クサナギのドックではM1隊の整備が急ピッチで進められていた。
なにしろ宇宙戦は初めての経験である。
地上戦ですら初陣を飾ったばかりのため、各パイロットと整備班は慌ただしく機体の調整を行っていた。
「キラ!」
そこに、彼らを手伝うキラの姿があった。
ナナは彼の元へ向かう。
「ナナ! カガリと一緒じゃなかったの?」
「うん、キサカたちとしゃべってた。キラは手伝ってくれてたんでしょ? ありがとう」
二人は空中で手を取り合った。
「大分作業も進んできたみたいだよ」
「よかった。M1は……」
ゆっくりと話す間もなく、周囲から声をかけられる。
「キラさん! このシステム見てもらえませんか?」
「ナナ様、ちょうどよかった。ビーム発射角を宇宙空間用に調整してみたんですけど……」
アサギやジュリらをはじめ、M1のパイロットたちは、少しでも宇宙空間での戦闘に対する不安をなくそうと、宇宙での戦闘経験がある二人に寄って来た。
「ブースターもナナ様のデータから計算して調整したんですけど、合ってるかどうか……」
彼らに応えようと、ナナが向きを変えた時だった。
キラがナナの腕を掴んで引き戻す。
「ナナ、ここは僕が見るから、ナナはカガリとアスランのところに行ってあげてよ」
「え……?」
ナナが驚いて振り返ると、キラはブリーフィングルームの方を見やった。
その視線を追うと、ガラス越しにうつむくアスランの姿があった。
遠くて表情は見えないが、影があるのはすぐにわかった。
「アスラン……」
「さっきは凄く強かったけど、ラクスのこともあるし……今、すごく悩んでると思うからさ」
「ラクスのことは……キラも心配でしょう?」
「うん……」
ナナの問いにはキラもうつむいた。
ついさっき、アスランの口から『ラクスが国家反逆罪』で追われている……と告げられた。
罪に問われた反逆行為とは、ザフトの機体であるフリーダムを“スパイ”に手引きしたことだという。
それを
だが、キラは明るい声で言った。
「でも今は……今できることをひとつひとつやっていかなくちゃね」
「キラ……」
大人びた顔だった。
ナナはそんなキラと、遠くのアスランを交互に見て、うなずいた。
「わかった。ちょっと話して来る」
この場をキラに任せ、ナナはブリーフィングルームへと向かった。
「アスランってば」
「……ナナか?」
三度目の呼びかけで、アスランはようやく顔を上げる。
「もうすぐこっちの作業もひと段落だって、キラがめちゃくちゃ働いてくれてるみたい」
「そうか……」
心ここにあらず……と言った風の彼に、ナナは小さく笑って傍に寄る。
「心配だよね」
「え?」
「ラクスのこと。婚約者なんでしょ?」
アスランは床に視線を落したまま、自嘲気味に言った。
「今はもう違うそうだ……」
他人事のような呟きに、ナナは宙に身体を浮かせたままうなずく。
「そうなんだ……」
あっさりとしたその答えが出たあとは、しばし沈黙が流れた。
ナナは黙ったままアスランの周りを漂っていた。
アスランはずっと、ガラスの向こうのドックを見下ろしている。
「さっきの……さ……」
その横顔に向けてナナは言った。
「え?」
「さっきのアスランの言葉、私、すごくうれしかった」
「オレの……?」
ナナは向きを変え、足を床につける。
「うん。『願う世界は私たちと一緒だと思う』って言ってくれたこと」
まっすぐに向き合うと、アスランもようやく微笑をもらした。
「本当にそう思ってる……。というより、本当にそれしかわからないだけなんだ……」
「それがわかるだけいいじゃない」
ナナは彼の肩に手を置いた。
「それだけだって、立派な答えだと思うよ」
「そう……か……?」
「たとえそれが正しいかどうか迷ってたって、とりあえずは進めるでしょ?」
そしてまた宙に身体を浮かせた。
「迷ってても、わかろうとしないでそのままその場所に居続けることが、一番ダメなんだと思う」
