ウズミの命を受け、『かぐや』に集結した部隊は、信じがたい言葉を聞かされる。
それは、オーブからの脱出命令だった。
「お、お父様……何を……!?」
マリューらアークエンジェル側はもちろん、カガリすら、面食らった顔で聞き返す。
「すでに人々は避難した……あとの責めは、我らが負う……」
ウズミは、カガリを見つめてそう言った。
そして、汗を滴らせたままのナナに視線を移す。
「が……たとえオーブを失っても、失ってはならぬものがある……」
ナナはその視線をまっすぐに受け止めた。
「地球軍の背後には、『ブルーコスモス』の盟主、ムルタ・アズラエルの姿もある……」
今までで、最も険しく、気高い顔。
オーブの獅子のその姿を、ナナは静かに見上げていた。
「そしてプラントもいまや、コーディネーターを新たな主とするパトリック・ザラの手にある……」
少し後ろで聞いていたアスランが、目を伏せたのが気配でわかった。
ナナは一度唇をかみ締め、再びウズミの言葉を待つ。
「このまま進めば、世界はやがて、認めぬ者同士が際限なく争うばかりのものとなる」
彼の言うとおり、今を見止め、来る未来を見据えなければならない時が来ている。
ナナ自身も、アスランも、ここに居る者全てが。
「そんなものでよいか? 君たちの未来は……」
望む未来は、そんなものじゃないはずだから。
「“別の未来”を知る君たちが、今、小さな火を抱いて其処へ向かえ……」
彼が指し示す道を、しっかりと見定める。
「過酷な道ではあるが……わかってもらえような?」
ウズミは最後に、マリューに対して優しい表情を浮かべた。
ナナにはそれが、“父”としての顔だと知っていた。
マリューはひとつ息をついて、答えた。
「小さくても強い火は消えぬと……私たちも信じております」
ナナもまた、息をついた。
彼女の心を信じて……彼女らやアークエンジェルとともにここに辿り着けて、本当に良かった……そう思った。
マリューたちが脱出準備のため、アークエンジェルに戻ると、ウズミはカガリの頭を撫ぜた。
とても愛おしそうに。
そして、ナナとキラを向いた。
ナナは応えるべき言葉を知っていた。
「大丈夫ですウズミ様」
だから、力強くそれを言う。
「あとのことは、お任せ下さい」
オーブを脱出した後のことも、残されたオーブのことも、そしてカガリのことも。
全部をひっくるめて、彼が託すとしたら自分しか無いと……うぬぼれじゃなく、そう思っていた。
ウズミは皆が見つめる中、安堵したように“父”の顔で頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カグヤの軍港では、オーブ脱出のための準備が行われていた。
脱出先は『宇宙』。
確実に連合の追っ手を振り切れるところだった。
アークエンジェルは、整備や補給と、さらに宇宙へ上がるためのブースターの取り付け作業が行われている。
オーブ軍は『クサナギ』の発進準備を急いでいた。
カガリがクサナギへ搭乗するM1隊の様子を見に行くと、ナナはウズミと並んだ。
汗はすっかり引いていた。
「ウズミ様……」
「何も言うな。そなたには、全てわかっておろう……」
二人が立つところからは、脱出準備に取り掛かる管制官たちが見渡せた。
誰もが皆、一度は軍を引退した老体ばかり。
「無鉄砲なナナ姫さまには、湿っぽいのは似合わんわ」
「そうそう、こちらの調子が狂ってしまいますぞ」
彼らはナナとウズミを見上げて笑う。
しわがれた笑い声は、管制室を満たした。
「ったく、私だってお年頃の乙女なんだからねっ!」
ナナは彼らに対し、いつものように言った。
ウズミも隣で、笑っていた。
彼が言うとおり、ここでは何も言う必要は無かった。
聞く必要も無い。自分は全てわかっている。
「先ほどの言葉、信じるぞ」
ウズミはナナの頭に手を乗せた。
「我らも、安心だ……」
そしてほっとしたような顔を見せ、カガリにしたように頭を撫ぜた。
「ウズミ様……」
「私がそなたの“父”であることを忘れるな」
書類上は赤の他人であっても、ナナ自身にとって“父”となる人物は彼だった。
「本当に……」
だから、涙は押し込め、“父”を安心させるように言う。
「ありがとうございました」
彼の意志を見続け、憧れ、追い求めた。
今の自分が『ここに立ててよかった』と思えるのは、彼の存在があったから。
その幸福に感謝を。
ナナは力いっぱい、彼にしがみ付いた。
「カガリのことは、私が必ず護ります……!」
そして、彼が一番欲しい言葉を贈る。
「あのコはまだ幼い……導いてやってくれ……」
「はい……」
「そなたと居れば、安心だ」
「大丈夫、もう悪いコトは教えませんから」
笑うと、ウズミも力を込めてナナを抱きしめた。
「そなたも……“この先”はどうか幸せであれ……」
幸せ……自分のそれを願ってくれた者など居なかった。
血の繋がらない“父”が唯一、そう言ってくれた。
「はい……父様……」
ナナは彼の腕の中、こっそりと一粒だけ涙を零した。