やがてアークエンジェルはアラスカの地球連合軍本部へと到達する。
ようやく辿り付いたその場所で待ち受けていたのは、歓迎でも安息でもなく、不可解な仕打ちだった。
「クルー全員が艦内待機って、どういうことですか?」
さんざん待たされて、ようやく本部から士官らの召集がかかった後、ナナはブリッジに呼ばれてそれを告げられる。
アルテミスでのことを思い出し、ナナのこめかみがピクリと張った。
「まぁ……オレたちは“厄介者”っていうことだろ」
フラガはいつもの口調で言った。
ナナは一瞬ナタルの横顔を見て、表情を変えずにまた聞いた。
「査問は避けられないってことですか?」
「だろうな」
これまでの、艦の行動の報告はすでにアラスカに上がっているはずだった。
だとしたら……。
ヘリオポリスを崩壊させたこと、先遣隊を全滅させたこと、アルテミスを壊滅させたこと、第8艦隊を犠牲にしたこと……数々の報告が本部の高官たちの機嫌を損ねていることは確かだった。
そして、わざわざヘリオポリスで極秘開発した新型MSのパイロットが、コーディネーターとオーブの元代表の娘だったという“内情”も……。
「捕虜がいることも伝えてあるんですよね?」
「それに対する返答もないの……」
マリューは困ったようにため息をついた。
「補給はすぐに受けられるんですか?」
「今のところは未定だ」
ノイマンも操縦席で肩をすくめた。
「あなたも……査問会では辛い立場になると思うけど……」
マリューがナナの身を案じた。
「覚悟はできてますよ」
ナナは軽い口調で答えてブリッジを後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やれやれ……。
ナナはやっとのことでここへ辿り付いたうえでのこの仕打ちに、軍人という者に対してますます呆れはてていた。
2時間後の査問会では、本部の容赦ない尋問が待ち構えていることだろう。
戦闘データだけを搾り取って利用し、面倒な艦はお払い箱に……という嫌な予感が脳裏を掠めた。
自身のことに対しては、どうということはなかった。
本部の人間たちの興味が自分に向いていることも、今後の利用価値を計算していることもわかりきっている。
それより……この艦が心配だった。
この艦でなければ、意志は全うできない……。
今まで犠牲にしたものを無駄にしたくは無かった。
オーブも、カガリの思いも、そして……キラも……。
「なんとかしなきゃね……」
気を取り直したように軽く呟き、ナナは居住区へ向かう。
今もブリッジに姿の無かったミリアリアが心配だった。
トールが居なくなってから、ミリアリアは水すら口にできない状態だった。
ナナが艦の仕事で忙しく動き回る分、サイがかいがいしく彼女を気遣った。
同じくキラを失って不安になっているはずのフレイと彼が、一緒に居るところは見かけなかったが……。
「サイ……!」
その彼が、向こうから歩いて来る。
彼の肩にいたトリィがナナを見つけて飛んで来た。
「ナナ……休憩中?」
「うん、ミリアリアは?」
サイは疲れた顔で答えた。
「医務室で休ませてる……。全く食欲がないんで、ちょっとドクターを呼びに行ってくるよ」
「じゃあ私、側についてるね」
「うん、そうしてやって」
サイも、友達を失って余裕を無くしているはずだった。
その後姿を見送りながら、ナナは小さくため息をつき、肩にトリィを乗せたまま、ミリアリアの居る医務室へと向かった。
そしてその扉を開いた時、信じがたい光景を目にする。
「ミリアリア……!!?」
目を血走らせたミリアリアが、ベッドから床に転がり落ちたザフトの捕虜にナイフを振り上げていた。
「トールがいないのに……!!!」
ミリアリアの怒りを滲ませた叫びに、ほんの一瞬、ナナの足が竦んだ。
「なんであんたが此処に居るのよっ……!!!」
捕虜のディアッカ・エルスマンも、彼女に完全に気圧されていた。
「ミリアリア……!!!」
ナナは辛うじて、彼女の腕を掴んだ。
「ミリアリア……ごめんね……!!」
そして彼女を抱えてそう言った。
「ごめんね……!!」
泣き崩れる彼女に、その言葉しか言えなかった。
胸を締め付けるものは、これまでの平静さを剥ぎ取るようだった。
だが。
「でも……この人を殺しても、トールは帰って来ないっ……」
あえてそう言い、ミリアリアの手からナイフを奪って捨てた。
「ナナっ……!!」
ミリアリアは両手で顔を覆った。
声にならない悲鳴に、ナナは唇をかみ締めた。
その時。
カチャリ……
扉の方から嫌な金属音がした。
振り返ると、
「フレイ……?」
フレイがディアッカに向けて銃を構えていた。
しゃっくりあげるミリアリアと、後ろ手に拘束されたまま床に転がるディアッカ、そしてナナの前で、フレイが震える指を引き金にかけた。
「コーディネーターなんか……!!」
憎悪に染まった低い声で、
「みんな死んじゃえばいいのよ!!!」
そう叫ぶと同時に、身動き取れないディアッカに向かって引き金を引いた。
銃声が響いた。
寸前、ナナの身体は反射的に動いた。
脳内で、背中を撃ち抜かれる自分がイメージされた。
少し笑った。
戦場じゃなく、ここで最期を迎えたとしても後悔は無かった。
ただ少しだけ、あっけないオワリに自嘲した。
だが、痛みは無かった。
「な、なんで……よ……」
震える声がして、振り返った。
人を……憎きコーディネーターを撃ったはずのフレイは、その手から銃を振り払われ、あおむけに倒れていた。
彼女の手から銃を叩き捨てたのは、ミリアリアだった。
たった今までディアッカを殺そうとしていたミリアリアが、彼を殺そうとしたフレイを止めていた。
「なんで止めるのよ……!」
フレイは傍らで泣き崩れるミリアリアに問う。
「あんただってあいつを殺そうとしてたのに、なんで止めるのよ……!!」
ミリアリアは泣くばかりで、答えなかった。
ただただ、首を横に振っていた。
「ミリアリア……」
彼女の心境を思うと、言葉にならなかった。
彼女を守ろう……、早くここから連れ出さなければ。
かろうじてそれが浮かんで、ナナは身体を起こした。
すると、頭や肩、背中から何かが落ちてパリンと割れる音がした。
「お、お前……」
ナナの眼下で、ディアッカが瞳を震わせていた。
「あ、ごめん……」
あの瞬間、とっさに身体が動いて、彼に覆いかぶさっていたのだ。
「大丈夫……?」
彼に怪我はなさそうだ。
そのまま頭上を確認すると、天上の電灯が割れて落ちてきていたのがわかった。
「お、オレをかばって……」
殺されかけて動揺する彼を安堵させるように、ナナは笑った。
眉間が引きつっていたから、うまく笑えていないのは承知だった。
それでも良かった。
ナナはミリアリアに歩み寄り、肩を抱きしめた。
ミリアリアはすがるようにナナにしがみついた。
「フレイ……」
それを黙ったまま見つめているフレイに、視線を合わせた。
そこには確かに敵意がある。困惑も。
が、ナナはかみ締めるように強く、静かに言葉を吐き出した。
「そんなことを言ってるから、この戦争は終わらないんだよ……」
騒ぎに気づいたクルーが駆けつけるまで、誰も何も言わなかった。