「トールと……」
ナタルが告げたのは、スカイグラスパー・ケーニヒ機と、そして……。
「キラ……が……?」
ストライクのロストだった。
≪イズミ少尉! 聞いているのか?!≫
しばらく、目の前が真っ暗だった。
ようやく我に返ったとき、ナタルの声がコックピットに響いていた。
≪今バギーをそちらへ向かわせて、捕虜を確保する。少尉はバスターの主要パーツを艦へ収容しろ!!≫
ナナは黒煙から、同じくそれを見上げるバスターのパイロットへ視線を移した。
そして、奥歯を強くかみ締めた。
(トール……キラ……!!)
胸の奥に、二人の名を……そして
(……アスラン……!!)
もう一人の名をしまいこみ、
「グレイス了解しました」
ブリッジにそう答えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アークエンジェル艦長マリュー・ラミアスは、トール・ケーニヒとキラ・ヤマトをMIA(Missing In Acution)と認定した。
彼らの機体の捜索はしなかった。
なぜなら、艦はさらなるザフトの追撃を避け、一刻も早くその場を離脱せねばならなかったからである。
マリューはオーブへ救援信号を打ち、断腸の思いで島を後にした。
ロッカールームで、ナナは着替えもせずにうずくまっていた。
ヘルメットは隅に転がり、ロッカーの扉はへこんでいた。
(やらなくちゃ……!!)
震える肩を押さえつけた。
(私がみんなを護らなくちゃ……!!)
血が滲むほど、唇をかみ締めた。
(しっかり……しなくちゃ……!!)
くらくらするほど強く目をつむった。
(……強く……!!)
息を吸うことも吐くことも止め、心の芯に力を込めた。
(……強くならなくちゃ……!!!)
やがて軍服に着替えたナナは、静かな顔でロッカールームを出てブリッジに上がった。
へこんだロッカーの前に、一粒だけ落ちた雫が染みを残していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「大丈夫ですよ」
艦長室での作戦会議の最後、ナナは言った。
「向こうの追撃部隊もかなりの打撃を受けているはずです。次は私が艦を護ります」
そして士官たちの深刻な空気をかき消すように微笑して、その場を後にした。
フラガやマリューが目を見張るほど、ナナはあれから冷静に立ち回った。
アラスカまで、まだまだ気の抜けない航海のなか、今までどおりに作戦会議に参加し、グレイスの整備はもちろん、バスターの修理にも携わった。
「本当に……あのコには助けられてばかりですわ……」
ナタルが去った後、マリューはそう呟いた。
「この状態であんなふうに振舞えるとは……頭がさがるね、まったく」
フラガも苦笑する。
二人の胸中は複雑だった。
軍人の訓練など受けていない一人の少女が、前線で戦い、戦友を失い、責任を負い、混乱する艦の中で落ち着いた振る舞いをするのは相当の覚悟がいるはずだった。
無理をしていないはずがない。
わかっていても、事実、再び戦闘になれば彼女に頼るところの大きさは明らかだった。
上官として彼女を救うどころか、助けられてばかりいる。
強い意志を持って彼らを気圧したオーブの獅子を思い出し、二人は同時に息をついた。
ドックに向かっていたナナは、意外な人物に呼び止められる。
それは、怯えたような顔をしたフレイ・アルスターだった。
「ナナ……あの……」
ナナが彼女と言葉を交わした回数はわずかだった。
そればかりか、キラが居なくなってからは一度も顔を合わせる機会が無かった。
「あ、あの……」
ナナは視線を逸らし、言葉を躊躇うフレイに対して優しく言った。
「ごめんね、フレイ」
その声の柔らかさに、フレイは両目を見開く。
「キラを護れなくてごめん」
フレイは顔をひきつらせたまま何も言わなかった。
「でもせめて……アラスカに着くまで艦は私が護るから」
だから安心して……と、ナナは言って彼女の前から去った。
やがてドックへ着いたナナは、バスターの修理工程を確認する。
推進部が回復せず、もしグレイスが戦闘不能になったとしても、乗り換えて出撃することは困難だった。
「お前が言ったとおり、グレイスの部品でなんとかならないかってやってみてはいるものの……長距離型と空中戦型じゃ構造が違いすぎるからなぁ……」
マードックがぼやいた。
「とりあえずアラスカ勢力圏までに、バスターの高エネルギーライフルの方をグレイスに適合させてもらえませんか?」
データを眺めながらナナが言う。
「あの長距離砲は対艦装備だから、戦艦で追撃されたときに使えるようにしておきたいんです」
マ-ドックの表情がかすかに変わった。
「火力をある程度抑えて……トリガーをグレイスのライフルの部品と取り替えたりなんてできます?」
「なるほど、それならすぐにできそうだ」
ナナがその場ではじき出したデータを見ながら、マードックはすぐに整備員を集め、作業にとりかかった。
「おねがいしまーす」
ナナは普段どおり、いや、普段よりも明るく言った。
ドックの整備員たちにも、不安の影は覆いかぶさっていた。
機体を最も良く知る彼らだからこそ、あのストライクが落とされたという事実はリアルに伸し掛かったのだろう。
マードックでさえも、表情を暗くしていた。
だからこそ、彼らには前向きに作業に取り掛かる時間が必要だった。
そのためにナナが休憩時間も惜しんでデータを作っていたことは、誰も知らなかった。