戦慄の宇宙(そら)の果て   作:亜空@UZUHA

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痛み

 ナナは人事局から渡された辞令を、まるめてダストボックスに放り込んだ。

 転属先は最前線のパナマではなく、大西洋連邦の首都、ワシントンD.Cであった。

 やはり……予測はまたも的中した。

 ナナの()()()()()は、リスクを伴う前線ではなく、より懐深くにしまいこんで利用しようと……軍上層部はその恩恵を計算している。

 本当に戦争を終わらせたいのか、ただ力を得てそれを誇示し続けたいのか……。

 呆れてため息がとまらなかった。

 

「とりあえず……グレイスと一緒でよかった……」

 

 ナナは呟きながら、ベッドの上に乗せた“空っぽ”のトランクを閉じた。

 肩でトリィが鳴いた。

 

「トリィはサイやミリと一緒にいてあげてね」

 

 キラの想い出……。

 トリィが鳴くたび、羽ばたくたび、胸にこみ上げる。

 

「キラ……」

 

 これまで生きてきた中で、後悔はたくさんある。

 でも、一番大きな後悔は、彼を戦場に引っ張り出したこと。

 彼を死なせたこと。

 彼を、親友と戦わせたこと……。

 ナナはもう一度鳴いたトリィをトランクに乗せ、手ぶらで部屋を出た。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 固いマットが敷かれただけの粗末なベッドで、ディッカはずっと黒い天井を見上げていた。

 医務室で、自分を殺そうとした二人の少女と、護ろうとした二人の少女……。

 全ての光景が、頭から離れなかった。

 先ほどそのうちの一人がここを訪れた。

 怯えながらも、自分に会いに来たミリアリアという少女……。

 初めは自分を殺そうとナイフを振り上げたくせに、自分に向けられた銃口を払った。

 

 なぜか……。

 

 考えても、答えを見つけることはできなかった。

 ただ、今までに感じたことのないモノが、胸の奥から湧き上がる。

 それすら何なのかわからなくて、彼はもどかしさに寝返りをうつばかりだった。

 そこへ。

 

「怪我は大丈夫?」

 

 突然現れたのは、自分を護った少女だった。

 

「お、お前……」

 

 初めに投降を勧告した、グレイスのパイロット、ナナだった。

 彼女の頬にこそ、自分をかばった際にできた切り傷が赤く筋となっている。

 

「私、この艦を降りることになったから」

 

 しかし、ナナは彼が何か言う前にそう告げた。

 

「パ、パナマに行くのか……?」

「え……?」

「ザフトが攻めてるのはパナマだろ……。前線に送られるのか?」

 

 少し疲れた顔のナナに、そう言う。

 それが「心配」ととられても、もうどうでもよかった。

 

「ちがうよ。D.Cに行けって言われた」

「そ、そうか……」

 

 少しの沈黙があった。

 ナナも何か言葉を選んでいるようだった。

 だから彼は、言うしかなかった。

 

「お前とアイツ……、なんで……あの時オレをかばった……?」

 

 ガラにもなく、躊躇う。

 

「オレはお前らの敵だろ? なんでかばったりしたんだよ」

 

 自身で出せない答えを、ナナに求めた。

 

 

「だってあなたは“敵”じゃないから」

 

 

 だが、ナナはあたりまえの事のようにそう言ってのけた。

 

「な、なに言ってんだよ。お、お前らにとって、オレは敵だろ?」

「敵じゃないよ」

「オレはお前らを攻撃したんだぞ……?!」

 

 何度も何度も、相手の“死”を願ったはずなのに……。

 

「だけど、“ディアッカ”は敵じゃない」

 

 ナナの答えはあまりに簡潔すぎた。

 が、初めて名を呼ばれた瞬間、急に渦巻いていたもどかしさが鎮まった。

 あの時、銃口が向けられたときに叫ばれた言葉。

 

『コーディネーターなんて、みんな死んじゃえばいいのよ!!』

 

