光
アークエンジェルのブリッジに、艦長ら主要メンバーとナナ、そしてキラが居た。
キラはイージスとの戦闘後に“ある人”に救助され、プラントで保護されていたことを明かした。
そして、ニュートロンジャマー・キャンセラーを搭載したザフト軍新型機『フリーダム』を託されたことを。
マリューらアークエンジェル側は、彼にアラスカ基地で起きたことを話した。
ザフト軍の攻撃目標が初めからアラスカであることを、本部が知っていたこと。だからこそ、サイクロプスという代物で対抗する策があったこと。
その限りなく事実に近い予測を交えて。
ナナは一言も言わず、側面モニターに寄りかかっていた。
その場の空気は、キラとの再会を果たしたにも関わらず、重苦しいものだった。
何故なら、『本部の策』であるサイクロプスからは免れたものの、その先にとるべき道は険しいものだと皆が知っていた。
「このまま、自力でパナマに行くんですか?」
サイの問いにフラガがため息交じりに答えた。
「歓迎してくれるとは思えないんだよねぇ、オレたちは“色々”知っちゃってるからさ……」
色々……それは今しがた話したばかりの“予測”。
絶対に公表されるはずの無い軍の最重要機密に違いなかった。
「命令なく戦列を離れた本艦は、『敵前逃亡艦』……ということになるでしょうね……」
マリューの言葉は、軍人である彼らに重く圧し掛かる。
「原隊に復帰しても、軍法会議……か」
敵前逃亡は銃殺刑。
軍人ならば誰でも知っている軍規である。
「私たちは……何のために戦っているのか、わからなくなるわ……」
マリューの言葉は、一軍人としてではなく、一人の人間としての言葉のように響いた。
だから、キラは言った。
「こんなことを終わらせるには、『何』と戦わなくちゃならないと思いますか?」
静かな問いに、全員が彼を見る。
「僕たち……僕は、それと戦わなくちゃいけないんだと思います」
己の言葉をかみ締めるようにうつむいた彼は、ふと顔を上げてブリッジの隅を見た。
静かに佇む、ナナの方を。
「そのことを、今までずっとナナが教えてくれていたのに……誰も気付こうとしなかった」
皆がつられてナナを見た。
「これからは……逃げずに戦います」
キラの宣言に、皆はナナの言葉を待った。
少しの沈黙の後、ナナは壁から背を離し、一度目を伏せた。
そして、顔を上げて言った。
「オーブへ……」
何度もここに響いた、強く静かな声だった。
「この先も、逃げずに戦おうというのなら……オーブへ向かいませんか?」
ナナは再び、彼らを導いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ナナとキラは、並んでフリーダムを見上げていた。
再会を果たしたとき、キラはこの機体に「ニュートロンジャマー・キャンセラ-」が搭載されていることをすぐに明かした。
それは、核兵器を無効化するニュートロンジャマー(Nジャマー)の影響を打ち消す装置である。
つまり、核が使用不可になった世界に、再びその力をもたらすものであった。
それを搭載したフリーダムは、核によって動いている。
エネルギーの枯渇は無く、補給がいらぬ、いわば無敵の機体。
だからこそ彼は、そのデータを奪おうとするのなら、敵対してでも守る……と強く言った。
『それが、この機体を託された僕の責任です』
その時に、殺気すら滲ませたキラを思い出し、ナナは彼を見上げる。
「この機体……」
まだ、なんとなくぎこちなかった。
「誰に……託されたの……?」
キラはゆっくりとナナに視線を移し、答えた。
「ラクスだよ」
「ラ、ラクス?」
あの優しい歌姫との出会いを、ナナは鮮明に覚えていた。
彼女がキラに、フリーダムを与えたというのか……。
「僕は保護されてからずっと、ラクスのところにいたんだ」
「プラントの……ラクスのところに?」
キラはそこで聞いた事、話したこと、考えたことをナナに語った。
アスランと戦い、彼を死なせたこと。
彼も自分を殺そうとしたこと。
ラクスがそれを、受け止めてくれたことも。
そして。
「ラクスと、君のことを話してたんだ」
「私……?」
「うん」
キラはまっすぐにナナを見つめて言った。
「ラクスは、ナナは“光”だと言っていた」
「ヒカリ……?」
何のことか理解できず、ナナは首を傾ける。
と、キラはラクスの面影を呼び覚ますように視線を彷徨わせながら言った。
「ナナの意志は、きっとみんなが目指す“光”だ……って」
ナナはラクスと分かれる時、彼女に言われた言葉を思い出した。
『何が“本当の敵”なのか……見定めようとするあなたは、間違ってなどいません』
優しさの中にあった、ラクスの強さに魅せられた。
『わたくしは……あなたの意志を信じます』
そして、その言葉にかすかに安堵した。
彼女なら、わかってくれているのかもしれない……と。
彼女が導いてくれるのかもしれない……と。
同じものを探せるかもしれない……と、そう思った瞬間だった。
「目指すものが“光”なら……それはラクスだよ」
だからナナは、再びフリーダムを見上げて言った。
フリーダムを託したラクスの想いが、ようやくわかった気がした。
「ラクスがキラに言った言葉、覚えてる?」
初めて、絡み合うものがひとつ解けたのは、ラクスのあの言葉。
「『キラが優しいのは、“キラ”だから』だって……」
今でもうまく説明できないが、それが全てだった。
「私はそれが、“鍵”だと思っていた」
コーディネーターだから優れているとか、ナチュラルだから劣っているとかじゃなく、コーディネータだろうがナチュラルだろうが、人は皆、人なのだから。
「ナナも言ってたよね、『ナチュラルだって努力すれば、コーディネーターと同じように出来ることある』って」
キラもまた、その想いを口にする。
「ナナはそれを証明するために、MSに乗ってたんだよね?」
「どこで聞いたの?」
「カガリが言ってた」
「……あのコ……」
大げさにため息をついたナナに、キラは笑う。
「だから……ナナはずっと前から、その“鍵”を知っていたんだよ」
「そんなこと……」
「ラクスが教えてくれたんだ」
二人は再び向き合った。
「君は初めから、何が“本当の敵”なのかを見定めるために戦っていたって」
「ラクスが……」
「そのためには、戦争を内側から見なくちゃならないし、力が無ければ進めないって」
ナナは顔を逸らした。
それが正しかったのか、自分自身、答えを出せないのは明らかだった。
「そんな君の強い意志を、僕たちは見ようとしなかった」
だがキラは、ナナの手をとって言う。
「でも、君はきっと間違ってない」
「だって……、それで良かったのかなんてわからない……」
「わからないのは仕方がないよ。でも、少なくとも僕たちには……君のその意志が“光”なんだ」
「キラ……」
まるで、これから罪を償うかのような顔で。
「僕は君の意志を信じる」
かつてラクス・クラインが、エリカ・シモンズが、そしてウズミ・ナラ・アスハが言った言葉を、キラが再びナナに言った。
「私の……意志……」
「うん……」
ナナは自然と、拳を握っていた。
「折られないで、ナナ」
「キラ……」
「僕も信じて戦うから」
もう、独りじゃない……。
そんな甘い言葉が、ナナの耳元に囁かれた気がした。
「ありがとう……キラ」
ようやく、ナナは笑った。
再び戦場に戻って来てしまった彼を見た瞬間にあふれ出した後悔が……少しだけ薄れた気がした。