それでは何も変えられないから……それを知っているからこそ、皆ここにいるのだと、ナナは実感している。
「少し前まで、オレはそうだったな……」
「だけど変わったんでしょ?」
ナナはアスランにかかる影を振り払うように言った。
「迷っててもわからなくても、ちょっとずつでも、間違ってたとしても……自分の意志で前に進むことが大切なんだよ、きっと」
「ナナ……」
アスランはナナの腕を引いた。
身体は天井から彼の元へと引き寄せられたが、何故かとても自然に思えた。
「そうだな……わかるためにも、自分の意志で進まないとな……」
「うん!」
力いっぱいうなずくと、アスランの顔にもようやく笑みが戻った。
ナナも安堵した時、キラが現れてM1の対応が終わったことを告げた。
「ここはM1で手狭だから、僕らはアークエンジェルに移動しよう」
「わかった」
そして、
「キラ……!」
カガリもやって来た。
が、彼女は何かを伝えに来たにしては切羽詰まった様子で、戸口のところで足を止めた。
「カガリ?」
「どうしたの?」
カガリは困惑したような表情で、手に何かを持っていた。
そして、キラに向けて躊躇いがちに呟く。
「キラ……あの……」
ナナとキラは顔を見合わせた。
「カガリ、キラに話があるの?」
「あ、ああ……」
今度はナナとアスランが顔を見合わせる。
「じゃあ、オレたちは……」
「うん」
そして、キラを残して去ろうとすると、カガリが二人を引きとめた。
「ま、待って! お前たちもいていいから……ていうかいてくれ……!」
カガリはナナの腕を掴み、キラの前に立つ。
そして、ぎこちなく手の中のものを差し出した。
「こ、これ……」
「なに……?」
「写真……?」
キラが受け取ったものは、一枚の写真だった。
それは、一人の女性が男の子と女の子の赤ん坊を抱いて、幸福そうに笑っている写真だった。
「誰……?」
「う、裏に……名前が書いてある……」
言われるがまま、キラは写真を裏返す。
そこには、二つの名が記されていた。
「え……?」
『キラ』と『カガリ』、二人の名前。
「キラ……と、カガリ……?」
ナナの声もかすかに震える。
「カガリ、この写真どうしたの?」
カガリはすでに、目に涙を溜めていた。
「別れ際……、お父様から渡されたんだ……」
そして、ウズミに言われた最後の言葉を告げた。
『父とは別れるが、お前は一人じゃない。お前には強い“義姉”がいる。そして……血を分けた“弟”もいる……』
「お、弟……?」
キラは写真をひっくり返し、もう一度表を見た。
「どういうことだ……?」
カガリはうつむきながら問う。
だが、キラにもわかるはずがなかった。
「ナナは……?」
「え……?」
「何か……知らないか……?」
そして、ナナにも。
「ごめん……わかんない……」
「そうか……」
たった一枚の写真に押しつぶされそうなカガリと、キラ。
「この、女の人は?」
「…………」
カガリは首を振る。
「お前と“姉弟”って……じゃあ私はっ……」
そして、ナナの腕をつかむ指に力を込めた。
「カガリ……」
カガリの涙が一粒宙に浮かんだ。
それを見て、
「今は考えてもどうにもならないよ……カガリ」
キラは落ち着きを取り戻して言う。
「それに、この写真になにか意味があるとしても、カガリのお父さんはウズミさんだよ」
「キラ……」
ナナはそんな二人を見て、いつもの口調で言った。
「何があったにしろ、いきなり明かされた“弟”が『キラ』でよかったじゃない」
「ナナ……、急に受け入れ過ぎだ……」
キラとカガリは目を見開き、アスランは呆れたように言う。
場違いなことはわかっていたが、ナナはますます明るく言った。
「とんでもなく嫌なヤツと突然引き合わされるより良いでしょ?」
「え……」
「そういう問題じゃ……」
「私みたいな
「ナナ……」
「あ、そうしたら私とキラも
ナナがカガリの肩をポンと叩くと、ようやくカガリの表情が少しだけ晴れた。