 憎悪の言葉は、それまで自分たちが思っていたことと少しも変わらなかった。

 愚鈍なナチュラルどもが……ナチュラルなんかがいるから……。

 ナチュラルなんて滅びてしまえ。

 そう思って戦ってきた。

 たくさんのナチュラルを殺してきた。

 ナチュラルが自分たちコーディネーターにも、同じように考えていると知ったつもりで。

 それが「憎しみ」と勘違いして。

 だが、その言葉を聞いていたはずなのに、寸前まで自分を殺そうとしていた少女は自分を護った。

 そして、同じく自分をかばった少女が言った。

 そんなことを言っているから、戦争が終わらない……と。

 ひどく傷ついた横顔で、心の奥底から湧き出る意志のような何かを、あの場で吐いた。

 

「あなたは?」

「え?」

 

 その時の顔をして、逆にナナが言った。

 

「私が憎い? まだ殺したい?」

 

 問われて、しばし黙り込んだ。

 答えを探していたのではない。

 これから吐き出す自分の言葉の重みを知っていた。

 

「いや……」

 

 「ちがう」と、彼は小さな声で呟いた。

 彼の“軍人”としてではなく、ディアッカ・エルスマンという一人の少年としての返事だった。

 

「そういうコトでしょ?」

「…………」

「なのに……どうして……」

 

 ナナは冷たい柵を握り締め、目を伏せた。

 

「どうしてキラとアスランが殺し合わなくちゃならなかったのかな……」

「……え……」

 

 聞いたことのない名と、聞き覚えのなる名が、同時にナナから発せられた。

 

「お前、アスランを知ってるのか?!」

 

 ナナはうつむいたまま、否定はしなかった。

 

「アスランは……どんな人だった……?」

 

 そして悲しげに、彼にそう問う。

 何かを我慢しているナナに、ディアッカは素直に答えた。

 

「お人よしで、甘いやつで、頭が固くて……」

 

 ふと、自分の中にある“痛み”を実感しながら。

 

「……でも、イイヤツだった……」

 

 少し、ナナは微笑した。

 

「やさしかったよね……」

「あ、会ったことあるのかよ……」

 

 完全に傷をさらけ出したナナの笑み。

 

「お互い遭難したときに」

 

 ディアッカは息をのむ。

 確かに輸送船が落とされて、アスランが機体ごと行方不明になったことがあった。

 あのときに、二人は出会っていたというのか……。

 それでも、戦わなくてはならなかった……と。

 だが、ナナはさらに言った。

 

「知ってた……?」

「な、何を……」

「ストライクのパイロット……キラは、アスランと友達だったの」

 

 アスランの苦悩の表情が今さらながら鮮明に思い出される。

 あれほど執拗に追撃したストライクのパイロットが友人だったとは……。

 アスランはどんな気持ちで……?

 

「私は二人を止められなかった」

 

 ナナの影が、彼に落ちて揺れていた。

 

「アスランは……キラの“敵”じゃなかったはずなのに……」

「ナナ……」

 

 自然と、名が口を伝った。

 

「もう……こんなことは繰り返したくない」

 

 彼の身体は脳が命じるわけでもなく、ナナの前に立っていた。

 

「どうすればいいのかなんて、わからないけど……」

 

 涙を零すことすらできず、ただ柵を握り締めて立っているナナに、かける言葉はない。

 

「何が“敵”で何が“敵”じゃないのか……」

 

 ただ、彼は黙って彼女の言葉を受け止めた。

 

「知らなきゃ戦争は終わらない……!」

 

 ナナは彼の瞳をまっすぐ見つめた。

 何を言っても、揺るがぬ光。

 それは彼女の芯が揺るがないことを証明していた。

 

「これからあなたが何処へ行っても……」

 

 ナナは無理矢理笑みをつくり、手を差し入れた。

 

「ミリアリアがしたことを、忘れないで」

 

 言葉の意味は、案外すぐにわかった。

 

「ああ……」

 

 彼はその手を、ゆっくりと握り返した。

 

 

 

 

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