査問会は、ナナが予測したとおりの議事進行だった。
本部のサザーランド大佐は、初めから『コーディネーター』を最重要機密機体に乗せたマリューの判断ミスを指摘した。
そしてこれまでのアークエンジェルの航海を、『大した戦果』と皮肉った。
表向きには「少尉」の階級を与えられたことになっているナナは、ノイマン曹長の隣で、淡々と査問の運びをうかがっていた。
理不尽かつ執拗な尋問に、時折椅子から腰を浮かせるフラガとマリューの背を冷静に見つめた。
やがて詰問の内容は、ナナ自身へと移行する。
サザーランドの眼の奥にあるものは、決して尊敬に値する上官の持つ光ではなく、探るような、責めるような、品定めするような……不快な光だった。
が、全て予測立てしていたナナは、冷静に振舞った。
いちいちサザーランドの挑発に乗るのも無駄な話と、馬鹿にした気持ちもあった。
もちろん、覚悟もしていた。
それに、キラとトールを失った悲しみはナナの心に広く水を張り、怒りの火など灯る場所はなかった。
ただ、
「コーディネーターがいるから、世界は混乱するのだよ」
そうサザーランドが言ったときだけ、ナナの心は細波だった。
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やがて。
「長時間の質疑応答ご苦労であった」
サザーランドはようやく査問会の解散を告げた。
同時に、起立したアークエンジェルの仕官たちにこう言った。
「フラガ少佐、バジルール中尉、イズミ少尉、アルスター二等兵以外の乗員は、このまま艦で待機するように」
名を呼ばれたフラガは怪訝な顔を隠さず問う。
「では、我々は?」
「この4名には転属命令が出ている。明08:00、人事局へ出頭するように」
「て、転属……でありますか?」
転属命令……ナナはその言葉にも表情を変えなかった。
本部のお偉方の腹の底は見えている。
「イズミ少尉はX-101グレイスと供に退艦してもらう。機体移送の準備もしておけ」
だからサザーランドがナナを見てそう言ったとき、ナナは静かに口を開いた。
「最後に、サザーランド大佐にお聞きしたいことがあるんですが」
サザーランドは興味深げに口の端を上げた。
ノイマンが隣で不安げにナナを見下ろす中、ナナはサザーランドの目をまっすぐ見て言った。
「この戦争は、どうすれば終わるとお考えですか?」
マリューとフラガが振り返った。
サザーランドの部下たちも、吐息を詰めた。
「簡単なことだろう」
サザーランドはなだめすかすように答えた。
「“敵”を全て倒せばよいのだ」
今度はナナが、口の端を上げた。
「“敵”……ですか……?」
「そうだ。前線で戦果をあげてきた君ならば、よくわかっているはずだろう?」
ナナは答えずに、いかにも彼の答えに賛同したかのように笑んだ。
サザーランドも満足そうにうなずき、会議室を去った。
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「大変だったな、お前も」
アークエンジェルのドックに戻ってから、フラガは大きなため息をついた。
「平気ですよ。聞かれることはわかってたし」
ナナはなんでもないことのように答える。
「逆に、尋問の内容が予想通りで面白かったです」
肩をすくめると、フラガは「参った」といったように苦笑した。
「最後に……何であんなことを聞いたんだ?」
そしてナナの真意を問う。
ナナはグレイスを見上げながら、淡々とした口調で応えた。
「地球軍の……真意を知りたかったからです」
その横顔が大人びていて、フラガは一拍置いてから問いを続ける。
「で、わかったのか?」
ナナはじれったいほどにゆっくり、彼を向いた。
「コーディネーター
サザーランドの声が甦る。
「“敵”を全て滅ぼすことで戦争を終わらせる……と」
ナナは憎悪すら篭もった瞳を見せた。
「…………」
それで、フラガはナナの想いを理解した。
もともと彼は、ナナが地球軍のために艦に乗ったわけではないことを知っていた。
彼女の意志も聞かされた。
ここでは、ナナの意志は叶わないと理解した。
「で、オレたちは転属命令が出されたが……どうする?」
「転属になった顔ぶれを見ると……本部の目的が気になります」
「目的……?」
転属になったのは、フラガとナナ、そしてバジルールとフレイである。
「戦果を上げてきた少佐と、“貴重な”MSパイロットの私。それに、上官命令に忠実なバジルール中尉、そしてアルスター前事務次官の娘であるフレイ……」
「どれも『使えそうな人材』ってわけか」
ナナは整備員らに聞こえぬよう、小さな声で言った。
「あとのクルーは“お払い箱”ってことですかね」
「お払い箱……」
ナナはわずかに眉をひそめた。
「おかしくないですか?」
フラガは組んでいた腕をほどいた。
「何がだ?」
次に言うナナの言葉に、嫌な予感がしていた。
「アークエンジェルは仮にも、わざわざ中立国オーブで秘密裏に開発した新造艦ですよ……? ザフトが執拗に追撃するほどの……」
ナナが何を言いたいのか、フラガも少しずつわかりかけてきた。
その分、嫌な予感が強くなる。
「いわば“大きな餌”……でもその中身には、軍にとって取って足りぬと判断した人員……」
「ナナ……何を……」
ナナの言葉には、包み隠すところが何もなかった。
「大きな餌で釣りたい獲物があって、それをまるごと切り捨てるほど大きな“作戦”があるってことですよね?」
ナナは顔大人びた顔で、移送準備に追われるグレイスを見上げた。
「……大きな……作戦……?」
ナナの言葉は、彼女の予測でしかなかった。
だが、フラガは寒気さえ覚えた。
言われてみれば、当てはまる。
まだ子供の域を脱しきらず、軍教育すら受けていない彼女の言葉には、いちいち納得できる部分があった。
「だがオレたちは……」
が、彼らは今、軍人でという立場である。
いくら不信をつのらせたとて、異議を申し立てることは不可能だった。
本部の命令には従わねばならないのだ。
「ま、だからといって
ナナはそれすら先回りして、皮肉めいた笑いを見せた。
「ナナ……従うのか? 転属命令」
「あたりまえじゃないですか。従わなきゃ反逆罪でしょ?」
今までの表情とは一転、ナナは乾いた笑い声をあげる。
「それは……お前の意志とは反するんじゃないのか?」
フラガがそう、強い口調で言ってみても。
「ここで軍法会議にかけられたら、それこそもともこもないですから」
ナナは肩をすくめた。
「地球軍の命令には従いますよ、とりあえず」
「ナナ……」
やけにあっさりとしたナナの答えに、今度はフラガが眉をひそめる。
が、ナナは遠くで呼ぶマードックの方へ向きを変えながら、また大人びた笑みで言った。
「とりあえずは……ね」