「艦長と少佐は、アークエンジェルに戻りますか?」
「ええ、そうね。向こうのクルーたちにも、一刻も早く今後のことを話さないと」
「機体や艦の整備も残ってるしな」
キラとカガリ、そしてアスランがブリッジを去った後、ナナが二人に言った。
「整備といえば、私のグレイスなんですけど、ディアッカに宇宙戦用に調整をお願いしておいてもらえます?」
「伝えてはみるが……」
「大丈夫。やってくれますよ、すんごい文句は言うと思いますけど」
「わかったわ」
「ナナからの命令だ! って言っておくぜ」
「お願いします! 私はちょっとだけこっちを手伝ってから戻ります」
その言葉に、マリューとフラガは顔を見合わせた。
「ナナ……あなた……」
「本当にいいのか?」
そして、そう問い、キサカの方を伺う。
が、ナナは涼しい顔で言った。
「こっちにはちゃんと指揮官がいるし、キサカなら完璧にサポートしてくれますから。ね、キサカ」
「私はあなたの意志に従うまでですよ」
それだけのやり取りで終わったため、マリューとフラガはそれ以上何も言わなかった。
代わりに、別の心配をした。
「カガリさんには……ついていてあげなくていいの?」
ナナは小さく笑って、首を振った。
「キツイかもしれないけど、オーブを背負うためには、ここで強くならないと……」
まるで彼女自身が傷ついたような顔だった。
だから、またマリューとフラガは口をつぐんだ。
「こっちが落ち着いたら、フリーダムとジャスティスもアークエンジェルに移します。そのつもりでマードックさんにも連絡を……」
「わかったわ」
「んじゃ、先に戻ってるぜ」
ナナは明るく手を振って、二人を見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ブリッジの扉が閉まってから、キサカがおもむろに口を開いた。
「ナナ様……お話が……」
彼らしからぬ歯切れの悪さに、ナナは茶化すような顔をした。
「だーかーら、“様”はもう止めてってば」
「…………」
キサカはエリカと顔を見合わせ、ゆっくりと軍服の懐に手をやった。
そして、細い筒を取り出した。
アスハ家の家紋がついた濃紫のそれに、ナナは見覚えがあった。
ウズミが愛用していた、万年筆のケースだった。
「これを、ウズミ様から預かりました」
キサカはケースから、中身を取り出した。
出て来たのは、万年筆ではなく、丸めた書簡だった。
「なに……?」
黙って手渡されたそれを、ナナはゆっくりと開く。
と、
「これって……」
それは、あの時ナナが署名した『養子縁組解消』の書類だった。
「どうして……?」
それは確かに、オーブを出てアークエンジェルと共に行くことを決めた時、ウズミと交わしたものだった。
だが、
「ウズミ様は、ナナ様との養子縁組を解消したことを、我ら側近たちには発表しました。このクサナギのブリッジに入っている者たちは全て知っています……が」
ナナが周囲を見回すと、彼らは真剣なまなざしで自分らを見つめていた。
「ウズミ様はサインをなさらなかったのです」
「そんな……」
それはもちろん、養子縁組が解消されていないことを表す。
「どうして……?」
ナナは素直に困惑の表情でキサカを見た。
「……“アスハの名”が、何らかの形であなたに必要になる時が来る……と、ウズミ様はおっしゃっていました」
「“アスハの名”……が……?」
それに傷をつけたくなくて、捨てたはずだった。
が、ウズミはそれが必要になる時が来ると、そう言ったというのか。
「でも……」
「ナナ様」
キサカはナナが言おうとしたことを遮った。
「確かに、ウズミ様の後を継ぐのはカガリ様です。それは我らもわかっています。が、我らにはあなたの力……強い意志が必要なのです」
「私……の……?」
ナナはわずかに眉をひそめ、皆を見回した。
うなずく者、祈るように手を組む者……彼らのほとんどが、オーブで暮らしていた頃にすでに見知った者たちだった。
「あなたのお気持ちはわかりますわ」
中でももっとも古い付き合いのエリカ・シモンズが言った。
「カガリ様をウズミ様の後継者として……ウズミ様の願いを叶えて差し上げたいのだと、あなたはそれを望むのでしょう?」
「エリカさん……」
「我らはナナ様のその意志に従います」
キサカも後を継ぐ。
「ですが、必要とあらばその書簡を破り捨て、“名”を掲げて、我らのためにその強い“光”で道を指し示してくださることを願っています」
「光……?」
「こんな時だからこそ、私たちにはそれが見えたんです」
沈黙の中、ナナはため息をついた。
彼らの言葉が重荷になったわけではない。
ただ、彼らにそれほど自分が必要とされていることを知った驚きだった。
「カガリ様をウズミ様の後継者として盛りたてていくためには、誰かが導き、道を開かねばなりませんからな」
キサカの言葉に、ナナはようやくプッと噴き出した。
「それを言われちゃ突き返せないじゃない……!」
「あら、キサカ一佐はもちろんナナのそんな性格を承知で言ったのよ」
「はぁ……殺し文句ってヤツ?」
「そんなつもりはないがな」
最後はいつもらしいやり取りだった。
皆、カグヤの惨状を見て、心に不安と絶望を抱えている。
国、いや、己の命すらこの先どうなるかわからない。
そんな状況で、彼ら『小さくても強い火』はカガリの指揮の下に進む。
オーブの意志と、未来への願いを込めて。
その道中を指し示す者として必要な者が誰か、彼らははっきりと口にした。
だからナナは、彼らに言った。
「わかった。できるだけやってみる」
気負いなく単純な言葉に、彼らは皆、安堵したように笑ってくれた。