空っぽのトランクを片手に、ナナは艦のゲートに向かった。
艦長を初め、アークエンジェルの乗員たちが、退艦する4人を見送るために並んでいた。
「ナナ……!」
サイとミリアリアもそこにいた。
「サイ、トリィをよろしくね」
肩のトリィを彼に渡す。
「ナナ……」
言葉を詰まらす二人に、ナナはいつもどおり軽い口調で言った。
「今までありがと。二人に会えて本当に良かった」
そしてマリューに頭を下げる。
「お世話になりました」
「ナナ……」
それ以上の言葉はなく、二人は固く握手をした。
あまりにさばさばした姿に、「ナナらしい」……と見守る乗員たちは思う。
ナナはそのまま、ノイマンらに笑みを残し、敬礼する乗員たちの間を淡々と歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあ、私はここで」
基地のドックで、ナナはフレイとナタル、そしてフラガに別れを告げた。
ここからシャトルに乗って移動する彼らと違い、ナナには迎えが来ていた。
「バジルール中尉、今までお世話になりました」
「ああ、少尉も無事で」
彼女の思想はナナの意志とは重ならなかったが、彼女に救われた分は大きかった。
だから、感謝の念を込めて彼女の敬礼に答える。
そしてフレイを向き、
「いろいろごめんね、フレイ」
そう言って手を出す。
「元気でね」
だからこれも本心だった。
いつかきっと……戦争の意味を知って欲しいと、キラのやさしさにすがったフレイだからこそ、その意味を知るはずだと、願いを込めた。
フレイは泣きそうな顔のまま、迷ったすえに手を握り返した。
「じゃあ、フラガ少佐」
「頑張れよ」
彼はいつになく真剣な瞳で言った。
「ありがとうございました」
ナナは先に差し出された手を、しっかりと握った。
「こっちこそ……お前には助けられてばかりだった……」
互いに笑みを交わす。
ナナが最も多く言葉を交わしてきたのは彼だった。
だからナナも、彼にはずいぶんと助けられてきた。
「また、どこかで会えるといいですね」
そう言うと、フラガは黙ってナナの頭を撫でた。
輸送船に乗り込んだナナは二人の軍人に連れられて、キャビンへ向かっていた。
グレイスは無事に搬入を終えて、格納庫で横たわっている。
その時、突然、船が大きく揺れた。
ナナはとっさに、壁に手を付く。
「な、なんだこの衝撃は……」
「敵襲か?!」
「この基地に? まさか……!」
軍人の一人が、操縦室に連絡をとる。
ナナは残る一人に言った。
「ザフトの攻撃目標はパナマじゃなかったんですか?」
わずかに青ざめた彼は、険しい顔で答えた。
「ああ……だから主力部隊はすべてパナマへ向かっている……」
ナナのこめかみがピクリとひきつった。
ザフトはパナマを陥落させに来るはずだった。
まさかこのアラスカが攻撃の対象になっているとは……。
再び基地が揺れた。
明らかに、爆撃を受けた衝撃だった。
「緊急発進する。キャビンへ急げ!!」
連絡を取っていた一人が、大声で叫んだ。
「ザフトが目標をアラスカ本部に変更し、総攻撃をしてきたらしい!」
「なんだと?!」
「守備隊が敵を食い止めている間に、我々は離脱する!!」
「離脱? 本部からの命令か?」
「サザーランド大佐からの勅命だということだ」
ナナは二人のやりとりに割って入った。
「『守備隊』って、アークエンジェルや、ここに残った艦のことですか?」
その言葉に騙されるほど、ナナは愚かではなかった。
主力部隊をパナマに向かわせているということは、ここにはろくな戦力は残っていないということだ。
たとえば、MSのパイロットもMAのパイロットも退艦し、補給すら受けていないアークエンジェル……。
「私もグレイスで『守備隊』に加わります」
そう申し出た。
しかし、戸惑いつつも、軍人たちはそれを否定する。
「だ、駄目だ! 貴様はこの戦闘に加わらず、ワシントンへ輸送されることになっている!」
「サザーランド大佐の命令ということだ! ここは守備隊に任せて我々は……」
「今の戦力じゃ、確実に基地が落とされますよ?!」
二人とて、わかっているはずだった。
ここにはザフトの総攻撃を食い止める戦力が無いことも、ここが陥落不可の地球軍本部であるということも。
「本部が落とされるかもしれないのに、黙って逃げろというんですか?!」
「しかしこれは……」
「離脱中に落とされないという可能性が無いわけじゃないでしょう?!」
強い口調は、完全に二人を圧倒した。
ナナの脳裏では、今までの嫌な予感が形を成した。
“大きな餌”で釣りたい獲物と、それを切り捨ててまで成功させたい“大きな作戦”。
「……っ……!!」
ナナの中で何かが弾けた。
「おい!」
「止まれ!!」
船の揺れと同時に、ナナは走り出す。
キャビンではなく、格納庫へ。
二人の軍人はナナの突然の行動に、銃さえ撃った。
一発が、右足をかすめる。
ナナはその場にうずくまった。
「手間をかけさせやがって!」
一人がナナを乱暴に引っ張り起こす。
と、その鳩尾にナナの拳が飛んだ。
「貴様! 反逆罪と見なすぞ!!」
もう一人が再びナナに銃を向けた。
が、ナナはその腕を取って投げ飛ばす。
あっけなく床に落ちた彼の銃を拾い、ナナは振り返りもせずに走り去った。
幸い、銃弾は右のふくらはぎをかすめただけだった。
それに、熱い痛みも怒りの前に消えていた。
「どいて!」
ナナはグレイスの周りにいた数人の整備員を退ける。
彼らは今受けている攻撃に対して、無防備に慌てふためいていた。
持っていた銃を上に向けて一発放つ。
と、一瞬でその場は鎮まった。
「グレイスは迎撃に向かいます。船はこのまま発進させるよう、ブリッジに連絡を!」
ナナとて、一応彼らの「上官」だった。
「ハッチを開けて!」
整備員たちは言われたとおり、グレイスから遠ざかった。
やがて開けられたハッチから、ナナはグレイスに乗って飛び出した。