして、手にしたソードでブリッツのコックピット斬りつけた。
グレイスと、ストライク、そしてイージスの目の前で、ブリッツは爆音と供に散った。